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セアリエル  作者: 七鏡
私は理想のためにその手を汚すことができるだろうか
25/59

開戦

セウスは奔る。荒廃した森を走りながら、彼と仲間たちはただただ走る。

ペスベレント内で起きた突然の襲撃。それにより、同伴した騎士や国境警備隊とはバラバラになり、親友バルドバラスを置いていく羽目にもなった。

なぜこうなったのかを、セウスはわからない。


「きゃあ!」


「セリーヌ!」


奔る中、脚を絡めて転ぶセリーヌ。セウスが足を止め、セリーヌの方に戻る。その背中を見て、アノガルが叫ぶ。


「セウス!」


セリーヌの向こうから、形相を変えた村人が迫ってくる。アノガルやツェツィーリエらが動こうとするが、彼らの方にもやってくる。

セウスはセアリエルを構え、人々に問う。


「私が王と知ってなお、剣を向けるか!?」


「王、だと?お前のような小僧が王などと、笑わせてくれる」


村人の一人、初老の男がボロ布に身を包み、虚ろな瞳でセウスを見る。


「王が我々に何をしてくれた?このおい果てていくだけのペスベレントに何をもたらした?今更この地に王が来たところで、もはや我々はどうにもならない」


「だからと言って、このようなことをして何になるというのだ!?」


セウスの叫びに、男は力なく笑う。


「さあなぁ。だがなあ、俺たちはもう誰かに左右されるのが我慢ならないのさ。あんたらみたいな王様やら貴族ってのが、嫌いなのさぁ」


セリーヌを庇って立つセウスに、男は笑みを浮かべ近づく。


「止めろ、それ以上来ないでくれ・・・・・・・・・・・・私は君たちを殺したくはない・・・・・・・・・」


「優しねえ、王サマぁ!だがなあ、あんたはいらないんだよぉ!!」


人々が群がってくる。セウスは震える手で剣に力を込め、一閃する。

セアリエルが光り輝き、襲い掛かる村人たちの首を斬りおとす。血に塗れる剣と、セウスの手。生ぬるい感触。そして、またしても民を自分の手にかけてしまった、という罪悪感が彼を襲う。


「立派な王様だなあ、セウス」


「貴様は・・・・・・・・・」


聞き覚えのある声が、前方からした。茂みの奥、闇の中から現れたのはセウスのきょうだいを名乗るあの襲撃者であった。


「貴様が、貴様がこの事態を引き起こしたというのか!」


「俺はきっかけを与えただけだ。あとはこいつらが勝手にやったまで。セウスよ、民などと言うものは勝手なものなのだよ。自分の理想を支配者に押し付け、それが敵わないとなると、こうして剣を向ける。自分たちでは努力もせずに・・・・・・・・・・・・・」


クツクツと笑う襲撃者。


「彼らとて、好きでこうなったわけではない!」


「それはそうだ、だが、愚かなものだよ。セウス、お前の苦労も何もわからない民衆のために、それでもお前は戦えるのか?」


「・・・・・・・・・・・・」


セアリエルを構えたまま、セウスは襲撃者を見る。顔はフードで隠れているが、その唇が嘲笑を浮かべている。フードの奥で光る瞳が、セウスを見る。


「セウスよ、お前はよくやった。だが、所詮貴様は俺の代わりでしかない。本来の王座の主である、俺のな・・・・・・・・・・・・セウスよ、玉座を俺に明け渡せ。そうすれば、その苦しみからお前を救ってやろう。そして、お前もこのトローアも、いや、ラカークン大陸全てを俺が導いてやろう」


セウスは襲撃者の話す間、周囲を見る。背後のセリーヌ以外の姿は、いつの間にか現れたきりで見えない。空間魔術の何かであろう。ここに、味方はいない。だが、襲撃者もまた、一人。

