表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継承される祠守  作者: さんご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/2

遺品の石

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

 祖父の部屋は、昔から少しだけ時間が遅かった。


 柱時計はいつも三分遅れ、

 テレビは砂嵐になっても平気で映し続け、

 窓際の観葉植物だけは、なぜか冬でも青かった。


 その部屋の主だった祖父は、七十二歳の冬に亡くなった。


 医者は「老衰です」と静かに言ったが、

 祖父は最期の数日、妙なことばかり口にしていた。


「人間な、最後は“置いていく場所”を探すんだ」


 意味が分からず、

 僕――孫の正人は曖昧に笑っていた。


 祖父は笑い返して、


「金でも土地でもない。もっと軽いものだ」


 と言った。


 それが最後の会話になった。


 葬式は、よく晴れた日に終わった。


 親族たちは涙より疲労の顔をしていて、

 黒いネクタイを緩めながら帰っていった。


 残された僕は、

 祖父の部屋の整理を任された。


 古いラジオ。

 黄ばんだ本。

 使わなくなった万年筆。

 なぜか大量にある輪ゴム。


 祖父の部屋は、

 生活感というより“記憶”が積もっていた。


 引き出しを開けるたび、

 古い紙の匂いがした。


 その時だった。


 机の奥。

 木箱の中に、

 小さな石が入っていた。


 親指の爪ほどの大きさ。


 透明なのに、

 中心だけが淡く青く光っている。


「……綺麗だな」


 そう呟いた瞬間。


 カチ。


 止まっていた柱時計が動いた。


 思わず振り返る。


 時計は、

 ゆっくり秒針を刻み始めていた。


 電池なんて、とっくに切れていたはずなのに。


「……気のせいか」


 疲れているのだろう。


 僕は石をポケットに入れ、

 整理を続けた。


 その夜。


 自宅に戻った僕は、

 妙な違和感に気づいた。


 部屋が、少し暖かい。


 暖房はつけていない。


 なのに、

 誰かがついさっきまでいたような温度が残っていた。


 そして。


 テーブルの上に置いた石が、

 かすかに光っていた。


 呼吸するみたいに。


 明るく、

 暗く。


 ゆっくりと。


「……え?」


 見間違いではない。


 石は、

 本当に脈打っていた。


 僕は恐る恐る触れた。


 その瞬間。


『正人』


 声がした。


 頭の中で。


 耳ではない。


 もっと近い場所。


 脳の奥に、

 直接響く声。


 忘れるはずもない。


 祖父の声だった。


 僕は飛び上がった。


「じ、じいちゃん……?」


『騒ぐな。年寄りには静かな環境が必要だ』


「いや死んでるだろ!?」


『そうだな。そこは少し困ってる』


 石は、

 ほのかに青く揺れた。


 僕はしばらく言葉を失った。


 祖父は生前、

 オカルトを一切信じない人だった。


 幽霊の話をすると、

 「怖がる暇があるなら飯を食え」と笑う人だった。


 そんな祖父の声が、

 今、

 石の中から聞こえている。


『成功したらしい』


「なにが」


『封じ込め』


「何を!?」


『わし』


 あまりにも自然に言うので、

 逆に怖かった。


 沈黙のあと、

 祖父は少し誇らしげに続けた。


『死ぬ前にな。魂というものがあるなら、何かに残せないかと思った』


「思いつきでやることじゃないよ!?」


『暇だったんだ』


 その返答が、

 妙に祖父らしかった。


 僕は思わず笑ってしまった。


 怖いはずなのに。


 なぜか、

 懐かしかった。


 それから奇妙な同居生活が始まった。


 石の祖父は、

 時々しゃべった。


『味噌汁が薄い』


「石に味覚あるの?」


『雰囲気で分かる』


 とか。


『その株はやめろ。絶対下がる』


「なんで分かるの」


『年寄りは未来予測が得意だ』


 とか。


 意味不明なことばかり言った。


 けれど。


 不思議と寂しくはなかった。


 むしろ、

 死んだはずの祖父との時間が、

 静かに続いている気がした。


 ある雨の日。


 僕は石に尋ねた。


「じいちゃん。なんで、石なんだ?」


 少し沈黙。


 そして祖父は答えた。


『長く残りそうだったからな』


「それだけ?」


『それだけだ』


 窓の外で雨が鳴る。


『人間はすぐ壊れる。体も、記憶も』


 祖父の声は、

 どこか遠かった。


『だからせめて、“誰かといた時間”くらいは残したかった』


 青い石が、

 静かに光った。


 まるで心臓みたいに。


『忘れるなよ、正人』


「……うん」


『あと、机の二段目に隠してた羊羹は親父には見つけるな』


「まだそんなこと言ってんの!?」


 その瞬間。


 石は、

 小さく笑うように明滅した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