傲慢な者たち
世界を導いてきたのは、常に一握りの天才であり、俗人どもはただそれに従い、与えられた境遇を甘受しているにすぎない。だが、時に愚民どもは天才たちの支配を弾圧だ、不平等だ、と言う。優れた指導者によって、より良き世界が作られているのだということを理解もしようとしない。自分たちは何もしないでいるのに、自分たちに都合が悪くなれば、手のひらを返す。そんな愚民たちにより、数多の崇高な理想は途中で絶え、未だ人類には革新がもたらされてはいない。
ラカークン大陸にもまた、その革新がもたらされることはない。
アースウォードの王ジョットはそう思いながら、玉座に腰を沈めた。
力なき民衆は常に支配されることを望んでいるにもかかわらず、こうして崇高な理念を否定したがる。理解できない感情だ、とジョットは常々思っていた。
絶対的な王であり、神すらも超越する天才である自分がこのラカークンを、世界を支配するのは当然であると彼は信じて疑わない。
彼は顎に手を添え、ふぅむ、と息をついた。
今現在、トローアとフロイデンは決戦を迎えようとしている。たとえどちらが勝とうが、アースウォードがそのあと勝った方を攻撃し、侵略するまで。今はまだ、アースウォードは戦力を温存しており、疲弊したところで漁夫の利を得ればいいだけ。
シノルヴァやトローア、フロイデンはアースウォードが全力で戦っている、と勘違いしているだろうが、それは大きな間違いである。優れたアースウォードのバランシェが、愚かなテンズ如きに本気を出すわけがないのだ。踊らされているだけともわからずに踊る三国に、ジョットは失笑を禁じ得ない。
この戦争とて、アースウォードとジョットがラカークンを支配するために起こした戦争だと誰も知らない。フロイデンを動かし、戦争を起こしたのは自分なのだと彼は自負していた。これまでの戦闘もすべては彼の崇高な計画通りである。わざとトローア国内から撤退し、トローアとフロイデンを戦わせる。すべてはシナリオ通りである。
その期になればトローアは何時でも潰せる。だから泳がせているだけだ。
前線で死んでいるアースウォードの民は、奴隷階級のテンズであり、補充はいくらでもできる。数限りあるバランシェが失われない限り、アースウォードに痛手はまったくない。
奴隷は家畜と同じだ。勝手に増え、勝手に群れる。その者たちの前に、餌をちらつかせれば、奴隷たちは喜んで他国のテンズどもと争ってくれる。
忍び笑いをしたジョットは、ふと玉座の間に入ってきた人影を見て、その背をまっすぐに伸ばした。
「兄上?」
「イゾルデか」
入ってきたのは、純白のドレスに身を包んだ小柄な少女であった。透き通った雪のような髪の少女は、あどけない顔であり儚さを感じさせる。
彼女の名はイゾルデ・ラピストリズア・アースウォード。ジョットの異母妹である。
ジョットは普段の彼では考えられないほどの優しい声音で言うと、イゾルデは嬉しそうにその目を彼に向ける。
「兄上!」
駆け寄る妹をジョットが立ち上がり抱きしめる。
「よくここまで来たな、大変であっただろう?」
「いいえ、兄上」
首を振り、美しく微笑む妹。その目には光が宿っていない。
彼女の両目は生まれた時よりほとんど見えない。微かに光を感じる程度であり、長年の訓練によりやっと歩けるようになった。両目の代わりに五感は研ぎ澄まされ、知能、魔術の腕共に常人をはるかに超越する。だが、その生まれつきの身体的欠陥故に、父王からは迫害を受けた。
優れた資質、ジョット以上の王としての資質を持ちながら、彼女は迫害されてきた。ジョット以外の多くのバランシェも彼女を無能な王女と嘲笑し続けたのだ。
ジョットはこのラカークンを、そして世界を統治するのは妹イゾルデである、と信じてやまなかった。彼が支配者として君臨するのも、妹の代わりでしかない。
父やその他大勢の凡人どもが迫害してきた妹。彼女こそがこの世界の真の支配者であり、女神であることを世界に知らしめる。それが、ジョットの真の目的である。
優れた人種による支配も、所詮建前にしか過ぎない。
ジョットは愛おしげにイゾルデを撫でる。くすぐったそうに、妹姫は笑った。
ジョット王が妹姫を異性として好意を抱いていることは、誰の目からも明らかであった。
妹一人の為だけに、戦争を起こしたのか。そう咎める者は誰もいない。経緯はどうであれ、ジョット王の言う世界はまさにバランシェたちの理想である。自分たちがその理想世界で変わらぬ権力を振るえるならば、それでいいのだ。
ジョット王は妹を愛でながら、トローアとフロイデンの決戦を注視するように、遥か西に意識を飛ばした。
インサニアフォースズ第二軍の将軍バリア・メットールの副官アルカード・ゾディアンは、眼前に陣を張るトローア軍を見る。
長年、トローア王国の内部で活動し、ペスベレント反乱とその後のトローアへの侵攻に多大な功績をもたらしたゾディアン家は帝国に迎え入れられ、帝国貴族の中でもひときわ栄華を誇った。その中でもアルカードは実力もあり、インサニアフォースズ第二軍のメットールの目に留まり、その副官として抜擢。
第二軍の副官としての地位を確立してきた。そんな中、かつて彼が負かしたセウス王により、祖国フロイデンは窮地に立たされていた。そのことがアルカードにとってはとてつもなく不愉快であった。
別に祖国にそこまで忠誠は誓っていない。だが、彼のプライドが許さなかった。やはり、あの時殺しておくべきであった、と灰色の髪の青年は舌打ちをする。
