22話 醜
「俺も……俺も人を殺したことがあると言ったらどうする。俺のことも許せないと、そう思うか?」
ルークが苦しげにかすれた声で聞いてきた。
「ルーク」
「俺は騎士だ。戦になれば大勢の人間を殺すことになる。実際そうしてきたし、そしてこれからもそうするだろう……人間に戻れたらの話だが」
(戦……戦争は人の命が簡単に消えて行く場所、より多くの命を奪った者が英雄と讃えられる場所。何だか矛盾してるわよね。どうして戦争するのかしら。一番簡単な解決方法だから? 勝者と敗者がはっきりするから? 国のために命を賭すのは当然のことだから?)
ただ戦争するのはいけないことだと口にするのは簡単だ。だが、もし自分が戦争中の国で育っていたら? 果たしてそんなことが言えるだろうか。戦争など、歴史か遠い他国のことでしか知らない雷華には答えを出すことはできなかった。
「この生き方に後悔はしていない。後悔するくらいなら始めから騎士になどなっていなかっただろう」
彼女は、淡々と、だが少し辛そうに言葉を紡ぎだすルークの前に跪いて、俯いている彼の顔に手を当てると、そっと自分の方に向けさせた。
「ルーク、聞いて。私は貴方の生き方を肯定も否定も出来ない。そんな権利があるとは思えないもの。でもね、貴方が自分の都合や利益のために人を殺すような人だとは思ったことはないよ」
じっとルークの眼を見つめる。自分が嘘を言っているのではないことをわかってもらうために。
「まだ出会ってからそんなに経ってないけど、ルークが伯爵みたいな人間じゃないってことはわかるわ。貴方はきっと自分より他人を優先してしまう人だと私は思う。あんな人間どころか生物全ての風上にもおけないような奴と同じはずない。だけど、もし……もしルークが一線を越えそうになったら――」
「なったら?」
一度言葉を区切ると、雷華は今まで真剣だった表情から一変、口の端を上げてにやりと笑う。
「私が貴方を殴るわ。思いきりね。だから、この話はもうおしまい。いいわね」
最後にルークのほっぺたをむにっと引っ張ってから、立ち上る。
(なーんて真剣に答えちゃったけど、もの凄くすごい恥ずかしい。それもこれもルークが変なこと聞いてくるから悪いのよ。ああもう、これから伯爵と対峙する大事なときだっていうのに!)
恥ずかしさで顔が熱くなってきたのをごまかすために、ぱたぱたと手で顔を扇ぐ。ヴェールで隠せばいいのだが、それに思い至らないのだった。
「変な事を聞いて悪かった……感謝する、ありがとう」
ルークの言葉でますます体温が上昇していく。今、彼の顔を見ることはとてもできなかった。
「い、いいわよお礼なんて。思ったことを言っただけなんだし。そろそろ伯爵が来るんじゃないかしら、うん、きっともう来るはず」
照れ隠しもあって、ものすごい早口になる。隅に置いてあった水を一気に飲み干すと、雷華は椅子に座って深呼吸を繰り返した。
(早く来いよ、伯爵! あ、そうだ、ヴェール忘れてた。うん、これでよし。準備もばっちりだから早く来い! この空気をなんとかしてくれたら殴る回数一発減らしてあげるから。だから、お願い早く来て!)
雷華の心の願いが通じたのか、それからすぐに幕が開いて一人の男が入ってきた。男は衣服がはち切れそうなほど太っており、汗を大量にかいている。頭部の髪は根絶されており、光を反射して光線でも出せそうな勢いだ。顔も醜くお世辞にも男前とは言えない。典型的な悪役と言っても過言ではないだろう。
(来たわね。令嬢の過去で見たから知ってたけど、実際に見ると想像以上に酷いな。見るに堪えないって言葉がこれほど相応しい人もなかなかいないと思うわ)
「お前か、ワシを呼び付けたのは」
入ってくるなり偉そうな態度で椅子に腰を下ろす。男――伯爵の体重に耐えられないと悲鳴を上げるかのように、高い音をたてて椅子が軋んだ。
「ワシは忙しいんだ。だが、娘がどうしてもと言うから来てやった。早くその占いとやらをせい」
絶え間なく流れ落ちてくる汗を拭きながら、伯爵は娘そっくりの上から目線で雷華に命じてきた。
(そうやって偉そうにしていられるのも今のうちよ。あんたの悪事を全部暴かせてもらうわ)
「わかりました。では眼を閉じて、私がいいと言うまで開けないで下さい」
逸る気持ちを押さえて、落ち着いた声で伯爵に促す。
「何、眼を閉じろだと。貴様、ワシに命令するのか!」
「命令ではありません。占いをするのに必要なことなのです」
怒鳴りそうになるのをぐっと堪えて、低姿勢の態度でお願いする。
「ふん! まあ、いいだろう。特別に許してやる。感謝するがよい」
「……ありがとうございます」
どこまでも尊大な伯爵に殺意すら芽生えそうになったので、冷静さを保つために頭の中で彼の等身大人形を作りだし、力いっぱい殴りつけた。




