第1話 筆頭公爵令嬢ウルシュラ・ド・ローモンド視点〜ため息は、聞こえない。〜
完璧な筆頭公爵令嬢は、ざまぁ対象者たちのことなどは、眼中にはございません。周囲には、味方も多数。そのなかには、王妃殿下もおられます。
「素敵。殿下、次の婚約者同伴のパーティーで着たいわ! どう?」
「そうだね、主役は王太子の新たな婚約者となる君なのだから」
「あら、そのドレスが気に入りましたの? では、宣誓をなさってくださいな。このドレスは義妹を悲しませます。私はそう忠告しましたのに、お二人が所望を、と」
我が国の筆頭公爵令嬢たる私、ウルシュラ・ド・ローモンドが、机上の宣誓用の水晶を示す。
「悲しませるですって! この美しいドレスが? おかしなことを仰るのね。いいわよ、お義姉様からのご忠告はこの義妹、たしかに伺いましたわ」
「俺も、王太子として誓う。ドレスが何をしても、元の持ち主のせいではない」
義妹セリアヌと、筆頭公爵令嬢の婚約者たる王太子、第一王子ダイソム殿下。
二人は、楽しげに宣誓をした。
これで、やっと、本日の強奪は終了するようだ。
「皆、王太子殿下と義妹のお見送りを」
私は私の使用人たちに命じる。
「畏まりました。ダイソム殿下、セリアヌ様、こちらへ」
「うむ」
「ええ」
使用人たちの所作は律せられ、統率が取れている。
「あの二人は帰りました。まことにお疲れ様でございました」
従僕の長が、丁寧な礼をした。
令嬢が義姉のクローゼットを漁り、義姉の婚約者たる王太子はそれを見て見ぬふり。
私の使用人たちは、賢い。だからこそ、あの二人に心底あきれている。それでも、丁重に迎えていたし、送りもしていた。
お疲れ様。私から皆に伝えたい言葉でもある。
「お嬢様に相応しいものにお取替えを」
優秀な侍女により、室内の香が、爽やかな、清浄作用のあるものへと変えられた。
爽やかであり、主張しすぎない香り。たしか、悪しきものを浄化する作用もある高級品だ。
動きも、所作も、何もかもが静かで、そして、きちんとしている。
実父たちのところの使用人たちとは、雲泥の差だ。
私の使用人たち。かれらは、筆頭公爵家当主だった亡き私の実母とはたいへんにお親しい友であられた王妃殿下が選ばれた最上の使用人たち。
当主たる母が亡くなってすぐに、母の生前からの愛人であった義母と私の異母妹である義妹セリアヌを家に入れた恥知らずな婿、実父。
王宮所属の者たちにも匹敵する私の使用人たちの知性や教養などについては、実父などと比較することは失礼が過ぎるが、言うまでもなくあらゆる面において優秀な者たちだ。
だからこそ、先ほどの二人への侮蔑の感情、あきれなどは表に出さない。みごとである。
とうぜんながら、実父は、私の使用人たちからは蛇蝎のごとく嫌われている。実父も、可能ならばこの家からかれらを追い出したかったはずだ。それは、現在も同様。
それでも、実母が、のみならず、王妃殿下御自らから選ばれた存在であること、これが私の使用人たちを追い出せなかった最たる理由である。
住まいだけは本邸から離れに移されたが、私の使用人たちと私との生活は、実父たちがどう考えていようが、実際はたいへんに快適であり、日々も充実している。
そんなかれらの完璧な働きにより、私が実母や王妃殿下から頂いた真に美しいもの、稀なる品々は、かれらの動きと認識阻害魔法などで大切に守られている。
今まで義妹が奪っていったのは、一流または超一流の鑑定士でなければ看破できないほど精巧に作られた、見た目はよいが質はよろしくない魔絹のドレスや硝子玉の飾り。偽りの品だ。
そう、先ほどのあのドレス以外は。
もちろん、自分を当主と勘違いしている実父も、偽りの当主である。彼は、あくまでも代行。この家での権限など、かけらほども存在しない。王立学院を卒業し、私が正式に当主となるのだから。
筆頭公爵家の名で後払い扱いの贅沢品の請求は、実父や義母の生家にいくのだろう。実父たちが浪費した我が家の資産も、ほかにも、補修代や慰謝料などなども。その金額は、連中の生家の収入の十年ほどでは恐らく足るまい。
ちなみに、筆頭公爵家当主が署名をしていない支払確約書は、無意味であるし、たとえ購入済であろうが、それは筆頭公爵家から支払われたもの。