セウスは強い眼光で敵を睨みつける。


「たとえ、お前が何を言おうとも、私は王だ。ほかのだれがそうと認めずとも、私は王である。死を迎えるその瞬間まで」


「・・・・・・・・・・・愚かな。ならば、殺して貴様の王位を取り戻すことにしよう」


そう言う襲撃者に、セリーヌが叫ぶ。


「なによ、今までセウスに勝てたことがないくせに!」


「ふん、今までは本気ではなかった、ということをわかっていないようだな、娘よ」


襲撃者はトローアセアリエルともう一本、黒い魔剣を取り出し、両手にそれぞれ持ち、構える。


「その剣は・・・・・・・・・?」


「魔神グラシャラボラスの骨と牙より作られし魔剣。いかに貴様の持つセアリエルが強力であろうとも、この二刀を相手できるかな?」


「・・・・・・・・・貴様の邪悪な思いとともに、切り裂いて見せよう」


セウスはそう言うと、セアリエルを構え、奔りだす。襲撃者も、闇を纏わせながら走り出した。





バルドバラスは満身創痍であった。

立つのもやっとであるが、それでも彼は武器を構え、敵を切り伏せる。


「クソッタレ」


呟き、バルドバラスは倒れる。周囲に転がる死体と紅い海にその身が叩きつけられる。

朦朧とした意識の中、バルドバラスは別れた親友たちのことを思う。


「逃げ切れたか、セウス・・・・・・・・・・・・・・セリーヌ」


親友たちの顔を思い浮かべ、バルドバラスは呟く。その脳裏に、幼き日からの思い出がよみがえる。

これが走馬灯ってやつか、などとバルドバラスは他人事のように思う。血を失い、頭の回転は鈍くなっているようだ。目に映る光景も、霞んでいた。

セウスと出会った日、彼とともに剣を学んだ。亡きセオドア王やプリシア王妃、プレアデス。懐かしい顔が浮かんでは消える。

友と誓った理想。それを果たせないことが、バルドバラスには悔しい。

自分でもわかっている。このままでは、死に至ることを。


(ああ、こんなことなら、この想いを伝えておけば)


どうせ死ぬのならば、振られると知っていてもセリーヌに思いを伝えるべきだった。そうすれば、これほど未練に思うこともなかったであろうに。

そうすれば、セウスと彼女を祝福できるであろうに。


(だが、これでよかったのかもな)


