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黒犬と旅する異世界  作者: 緋龍
黒犬と探偵の真似事をするに至った理由
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79話 城

『なあ雷華、俺たちもう終わりにしよう。お前は結局――なんだ』

『違う!』

『紫悠(しゆう)、お前のやっていることは――じゃないのか』

『私は、わたしは……!』


「違うっ!」


 大きな声で叫んで雷華は勢いよくベッドの上で上体を起こした。動悸が激しい。心臓がどくどく大きな音を立てて脈打っている。全身は汗でぐっしょり濡れていた。雷華は額の汗を袖で拭うと大きく溜息をついた。


 (似たような夢を前にも見たような……私は何を否定しようとしていたの? どうしても肝心の部分が思い出せない)


「ライカ、どうした? 大丈夫か?」


 雷華の声に床に敷いたスポーツタオルの上で寝ていたルークが飛び起きぴょんとベッドの上に移動する。


「ああ……うん、ごめん驚かせた。ちょっと嫌な夢を見ただけだから」


 傍に来たルークの頭を撫でるとざわついていた心が落ち着いてきた。最近彼は頭を撫でられることについて文句を言わなくなった。最初のころは犬扱いするなと怒っていたというのに。

 周りに目を向けると窓からは朝日が差し込んでいて部屋の中は明るい。外から人の話し声や色々な動物の鳴き声が聞こえてくる。どうやら起きるのに丁度いい時間だったようだ。


「そうか。どうする、もう少し寝るか?」


「ううん起きる。夢のせいでしっかり眼が覚めちゃったわ」


 頭を撫でるのをやめ、ううんと背伸びをしてベッドから下りる。顔を洗えば気分は爽快とまではいかなくても大分ましになった。夜着からいつもの服に着替え、髪を簡単に梳かして鏡で自分の姿を確認する。銀の眼と髪に違和感を抱くことはなくなっていた。


「今日は準聖師試験当日だ。聖堂には近づかない方がいいだろう」


 背後からするルークの声に振り返ると彼は机の上で水を飲んでいた。器用なことに前足でグラスをしっかりと支えている。


「試験って聖堂でするの?」


 雷華も同じように水を飲む。もちろん机の上ではなく椅子に座ってだが。


 今日は二年に一度行われる準聖師試験の日。侯爵家から帰ってから三日が過ぎていた。

 この三日間、雷華とルークは王都をぶらつき観光をして過ごした。これから必要になりそうな日用品を買ったり、行列に並んで人気の焼き菓子を食べたり、うっかり道に迷って狭い路地をうろうろしていたら頭の悪そうな男に絡まれてこれを撃退してみたり、ルークが子供に纏わりつかれたり、ルークが猫に威嚇されたり、その他にもいろいろあったがとにかく面白かった。この世界に来てこんなにのんびり過ごしたのは初めてだ。雷華は心から楽しんだ。

 

「ああ、凄い人だかりになるから行かない方がいい」


「そうなの、まあ元々行く予定はなかったから別にいいんだけど。今日はどこに行ってみようかな? 明日からはまた忙しくなりそうだし、心残りのないよう楽しまないとね」


 明日はリオンに王立書庫に連れて行ってもらう約束の日だ。


「ライカの行きたいところでいい。ただし、路地裏など危険な場所以外だがな」


「あれはわざとじゃないわよ。うーんとね、じゃあお城に行ってみたいわ。入れないと思うから近くで見るだけでいいんだけど」


 色々見て回ったがまだ城の近くには行っていなかった。遠くからでも抜群の存在感なのだ。間近で見ればさぞ迫力があることだろう。今日を逃せばもう機会がないかもしれない。是非にも見ておきたかった。


 (城を見るチャンスなんてそうそうないものね。ルークの家でもあるわけだし……城に住むって全く想像出来ないけど)


「別に構わないが。一番手前の庭園までなら解放してあるから誰でも入れるぞ」


「ほんとに!? よし、朝ご飯食べたら早速行くわよ」


「あ、ああ」


 生まれたときから城で生活しているルークは、庭に入れるだけで嬉しそうにする雷華に首を傾げながらも、彼女が嬉しいならそれでいいかと納得するのだった。

 朝食をお腹いっぱい食べた後、馬車に揺られて王城の前までやってきた雷華は、あまりの大きさと美しさに感嘆の溜息をついた。


「おおぉっ、でっっっかいなあぁ」


 雷華たちがいる一番手前の門から城に入る扉まではまだかなりの距離があったが、それでも迫力は十分すぎるほど伝わってくる。白と青に輝く城壁、空に向かっていくつも伸びる尖塔、綺麗に整えられた庭園、至る所に立っている兵士、城の上空で旋回している翼竜。どこを見ても圧倒されるばかりだ。


「入らないのか?」


 門の手前で立ち止まったままの雷華にルークが声をかける。


「あ、うん、そだね。入ってみよう」


 ルークの声で我に返った雷華は、他の人に聞こえないよう小さな声で返事をしてから歩き出す。門の脇に立っている兵士に軽く会釈をしてから中に入ると、庭園にはすでにたくさんの人が来ていた。


「これは、また……侯爵様の庭園も凄かったけど、ここもすごく綺麗ね」


 赤茶色の煉瓦で作られた花壇には色とりどりの花が咲き乱れている。風が吹けば甘く爽やかな花の香りがして、雷華は思いきり口と鼻から息を吸い込んだ。正に癒しの空間と言えるだろう。庭園にいるどの人を見ても皆笑顔で楽しそうだ。


「心が和むわ……おや?」


 花壇と花壇の間をゆっくり歩いていると、どこからか高く澄んだ鐘の音が聞こえてきた。刻を告げる鐘はもっと低い重みのある音なのでそれとは違う。なんだろうと思っていると庭園にいた大半の人たちが出口とは反対にある城に続く門に向かって走り始めた。当然門は閉まっていて、両脇には兵士がいるので中に入ることは出来ない。一体何をするつもりなのかと見ていると、彼らは門から出口に続く道沿いに並びだした。


「ねえ、何が始まるの?」


 小さな声でルークに訊くと、彼は何とも言えない顔で雷華を見上げてきた。

   

「今から……兄上の乗った馬車が通る」


「……え?」 

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