1話
もしも、ある日に起きた出来事を境に全てが変わったとき、それを受け入れることは出来るだろうか?
全てを投げ出した存在を、全てを放棄した存在を受け入れてくれる者がいるだろうか?
分からない。もう、分からなくなってしまった。
長い歳月と死線を潜り抜けた努力の先にあったのは、畏怖の目だけだった。
違う、違う!!
求めていたモノは、幼かった自分が求めたモノはそれじゃなかった!
――けれど、世界はそれを認めない。
違う存在だと。
危険な存在だと。
自分達の価値観の中で決めたルールにそぐわない存在を排除しようとする本能。
人間とは、否、知性ある者の末路とはこうなのだろうか?
違うと断言出来た自分を、俺はもう見失っていた。
失意の中、俺の視界は光に飲まれていった。
事態を把握する気力も、必要性も感じなくなっていた。
けれど、長年の本能から視線を巡らせた先には・・・・・・・・
(!!!)
明らかな軽蔑の視線で俺を睨む、人々が立っていた。
誰もが俺を認めず、誰もが俺を輪に入れてくれなかった。
(そうか・・・・・・・・ならば、俺はそれを否定しよう)
この世界は間違っている。
この理屈は間違っている。
この理念は間違っている。
額に、輝く円が浮き上がった。
人生を賭して手に入れた、全ての人から嫌われる能力。
けれど、その使い道を、今初めて知った気がする。
純色の鮮やかな色々が俺の身体から吹き荒れ、一瞬だけ視界を奪い去った。
その直後、溢れても止まない魔力が体感出来た。
「最後の仕事だ」
そう、小さく呟いた。
周りの視線も、俺を捕らえようと走る騎士も気にならない。
そんなものは、俺の世界には通用しない。
「【解放されし狂想曲】」
全て、全てを狂わせ!
闇と光が、俺を包んだ。
それと同時に、世界が闇に侵食されていく。
世界が光に覆われていく。
有り得ないようなその現象の中、俺はもう1つの魔法を発動させた。
(これで、終わりにしよう。→&%☆**←としての人生はな)
「【契約した回帰生】」
世界で誰も扱うことの出来なかった”魔法”
それを自在に扱い、その頂点を極めた俺の、長くて短い人生はそこで幕を閉じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
薄暗い室内に、仄かな松明の明かりだけが広がっていた。
硬質な壁に映し出された2つの影は、互いに互いを貪るように重なり合い、粘着質な液体の音を室内に響かせていく。
ピチャピチャと液体が跳ねる音と、荒い息遣いが木霊する。
やがて、片方の影の動きが一瞬止まり、次いでもう片方の影が痙攣するように揺れた。
そのまま、互いにゆっくりと倒れていき、影が重なった。
光が、影を照らすように現れた。
重なった影の中に一点、輝きが影を飲み込み、硬質な壁だけが可視化された。
残されたのは、か細く激しい鳴き声のみ。
いつしか、2つの影は光から逃れるように姿を消していた。
おぎゃああああ!おぎゃああああ!