青年も最近ではあまり豪華な食事をできず、かなり不満がたまっていた。
王補佐官フォッシウスの策も後手後手に回り、国内のムードは最悪である。仮にここでトローア相手に勝ったとしても、フロイデンが続くアースウォードやシノルヴァ相手に戦えるとは思えない。
そろそろ、俺も考えた方がいいかもしれない、とアルカードは思う。いつまでもこんな負けの見え透いた国にいるのは得策ではない、と。
彼の伝手で、アースウォード、もしくはシノルヴァのどちらかに向かうだけの用意は何時でもできていた。すぐにでもトローアが攻めてきてくれれば、その先頭のどさくさに紛れ逃げることも容易になる、と青年は嗤う。
生意気なセウスや彼の友人たちに敗けたようで癪だが、このような辺鄙な場所で朽ちるほど、アルカードは安い人間ではないのだ。
二刀剣士は邪悪な笑みを浮かべ、帝都ミトリガンの向こうに構えるトローア軍を見た。
帝都ミトリガンの手前にあるゲレン峠、サブリオ砂漠での連勝はほとんど被害を出すことはなく、セウス王に忠誠を誓った元帝国都市からの志願兵が補填されたため、当初セウスが思い描いた以上にトローア側の兵力は整っていた。
相手側の兵力は、思った以上に消耗が激しく、その兵力は少ない。数の上ではいまだトローアを圧倒してはいるが、空腹と病により半分以下の能力しか出せないであろう、とセウスたちは考えていた。
敵が仕掛ける、ということはまずないであろう。リケンの意見にセウスも同意見であった。
攻めるだけの勢いも士気もないミトリガン。あとはセウスの意志でいつでも戦いは始まる。
だが、セウスはミトリガンを即座に攻めることはしなかった。理由は二つある。
一つは、こうやってじらすことで精神的な疲労と圧力をかけるため。
そしてもう一つは、砂漠の気候に自軍兵力を慣らすため、である。
帝国入りしてから数々の戦いを繰り広げたとはいえ、帝都は広大な砂漠の中心にあり、それまでのあったかい以上のものになる。それに慣れるためにも、時間を必要としたのだ。
幸い、補給も医療体制も整っているため、こちらの被害は出ない。
フロイデン側もそれがわかっていながらも、攻めに出ることができないために、こうして数日間のにらみ合いをしているのであった。
「さて、いつ攻撃を開始するか」
セウスは隣のリケンや後ろにいる騎士たちを見て問う。
「兵士たちもだいぶ慣れてきましたし、あまり時間を喰うわけにもいきません。早急に行った方がいいかと」
アノガルが言うと、バルドバラスやサウルンも賛成の意志を示す。
「夜襲をしよう。この状況が数日続いていて、監視も弱まっているだろうしな。俺が部隊を率いてまずは混乱させる」
バルドバラスはそれからの流れについてセウスや同僚の騎士たちに説明する。その提案に、セウスは唸ってしばらく考え、それに頷いた。
「わかった。作戦は二日後の晩とする。各自、準備を」
「御意」
騎士たちは礼を取ると、主君の前を辞し、それぞれの準備のために去っていく。
隼のフォーリヴズはもはや日課となりつつある女騎士のもとへと食事を運ぶ行為を今日も行っていた。
強情な女騎士は最初は食事に手を付けようとしなかったが、空腹には勝てず、フォーリヴズが去った後には食べ残しなく完食していた。
相変わらずフォーリヴズを見る目は冷たいものであり、拘束を解いたらすぐにでも殺しかねない勢いであった。
フォーリヴズが盆に載った食事を差し出すが、いつものようにその食事にすぐには手を付けない。騎士クレオメロンはフォーリヴズを睨み続ける。
「二日後の晩、ミトリガンにこちらは攻撃する」
「なんだと!?」
フォーリヴズの言葉に、久しぶりに口を開いたクレオメロンは絶叫する。祖国の滅亡を信じられない様子のクレオメロンは、フォーリヴズに言う。
「殺してやるぞ、トローア人!」
「出来るならやってみろよ」
フォーリヴズが言うと、彼女は顔を歪め、悔しそうにした。目には涙が浮かんでいる。
フォーリヴズはかがむと、女の目のしずくを拭うが、クレオメロンはなおも冷たい視線を浴びせた。
「野蛮なトローアめ、そうやって我が国を苦しめるつもりなのだな!」
「先に攻めてきたのはお前らだ。それにな、俺らはただ単純に怨みで戦っているわけじゃあない。セウス陛下のお考え、理想。それのために俺たちは戦っている」
「セウスのお考え、理想、だと?そんなもの、わかっているぞ。自分たちトローア人が有能な人種であり、ラカークンを治めるのに適格だ、とでもいうのだろう!」
そのクレオメロンの言葉に、わずかに目を細めフォーリヴズは言う。
「我が陛下を舐めるなよ、クレオメロン・シレ。陛下の望みは、このような不毛な戦争をラカークンからなくすことだ」
「ふん、そのために戦争をするなんて、矛盾もいいところねっ!」
「陛下は理想と現実を区別されて考えておられる。できることを確実にする。それがセウス陛下だ」
フォーリヴズはクレオメロンを見る。
「陛下はこのフロイデンをはじめとしたラカークンすべてをお考えになってお立ちになったのだ。お前には、わからないだろうがな」
「口ではなんとでも言える!・・・・・・・・・・・・いいだろう、ここから貴様たちの言うセウス王がどれほど立派か、見ていてやろう。そして、その言葉を違えた時、フォーリヴズ、貴様と王の首は私が切り落とす」
「・・・・・・・・・・できるものかよ」
フォーリヴズは女騎士にそう言うと、背を向け去っていく。その背を見届けながら、クレオメロンはふん、と鼻息をつき、目の前の食事にそろっと手を伸ばした。




