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いつか枯れる恋だとしても  作者: 倉敷きり
第一章 咲かぬ花の行方
1/8

1話





 仲睦まじい愛する二人を、己の欲しいままに引き裂いてしまう悪女。

 物語としてはありふれていて、短絡的で。きっと誰もが読み飽きてしまっただろう。結末はたいてい引き裂かれても、真実の愛が再び二人を結ぶなんて幸せなものばかり。

 己の恋のままに生きた悪女の結末は、どの物語にも描かれてはいない。だってそんな嫌われ者の女の結末なんて誰も気にもとめないし、そんな女が報われる様など誰も望んではいないからだ。


 悪をくじき、弱きを助ける。

 真実の愛が勝つ。

 正しい行いをした者が報われる。


 人が求めているのはそういった物語だけ。悪女と呼ばれた彼女たちは、一体どんな結末を辿ったのだろう。


 御伽話が好きだった幼い頃は、お姫様になることに憧れていて、愛してくれる王子様が側にいることに何の疑問を抱かず、例に漏れず二人の邪魔をする悪女のことが大嫌いだった。でも今は、己の気持ちのままに動けるそんな悪女と呼ばれる役割の女の姿が、今はほんの少しだけ羨ましく思えるのだ。

 二人の恋を応援することも出来ないけれど、かと言って引き裂くようなことも出来ず、気持ちを伝えることもしない。横恋慕とわかっていても忘れられない。中途半端で、自分が可愛いだけの女。何者にもなれず、物語の舞台に上がることもない。

 ――それが今の自分である。



 嫌な夢を見た気がする。

 明け方に飛び起きたように目が覚めた。額には寝汗が浮かび、四肢の先はひんやりと水に浸したように冷えている。何度か布団で寝返りを打ち、目を瞑ってみたものの、寒気がするばかりで一向に眠気はやってこず、寝床を起き出した。


 着替えを済まし、朝食の準備でもしようと厨に向かう。この家には通いの使用人が何人かいたが、彼女らが出勤するにもしばらく時間があった。ようやく薄明かりが差し込むようになった家は、どこも青く静まり返っており、まるで知らない場所のようだった。

 あくびを噛み殺しながら、腰紐を咥えて襷掛けをする。また寝ぼけているのか、紐は結ぶ前に朱莉の手の中を抜けていった。

 やり直さないと。そう思っていた刹那、するりと結び損ねた紐の端が帰ってくる。後ろから伸びてきた大きな手が器用に咥えていた反対の端をさらって、襷掛けが完成する。驚いて振り返れば、そこには新聞を小脇に抱えた男が立っていた。


「おはよう、朱莉嬢」

「……お、おはよう。悠玄。早起きね」

「お前もな」


 距離の近さに心臓がドクンと大きく跳ねた。冷え切っていたはずの体に熱が巡っていくのがわかる。

 彼は片桐悠玄(かたぎりゆうけん)

 陸軍に籍を置く父の部下であり、訳あって数年前から我が家の離れで生活をしている。


「まだ朝食まで時間があるから、お茶を淹れましょうか?」

「嗚呼、お願いしよう」


 彼はとある名家の出であるらしいのだが、――あまり詳しくは聞けなかったが――訳あって勘当されて以来、居候として共に生活をしている。

 名家の生まれにしてはこざっぱりとした人で、穀潰しになるつもりはないと、よく家のことを手伝ってくれている。

 力仕事は彼の仕事で、春が近づくとよく刈り込み鋏片手に作業をする彼を見る。掃除もするし、買い出しにも付き合ってくれた。

 女学校時代は朱莉もよく勉強を見て貰っていたし、歳の近い朱莉の兄とは日々研鑽と剣術の稽古をしている。父が時々連れてくる部下たちも、悠玄のことを慕っているように見えた。軍人として働いているところを見たことはなかったが、なにより近くにいる父は、彼を「優秀な男」だと言った。

 背が高く仏頂面のおかげで、愛想が良いとは思わないけれど、面倒見は良いし、見かけによらず話しかければきちんと話を聞いてくれる。

 最初は口さがない、ズケズケと入り込むような無遠慮な人に思えていたけれど、気が付けばいつも頼りにしているのは悠玄だった。


 時々目を細めて静かに笑う彼が好きだった。朱莉が困っていれば真っ先に見つけ出してくれるところも、少し過保護なところも。朱莉嬢と低く優しい声で名前を呼ぶところも、好きだった。

 朱莉の想い人であり、そして横恋慕の相手でもある。

 悠玄に婚約者がいると知ったのは、朱莉が彼への気持ちを自覚した後のことだった。婚約者がいるなんて、良家の出身であればなんら珍しいことではない。

 それに、父の部下であるということは、悠玄は持つ側(・・・)の人間だということだ。



 この国は持つ者と、持たざる者がいる。

 それは才や財の話ではない。人種や生まれなどという話でもない。人智の範疇を超える力の本流を理解し、掌握する力を持つ者と、持たぬ者である。

 時に光を与え、水を操り炎を纏わせ、空を翔る。多種多様の不思議な力を持ち、その全てを目に映す力だ。

 かの昔。この国には、妖ものと人が入り混じっていた時代があった。

 持つ者たちは妖ものと同様異形のものとされ、人里離れた所でひっそりと暮らしていたが、ある年、日の本を揺るがす大妖怪が現れた。

 持つ者たちの能力は妖ものを祓うのに適しており、それに目をつけた帝の勅命を受け、人に仇為す妖ものを沈め討伐し、鬼門の向こうへ封じた。

 帝はその功を讃え、持つ者らへ褒美と地位を与えた。持つ者らは陰日向から救い出してくれた恩義から、帝への忠誠を誓い、今でも鬼門を守り続けている。そういった力を持つ者たちを、人々は畏怖を込めて「鬼代(きだい)」と呼んだ。