王を守り、死んだ英雄。この身には余る栄光だ。

平民であり、フロイデンの血をひく自分が英雄として記憶にとどめられるならば、それはきっと素晴らしいことだ。


「・・・・・・・・・・・ったく、俺らしく、ねえな」


右手の感覚はすでにない。左手もわずかに動くのみ。本格的にやばい。


「悪いな、セウス。俺は途中下車だ・・・・・・・・・・・・・お前の理想を、世界を共に見ることはできねえ」


もっと、力さえあれば。

バルドバラスの胸の中に、そんな思いが生まれた。いや、元からあった思いは、より強い思いとして増大する。

周囲の魔力が、異常に変化する。バルドバラスは気づかないが、闇の魔力が周囲には立ち込めており、まるで黒髪の青年を見るようにそれは息をひそめていた。


『力がほしいか・・・・・・・・・・・・・・?』


「・・・・・・・・・・・だれ、だ・・・・・・・・・・・」


聞こえた声。幻覚かとも思ったバルドバラスは静かに呟く。そんな彼の脳裏に、もう一度声が響く。先ほどよりも、強くはっきりと。


『力がほしいか?』


「・・・・・・・・・・・・・」


ほしい。こんなところで、まだ死にたくはない。約束、そしてこの想い。まだ、彼は何も成し遂げてはいない。

そのためならば、たとえ悪魔に魂を売ろうとも。

彼はそう考えてしまった。


「ほしい、力が・・・・・・・・・・・・・・・・」


彼の言葉に、闇の中のものは満足するように喉を鳴らす。


『ならば叶えてやろう、バルドバラス』


ドクン、と心臓が鼓動し、バルドバラスの意識が遠のく。

その瞬間、彼の目の前には黒い何かが笑みを浮かべて立っていた、ように見えた。


闇に、堕ちる。





セウス達とはぐれ、森の中を逃走するアノガルやツェツィーリエ、リケン。


「!また前方に・・・・・・・・・・」


「しつこいな」


アノガルとツェツィーリエが剣を構えて言う。その後ろでは肩で息をしながらリケンが必至でついてきている。

セウス達とはぐれてしまい、探しながら、と言いたいところだが、そんな余裕もない。敵から逃げるので手いっぱいである。


「それにしても、なぜ国境警備隊が来ないのだ?」


ツェツィーリエが苛立たしい声で言う。コクーンが動いているならば、もうとっくに鎮圧されてもおかしくはないのだ。

剣を振りながら言う少女に、リケンは憶測を言う。


「可能性の話だけど、この混乱に乗じて他国が攻めてきたのかも」


「馬鹿な、あり得ないでしょう?」


アノガルの言葉に弱弱しく首を振るリケン。


「いいや、これが誰かの策略だとしたら、どう?」


「・・・・・・・・・・・・・セウスがここに来ることは、誰にも知られていないはずです。まさか、トローア王宮内に裏切り者がいるとでも?」


アノガルの問いに、リケンは言う。


「やっぱり、あのセウスのきょうだいを名乗るものと通じるものがいるんだよ、きっと。そして、その人物はセウスを苦しめるためなら、きっとなんだってするんだよ」


リケンのその言葉に、ほかの二人は沈黙する。

血に塗れた剣を振り払い、三人は死体をまたいで再び奔りだした。




国境地帯。シノルヴァを面したトローア東側以外は、今、他国による侵攻を受けていた。

謀ったようにフロイデン、アースウォードがほぼ同時に国境を超え、戦闘を仕掛けてきた。コクーンによる鎮圧部隊が向かおうとしているところに襲撃を受けた。それも二国同時、ということもあり、国境警備隊は後れを取った。

