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黒犬と旅する異世界  作者: 緋龍
黒犬と探偵の真似事をするに至った理由
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80/86

80話 兄

 興味本位で雷華も人だかりに少しだけ近づく。ルークは嫌そうな顔をしながらも、ぽてぽてついて来た。


「若い女の人が多いわね」


 門の周辺に集まっている人たちを改めて見ると、男性はほとんどおらず、女性、それも雷華と同年代かそれ以下ばかりだった。皆、期待に満ちた顔で眼を輝かせて門の奥を見つめている。この状況で全く表情を変えない門番の兵士はすごいと、雷華は変なところで感心してしまった。 


「お兄さんって、やっぱりルークに似てるの?」


 性格に少し問題があるような気がしないでもないが、見た目だけなら相当な男前だ。兄弟だから似ていて当然、女性が集まるのも頷けると思ってルークに訊いたのだが、何故か彼はもの凄く微妙な顔をして眼を泳がせ始めた。  


「ルーク?」


 口を開けたり閉めたりしながら視線を彷徨わせるルークにどうかしたのかと尋ねようとしたとき、女性たちの甲高い声が辺りに響いた。少し離れたところにいるので見えないが、どうやら門の奥に目当ての人物が姿を現したらしい。


「きゃーー! 騎士様方よーー!」

「いつ見ても麗しいですわー!」

「騎士様ー! お慕いしておりますーっ!」


 乙女の黄色い声に首を傾げる。今からここを通るのはルークの兄ではないのか? 

 疑問に思っていると、ついに女性たちが集まっている門――外側から二番目の門――が兵士たちによって開かれた。女性たちの悲鳴に近い歓声がひと際大きくなる。

 現れたのは一台の黒い馬車と馬車を囲う馬に乗った五人の騎士だった。馬車は二頭立てで側面には盾と翼竜、つまり国の紋章が描かれている。窓はあったが中が見えないように布で覆われていた。五人の騎士は黄色い声に軽く手を上げて応えたり微笑みを向けたりしながら、見事な手綱さばきで馬を操っている。中には無表情で歓声に全く反応を示さない騎士もいた。

 確かに騎士は皆、見目麗しい。エルに言えば即座に否定されそうだが、顔で選んでるのではないかとさえ思えてくる。女性たちが黄色い声を上げるのも無理はない。


「騎士様ーっ!」

「素敵ですわー!」

「こちらを向いて下さいましーっ!」


 女性たちは大きな声で叫び声を上げているが、けして騎士や馬車の進路を妨げたりはしていない。一定の距離を保ったまま騎士と馬車を追いかけている。しかし、一番外側の門を馬車と騎士の乗った馬がくぐるとそれ以上追いかけたりしなかった。皆満足げに頬を赤く染めながら散り散りに去って行く。どうやら彼女たちの目当ては、ルークの兄ではなく騎士だったようだ。

 

「ライカ?」


「えっ?」


 馬車と騎士の姿が見えなくなっても、呆然としたまま一歩も動こうとしない雷華の足をルークが前足で踏む。その重みで雷華ははっと我に返った。


「ごめんごめん、彼女たちの迫力が凄くてびっくりしちゃった。ルークのお兄さん見えなかったね」 


「レイグ兄上……リーシェレイグというのが兄上の名前なのだが、兄上は人前に出るのがお好きではない。他人に顔を見られることを嫌がられる。だから公の場に出なければならないときは顔を隠してることがほとんどだ」


「そう……顔に傷でもあるの?」


 先ほどより人の少なくなった庭園を再び見て歩きながら小さな声で会話する。雷華たちの近くに人はいないので聞かれる心配はないと思うが、念のためだ。

 顔を見られたくない理由でぱっと思いついたのは剣や火傷による傷。それならば隠したいという気持ちはわかる。しかしルークは首を横に振って否定した。


「いや、兄上はご自分の顔がお嫌いらしい。お前が羨ましいとよく言われたよ。昔はそんなことはなかったのだが……」


 ルークの耳がへにょっと垂れ、悲しそうな表情になる。


「ルークはお兄さんのことが好きなのね」


「当然だ。剣術の才能こそあまりないが、政(まつりごと)ならば父上に引けを取らない手腕の持ち主なのだ。誰に対しても優しく接し、けして声を荒げることをしない。俺はそんな兄上を尊敬している……兄上は俺を疎(うと)んじているようだがな」


 ルークは地面に眼を向けたまま顔を上げようとしない。雷華は屈むとルークの顔を両手で包みこみ、優しく頬を撫でた。


「ルークがお兄さんのことを好きならそれでいいじゃない。嫌われていても疎んじられていても、ルークが好きという気持ちを持ち続ければいつか想いは届くと思うわ。信じる者は救われる……って、ちょっと意味は違うか」


 あははは、と笑って誤魔化す。ルークと彼の兄リーシェレイグの間に何があったかなんて知らない。しかしルークが尊敬している人なのだ。二人で話し合えば仲良くなれる可能性だって充分あるだろう。雷華は無責任な発言だとは思いつつも、ルークを元気づけようと前向きな言葉を口にした。


「ライカ……。わかった、好きと思い続ければいいのだな」


 何故かルークは急に耳をぴんと立て、黒い瞳を爛爛(らんらん)と輝かせている。


「うん? うん、そうそう」


 雷華はルークの態度の変化に戸惑ったが、元気になってくれたのならそれでいいかと深く追及しなかった。立ち上って花の観賞を続ける。

 白い花に水色の蝶が止まっているのを眺めたり、薄緑と灰色の小さな鳥が空に羽ばたく様子を眺めたりしている雷華は知る由もなかった。ルークが好きと思い続ければいいと確認した相手が、兄リーシェレイグではなく雷華だったということを。

  

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