 朱莉の生家である海藤家もこの鬼代の一門であり、陸軍の中でも鬼代のみで構成される鬼代局に籍を置く父の部下であるということは、悠玄も同様に立派な鬼代であるということだ。


 ――一方の朱莉といえば。

 名家海藤の血を継ぎながら何の力も持ち合わせていない。鬼代の力さえあれば、女性でも軍人として成り上がっていける程の特権であるというのに、力が無いばかりか、妖をこの目に見ることすら出来ない。

 嫡男である兄が優秀な鬼代であったおかげか、父や母は朱莉に力がないことを特に気にした様子はない。

 が、能力が重要視される鬼代の世界で、朱莉の立場は決して良いものではなかった。その証拠に、二十歳を迎えたというのに縁談のひとつ決まらないのだから。


 気に入ってもらおうと無理をして、取り繕って自分を殺して、ようやく気に入ってもらえたと思えば、能力無しなことを理由に有耶無耶にされてしまう。

 それでも無碍に扱われなかったのは、能力無しでも朱莉が海藤の人間だったからだろう。

 能力があるが故の特権階級というものは、裏を返せば無くなればそれまでという話だ。優秀な人間を輩出し続けなければならない鬼代にとって、力の有無が重要視されるのは当然のこと。

 だから、恋愛結婚などと持て囃される昨今でも、鬼代は政略結婚が盛んなのである。鬼代の世界とはそういうところで、悪いのは何も持たずに生まれた朱莉なのだ。


 貴女はとても素敵な人です、しかし。と続く言葉に心を痛めることもなくなった。十七を過ぎた頃から縁談の話はみるみる減っていき、二十歳になった最近ではぱたりと無くなってしまった。

 名門海藤家の娘なのに縁談が決まらないなんてと噂されるようになり、嘲笑の的となった。そのうち、社交の場に出るのも怖くなって足が遠のいてしまい、今に至っている。

 ずっと家にいれば良いだろうと父は言って、追い出すなんてことしないわよと母は笑う。自分が養うと兄は息巻いていて、祖父母も、使用人だって誰も朱莉を邪念に扱ったりしない。悠玄だって朱莉を腫れ物扱いしたりしなかった。

 恵まれていると思うし、力が無くたってこの家に生まれたことに後悔などない。それでも、最近は家族からの優しさすら心苦しく感じることがある。

 何か自分だけの、特別な役割とまでは言わない。が、誰かに一番必要とされる存在になりたいと願ってしまう。


 つまるところ、彼に婚約者がいなくたってこの恋は初めから叶わなかったということだ。鬼代であるなら尚のこと、朱莉を選ぶ理由がないのだから。

 わかっているのに捨てなければと思えば思うほど、捨てるのが惜しくなってしまう。悠玄が朱莉にくれる優しさだって、ただの哀れみかもしれないのに。


 何も持っていないし、唯一芽生えた恋心も横恋慕。

 あの日読んでいた御伽話のお姫様からは、あまりにかけ離れている。あの本を読んでいた幼い私が今の朱莉を見たら、なんと言うだろうか。どこまで行っても、二人の仲を引き裂く悪女にしかなれない。それに、御伽話に出てくる悪女の方がよっぽど優秀で魅力的だろう。


「最近は随分忙しそうね」

「そうでもないだろ」

「ちっとも家に帰ってこないじゃない」

「なら次の休みは空けておこう。どこか出掛けよう」

「……いいの?」

「お前が拗ねるからな」


 拗ねていないと小さく反抗すれば、悠玄は小さく笑って朱莉の鼻先を摘んだ。すっかり調子が狂った朱莉は、意地を張るのをやめてならケーキが食べたいと呟く。


「成程?」

「最近街で流行ってるの」

「お前はいつまで経っても可愛い奴だな」


 クツクツと珍しく喉を鳴らして笑う悠玄に、またムッとしてしまう。


「馬鹿にしないでよ」

「馬鹿にしていないだろ」

「うそつき」

「嘘じゃない。次の休みはケーキを食べに行こう、約束だ」


 そういって膝を折って顔を覗き込み、小指を差し出す彼の手に、朱莉はゆっくりと己の指を絡める。絡んだ指を強く握られる。朱莉よりずっと大きな手から伝わる熱に、胸が壊れそうなほど脈打っている。

彼に己の心を悟られませんように、と小さく祈る。粧し込んで来いと言う彼に小さく頷くのが精一杯だった。期待したって、この優しさに恋焦がれたって意味はない。この思いの向かう先には、底なしの真っ暗闇で何もないのに。

 でも自分が可愛くて、人に嫌われたくなくて、なによりこうして笑いかけてくれる悠玄から罵られたり顔を背けられることが恐ろしくて、何か行動に移す勇気もない。

だからと言って諦められるわけでもなく、上官の娘という厄介な立場を利用して彼の優しさに縋っているのだ。

 嫁の貰い手もなく、哀れで馬鹿な女。こうやって死ぬまでここで、この恋が枯れるのを待つばかりなのである。


のんびり連載していきます。お付き合いいただけますと幸いですれ

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