隊長であるコクーンは、この戦いで負傷。多くの隊員が戦死した。

それでもコクーンは生き残った隊員を率いて住民の避難を行った。非戦闘民に多くの犠牲を出しながらも、彼らは民を逃がし、自分たちも撤退した。

かつてのミリシュア領を再びフロイデンは手中に収め、アースウォードも多くの戦利品と土地を手に入れた。

それからしばらくして、両軍はセウス王がいるとされるペスベレントに軍を進め始めた。





薄明りの日差しがさす中、セウスと襲撃者は剣を交える。もう、何度打ち合ったか、それすらもわからない。

彼らの後ろでは、セリーヌがその戦いを静かに見守っていた。少女は愛しき青年の勝利を信じて、祈っている。

セウスのセアリエルの輝きを覆い尽くさんとばかりに闇の波動を放つ魔剣、そして、勝るとも劣らぬ輝きを宿すトローアセアリエル。二刃の攻撃がセウスを狙う。

何度か、その攻撃がセウスの身体に傷をつけたが、セウスのスキルがそれを癒す。体内に入り込む、魔力の毒素すらも即時に分解していた。


「忌々しいスキルだな、だが祝福と言うよりも俺にはそれが呪いのように見えるな、セウス」


襲撃者はそう言い、セウスを嗤う。


「セウス、なぜそうまで戦おうとする?お前も見ただろう、あの者たちの顔を」


王と知りつつも、敬うこともなく、自分勝手な思いを押し付ける愚民たちを。

そんな言葉が、セウスの耳に響く。

玉座を渡し、そして死んでいけ。そうすれば、お前は楽になれる。甘い言葉、誘惑が耳をくすぐる。

だが、セウスは剣に力を込め、襲撃者の放つ邪悪な剣技を受け止める。


「だとしても、私は誓った。父と母に、友とともに・・・・・・・・・・・!」


約束した、未来。誰もが平穏に暮らせる世界。それをラカークン大陸にもたらすと。

夢のようなそれだが、だからと言って諦めたくはない。

セウスはまだ、生きているのだから。


「はぁああぁ!!!」


セウスの気合いとともに振り上げられた剣が、より一層力強く輝いた。その剣が魔剣を吹き飛ばす。

トローアセアリエルで切り付けるも、バランスの崩れた襲撃者の身体に、次々と剣劇を放つセウス。


「く、ぅ、馬鹿な・・・・・・・・・!!」


セウスの力に驚く襲撃者。その口には、先ほどまでの余裕はない。


「貴様の邪悪な思惑で、全てがうまくいくなどとは思うな!貴様の邪悪な欲望ごと、私が切り捨ててやろう!」


「できるものか、セウス!弟である貴様に、俺は負けぬ!」


邪悪な瞳がセウスを睨み、その剣が襲い掛かる。だが、セウスには届かない。


「くそ、なんで・・・・・・・・・・・・どうしてっ!!」


必至で剣を振る襲撃者を見て、セウスは言う。


「お前は所詮、人を利用して、己が欲望のために玉座を求めている!そんなものに、私は負けない!」


「貴様に、貴様に何がわかる!!」


「わかるものか!貴様のことなど・・・・・・・・・私はただ、私を信じる者のために戦う!そして、己の信念のために戦う、それだけだ!!」


セウスの剣劇が、トローアセアリエルを弾き飛ばす。


「しまった・・・・・・・・・・・!!」


「終わりだ、兄上・・・・・・・・・・・・!!」


セウスがセアリエルを突き出す。その刃が、襲撃者の胸を貫いた。


「が、ぁ・・・・・・・・・・・・っ!!」


血を吐き出し、襲撃者はセウスを見る。フードの奥で光る黄金色の目が、セウスを見る。その瞳に映るセウスは冷徹にきょうだいを見ている。


「・・・・・・・・・クソ、ォ」


セウスの腕の中でぐったりと倒れた襲撃者から剣を抜くセウス。その瞬間、周囲の霧が晴れ、朝日がセウスとセリーヌを照らす。


「セウス!」


セリーヌがセウスに抱きつく。セウスは少女の身体に腕を回して、彼女を抱きしめる。


「勝ったんだね、セウス・・・・・・・・・!」


「ああ、セリーヌ。だけど、戦いはこれからだよ・・・・・・・・・」


そう言ったセウスは、遠くに見える二つの影を見る。セリーヌもその方向を見る。


「あれは・・・・・・・・・・?」


「フロイデン帝国とアースウォード王国だろう。きっと、彼が」


そう言い、セウスは倒れたきょうだいを見る。


「ペスベレントとそして、この侵攻も、全ては策略だったんだ・・・・・・・・・・」


まんまと罠にはまり、多くの犠牲を出した。セウスの中に、大きな後悔が宿る。だが、それを感じさせずに、セウスは二つの巨大な影を見る。


「セリーヌ、私は戦うよ」


少女の身体を強く抱きしめ、青年は言う。少女は黙ってその言葉を受け入れる。


「たとえ、同胞であろうとも私は理想のために切り捨てよう。そして、作り上げて見せる。このラカークンに、理想郷を・・・・・・・・・・・・」


そして、セウスは少女の顔を見つめる。


「一緒に、歩んでくれるかい、セリーヌ?」


「・・・・・・・・・・・・喜んで、セウス。私は何時までもあなたとともに」


「・・・・・・・・・・・・ありがとう」


そう言い、寄り添いあう二人の背後に、陰が現れる。とっさに剣を構えたセウスはその人物を見て驚いた。


「バルドバラス!?」


「まったく、見せつけてくれるな、お前たちは」


苦笑して立っているのは、ボロボロの鎧に身を包んだバルドバラスである。


「大丈夫だったのか、バルドバラス?!」


「ああ、自分でも不思議だがな。なぜか傷が治っていてなぁ」


そう言い、にやりと笑うバルドバラス。


「それよりもセウス。ひとまず、ここから逃げるぞ。体勢を立て直そうにも、王の安否がわからないと混乱が収まらない」


「・・・・・・・・・そうだな」


そう言い、セウスは襲撃者の死体を一瞥し、背を向ける。セリーヌとともに歩き出したセウス。

その背後でバルドバラスは何かに魅入られたかのように、知覚に落ちていた魔剣を見ると、おもむろにそれを拾い上げる。


「餞別代りにもらっていくぜ、クソッタレ野郎」


そう言い、バルドバラスは剣を持って、二人の後に続く。






ガサリ、と体は動いた。胸からは血が出ているし、生きているのが不思議なくらいだと彼女自身も思っている。

彼女の持っていたトローアセアリエルも魔剣もその場にはない。おそらくセウスが持ち去ったのだろう。

憎い。セウスが憎い。なぜ、なぜ彼女からまた奪うのか、それがわからない。

だが、いい。セウスが本当の地獄を見rのは、これからなのだから。

彼女は体を起こし、歩き出す。ひとまずは、この傷を癒さねばならない。


「待っていろ、セウス。私は還ってくる、必ずな」


そう言い、砂色の髪の女性の姿は光の中に消えていった。





ペスベレント反乱と呼ばれる一夜の事件をきっかけに、トローアにフロイデン帝国、アースウォード王国が侵攻したこの事件は、のちの歴史家の間でも大きく議論されているが、未だに詳しい経緯はわかっていない。

はっきりしているのは、これによってしばらく保たれていた偽りの平和が終わりを告げたことであり、再び大きな戦火がラカークン大陸全土に広がる、ということだけである。

二大国の侵攻、それに遅れることしばらくしてのシノルヴァの宣戦布告により、トローアは大きな危機に見舞われる。

王国の約半分以上の地を他国に明け渡すこととなったのだから。

だが、トローア王国はそれで終わりにはならなかった。

ペスベレントで行方不明になっていた国王セウスが帰還し、指揮を執ったことで侵攻を食い止めることに成功。

その間に、三カ国が奪ったトローア王国領土で互いに戦闘をするようになり、その間にセウス王は戦力を再編し、防御壁の建造に取り掛かった。


約二年にも及ぶ絶対守護線での戦いを繰り広げ、トローア王国はその領土を死守した。

二年にも及ぶ雌伏の期間を経て、セウス王は各国に対して改めて宣戦を布告。

後の歴史で知られる「ラカークン統一戦争」がここから始まることとなる。





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