命の息吹を感じさせる産声が、室内に響き渡った。
しかし、次の瞬間だった。
松明の明かりが一瞬で消え、室内は暗闇に閉ざされた。
その中で、新たなる生命を証明する赤子の真下に赤い円に複雑な模様が施された陣が現れた。
そこから鋭い槍がおよそ尋常とは思えない速度で飛び出し――
「ッ!!!」
一瞬の悲鳴を残して、その身体を貫いた。
現れた槍は、紅の液体に染まり、その穂先を悦なまでに輝かせていた。
硬質な壁に新たな模様が上書きされた。
どろどろとした赤黒い液体。
その染みが消えることは、永遠に無かった。
もはや一言も泣くことの無い屍を宙に放り出し、槍は陣の中へと消えていった。
そうしてまた、室内には沈黙が舞い降りた。
何時しか、風の通りが室内に充満していった。
仄かに淡い緑色が輝き、屍の額へと集まっていく。
まるで、そこが中心のように赤、青、黄色、緑、金、銀・・・・・・
およそ現実とは思えない程の色量が渦を描くように集まっていった。
やがて、その光が途絶える頃、屍の額には古傷が1つ出来上がった。
小指の先程度の小さな点が額に傷として残り、そして奇跡が起きた。
屍となったその身体に、極僅かな、しかしハッキリとした・・・・・・・
――呼吸音が鳴り始めた。
―――――――――――――――――――
生まれてこの方、県内の学校にしか通っていない。
それは、高校に入った今でも変わらない事だった。
都内にある偏差値のそこまで高くない、普通の高校。
同じ都内にあるのに、この高校に気付いたのは志望校の締め切り前日だった。
「行ってくる」
返事の無い我が家にそう言い残して、扉を開けた俺は目の前にある大通りを高校に向けて歩き始めた。
俺こと”黒木修哉”の家族は、俺が物心付いた時からいなかった。
親戚もいなかった俺だが、毎月親の貯金が降りてきていた。
その親切な人が親なのか、誰なのかは分からないが、それでもそのお陰で俺は生きていた。
かなり広い道路なのに車がほとんど通らない通学路には、桜の木が植えられ春を感じさせる。
ポケットから小さな振動があり、そこからスマホを取り出してメールアプリを開いた。
その先には、”黒木凜華”の名前があった。
今のうちに訂正しておくが、俺は一人っ子だ。
兄妹なんていないし、いたら俺の生活は詰みゲーだっただろう。
では、何故同じ苗字なのか。
それはいたって偶然の巡り合わせだ。
同じ学校に、同じ苗字の人がいる。
それは誰にだってあることだろう?それだけだ。
『来て』
その一言しか書かれていない文から、俺は理解した。
このやり取りをするのは、中学からの恒例。
家は中学校を中心に反対方向なのに、俺が登校している途中にこんな文章が送られてくるのだ。
そして――
「おはよ」
「・・・・・・おはよう」
大抵、このメールが来た時は彼女が傍にいる。
黒い髪なのに、少しだけ銀が掛かったように見える長い髪が腰まで垂らされ、制服がその美貌をさらに引き立てる。
高校生の平均をしっている訳では無いが、俺の学校の中ではトップ並の美少女であり、何よりもその2つの山は数々の男を魅了しているだろう。
かくいう俺は―――残念なことに彼女の本性を知っているために魅了されない。
無表情なままで俺の事を見つめる彼女を一瞥して、俺は登校を再会した。
俺の隣を、これまた無表情のままで歩いて行く。
交わされる言葉は最初の挨拶くらいで、それ以外に話すことも無い。
何よりも、何か話しても答えない。
「修」
「・・・・・・・・え!?」
まあ、だからこそ唐突な呼びかけに応えられない。
登校中に喋りかけられたのなんて、一ヶ月振りくらいだろうか。
今、俺は高校2年生であり、彼女は1年生。
先輩に対して礼儀が無いとも取れるが、それを気にする男子はこの学校には居ない。
逆に、凛華に呼び捨てにされたいと豪語する者がいるとかいないとか。
「・・・どうした?」
若干腰が引けるのは、彼女が喋らない気性なためだ。
けれど、今日だけはその心配は杞憂だった。
次に彼女から告げられた言葉は、あまりにも荒唐無稽だった。
「休んで」
何時も通り口数の少ない彼女が告げた、あまりにも主語の足りない言葉。
休む?学校をだろうか?
それとも、他に何かあるのだろうか?
そんな事を考えている間にも、彼女は俺の事を見つめてくる。
よく分からないまま、その視線には耐えられずに答えたのは――
「ごめん」
拒否だった。
とりあえず、何も分からないから。
「分かった」
対する凛華の答えも、素っ気無いものだった。
すると、今までの空気はどうしたのか、彼女は無表情に戻り歩き始めた。
(おいおい・・・・・せめて説明くらいしてほしいよなぁ)
歩いて行く凛華の背中を追いかけながら、そう思った。
その日、世間のニュースでは1つの話題が載った。
多くの新聞でも取り上げられたその記事のタイトルは――
『都内の高校にテロ組織が襲撃!未だ解放されない人質の命は!?』
何かが、音を立てて回り始めた。