つまり、未払いでも支払い済みでも、かれらが自身の資産と考えているものは、すべて我が家の財である。
我が領地の一部の領民は、いくつかある我が国に隣接する諸国のうちで最大の国力を有する王妃殿下の母国にお世話になることが決まっている。卒業後に私がそちらに行くからだ。我が国と同等かそれ以上の家や土地、仕事、学校での学び付で。
同時に、筆頭公爵家の領地じたいと、この邸宅はすべて王国、または王妃殿下の管理下となる。つまり、我が筆頭公爵家の領地に残りたい領民は、手厚くご対応頂けるのだ。
実父や義母の実家、取り巻きの地位と財は全て没収。賠償はむろん、このなかには含まれない。
連中の罪への罰は、これから計上されていく。ちなみに、罪となる罪状は、長年の筆頭公爵家への冒瀆。当主たる亡き母への裏切りから始まり、筆頭公爵令嬢への虐待行為などだ。
例に挙げた、虐待行為。実際は、実父たちよりも遥かに手の込んだ食事や色々を提供されているのだが、実父たちは使用人にそう指示をして私を別室に置いていたので、書状に偽りはないかと査問員に宣誓魔法で問われたら、肯定するだろう。虐待はあったと、彼らは思い込んでいる。
王妃殿下と実母との関係が深い使用人たちの細かな書状は、十分な証左となる。
書状には、虐待行為については、『一例として、筆頭公爵令嬢にふかした馬鈴薯と薄いスープしか与えないという非道なる行いを挙げる』などとある。
私の爵位や立場などを鑑みたら、恐れを知らないということが恐ろしい行いだ。
ただし、私と直接関わっていない実父たちの使用人たちについては、やむにやまれぬ事情があったものなどには酌量の余地ありとして他家への紹介状や一時金を出してやる手筈になっている。
私や私の大切な存在を侮った連中? 投獄は間違いないだろう。場合によっては、一族郎党もである。
無知は罪。それは仕方ない。とは言え、『お嬢様に』と、当人にとってはたいへんに貴重な蜂蜜の小瓶を隠して私に渡そうとしてきた下女と、『偉そうに』と、筆頭公爵令嬢を侮ったメイド風情を同列にしては失礼だろう。もちろん、前者にだ。
優秀な私の使用人たちに確認をしたところ、前者には、いずれ、利に聡く、情にも厚いと高名な商家の長男との縁を勧める予定だそうだ。もちろん正妻である。
「お嬢様、お茶のご用意が」
「ええ」
一切の音をさせずに、そんな優秀な者たちのうちの一人である侍女から、茶器が出された。
よい香りだ。
王宮でも、王妃殿下の特別な茶会でしか供されない、遠い国のお茶。
この香りも、実父たちは屑茶の香と思っているのだ。
それを思うと、少し、笑える。
むろん、このお茶は、香味のみならず、その味じたいもたいへんに素晴らしい。
「お嬢様、会場の様子をご覧になられますか」
「ええ、お願い」
あのドレスの強奪の日から、数週間が過ぎた。
珍しく、静かな日々を過ごせた。
今日は、王太子ダイソムが主催する『王太子の新たな婚約者のお披露目パーティー』とやらの開催日である。
あの王太子は、なぜ、婚約破棄がすぐにかなったかということに疑いを持っていない。
義妹をいじめる愚かな義姉は王太子の婚約者として不適切であるという自分の言い分が、陛下と王妃殿下からお認め頂けたと信じているのだ。
そう、王太子は、確信している。
希望どおり、婚約者を長女ウルシュラから次女セリアヌへ、同じ筆頭公爵令嬢への交代が了承されたのだと。
新たな婚約者となったらしい私の義妹の周囲には、彼女が王太子と自分の頼れる味方と確信する我が家の身辺警護担当たちがいる。
むろん、警護担当たちも、こちらの手の者だ。だからこそ、こうして、密かに、会場の様子を映像水晶で映してくれているのである。小さいながらも、音声まで拾える高級品だ。
二人は、上機嫌だ。しかし、このあとすぐに、王宮の使者から王太子の廃嫡が言い渡されることになるのだ。廃嫡の理由は、筆頭公爵令嬢との婚約を自ら棄却したためである。
王太子もであるが、実父たちも知らないことだが、この国の筆頭公爵令嬢は私のみ。実父が二人目の筆頭公爵令嬢としたつもりの義妹の養女申請は、父の実家の養女として認められている。
公正証書の中身を確認しないなど、入婿として恥であるが、
実母が、自分の亡き後の私のためにと、王妃殿下にご相談申し上げてくれていたことも幸いした。
王宮所属の上級管理官が作った養女申請書ならびに別紙細則は細かく、長い規則、条項、難読な書類文。実母の想像どおり、実父は最初の一行ほどしか読んではいなかったらしい。
会場の様子を見聞きすると。
『美しいドレス……でも、何故? ため息?』
『これは、そう、ため息だな』
ああ、やはり。魔力の高い招待客たちが、訝しんでいる。
『まさか、あの方、ウルシュラ様を差し置いて新たな婚約者にとは……あの人、セリアヌ嬢ときたら、ダイソム殿下をあんなに馬鹿にしていたのに。お義姉様は学年首位なのにいつも下位! 学院会長とは名ばかりで、副会長に仕事を任せっぱなし! と笑っていたのを何度も聞きましたわよ』
『婚約者を奪ったのに、お義姉様、泣いたりなさらなくて。ドレスも宝石も、惜しげもなく下さって、張り合いがない。もちろん、ドレスや宝石なら、あの婚約者よりはよほど価値があるけどねって仰っていたわ』
義妹の言葉を語る声。これらの声は、義妹の同級生のものだろう。
『セリアヌ……君は、俺のことをそんなふうに?』
これは、王太子の声。
『ダイソム殿下、違う⋯⋯違いますわ!』
ようやく聞こえてきた義妹の声はもう、泣きそうである。
だから言ったのに。
『閨での君は⋯⋯』
王太子ではない若い男性の声。
その声を合図に、音声を消させた。
映像も音声も、水晶のなかに保存をしてくれている。
証拠としては、まったく問題はない。
義妹が何人と情を交わしているかなど、聞きたくもない。
「あのドレスは、やはり、真実を語るのね」
私は、独りごちる。
義妹が奪っていった、唯一の、ほんもの。
つまりは、あのドレス。あれは、別名を、一角獣のため息という。
魔法で高名な大国で作製された、貴重な品。
処女を愛する一角獣の力を宿した魔布で作られていて、処女ではない者が着用すると、ため息とともに、着用者の秘密を話し出すという、神秘のドレス。
恐ろしいものではある。ただし、一角獣の名のもと、真実しか話さないという、誠実さも有している。
「お待たせしたね。では、参ろうか。会場で王妃殿下が待っておられるよ」
優雅な仕草と、静かに開かれた扉。
ついに、私のための、麗しいお迎えがいらした。
我が家にいらしたのは、王妃殿下の母国の王太子殿下。
この国の殿下、元婚約者となる元王太子とは、天と地以上の差がある、美しく賢いお方。
あと僅かの時を経て、私の現在の婚約者となられるお方でもある。
そろそろ、あちらの会場には、高位貴族夫妻や有力な商業関係者などがいないことに気付いた者もいるだろうか。
私はこれより、王妃殿下主催のパーティー会場に向かう。
もう一着の、一角獣のため息とともに。
そして、そちらの会場では、王太子ダイソムの廃嫡、元王太子の有責による婚約破棄、新たな王太子殿下のご紹介の旨ならびに、学院卒業とともに筆頭公爵令嬢が当主資格を有したまま王妃殿下の母国に新たな婚約者、母国の王太子殿下とともに向かうことなどを王妃殿下がお伝えくださるご予定である。
この国の新たな王太子殿下となられるは、王妃殿下の母国に留学中であられる第二王子レモニアス殿下。
少しお若いが、たいへんにご聡明な方だ。元王太子のやらかしのおかげで、唯一の懸念であった年齢は問題ないということになる。
王太子として適切な年齢の愚か者よりも、お若い優秀な御方にこそ、王太子の座はふさわしい、ということだ。
素晴らしいご決定である。
私も、王妃殿下の母国から、この国と、ひいては新たな王太子殿下レモニアス様をお支えすることができればと思う。
王妃殿下からのご発信の際には、その御手には国王陛下の玉璽がおわす書状があられるのだ。
想像すると、心が躍る。むろん、表情には出さない。
しかしながら、パーティーへの出席が、こんなに楽しみなのは、久しぶりだ。
扇を持つ手も、軽い。
「ウルシュラ嬢、わたしは、君を大切にする」
すると、ほんものの王太子殿下が、美しい所作で扇のないほう、空いていた私の手を取ってくださった。
「嬉しいですわ」
私は、微笑む。
「ありがとう」
王太子殿下の穏やかなお顔と、お声。
一角獣のため息は、聞こえない。
読了まことにありがとうございます。
次話以降は王太子(完璧ではないほうです)視点、王妃殿下視点を予定しております。




