第29話 幼馴染は休日でも押しかけてくる
夏が終わったのにもかかわらず居座り続けた暑さが過ぎ去った。
自室の窓を開け、空気を入れ替えるとさわやかな空気が部屋に入ってくる。とても気持ちがいい。
遠くの山には今しか見られない色の木々の紅葉ばかりだし、ついに秋も本番だ。
(……でも、ちょっと寒いか?)
せっかく夏が終わってちょうど良い気温の季節になったと思ったのに、そんな日は長く続かなかった。
どうやら、冬が近づいているようだ。暑いのも嫌だが、寒いのも嫌なので最悪である。
四季と名乗るんだったら、もっと秋は仕事をしてほしい。というか、夏が残りすぎなのか?
どっちにしろ、ちゃんと季節は守ってもらいたい。
「ひろくん、元気?」
「……祐奈。また来たのか」
「別にいいじゃん。もう慣れたでしょ?」
背後から聞きなじみのある声が聞こえる。
振り返ると、やはりそこには祐奈がいた。
いつもはスカートだが、今日は珍しくパンツスタイルだ。
……こっちもなかなか良いよな。
「……何をじろじろ見ているの?」
「……うん、ズボン似合っているよなって思って」
「本当? 変なことは考えてない?」
「もちろん! 考えてないから。大丈夫だから」
「……いや、即答で否定しないでよ。少しは考えててよ」
俺は今、何を怒られている?
そして、正面の幼馴染は何を言っている?
やっぱり、少し様子がおかしい。
文化祭の日、タツと話してからというもの、祐奈の態度が変わった。何を話したかの内容は教えてくれなかったが、確実に祐奈は変わった。
その証拠に、休みの日はずっと俺と一緒にいるようになったのだ。今日のように、毎週末俺の部屋に来る。
そして、祐奈がいるということは——
「せ、先輩。今日もお邪魔します……!」
「関口……祐奈がごめんな」
「いえ! むしろ私が来てしまって申し訳ないです……」
——もちろん、関口もいる。
さすがに俺の部屋に行くからといって、関口を放り出すことはしなかったようだ。
だから、今や俺の部屋は関口の受験対策本部になってしまっている。
いつの間にか、関口用の参考書とか市販の過去問題集と置かれているし。俺の部屋なのに。
「なんか私と態度違うんじゃない?」
「当たり前だ。祐奈が関口を振り回しているんだろ?」
「それはそうだけど……なんかムカつくなぁ……」
祐奈がムスッとした顔になってしまった。ほっぺを膨らませて、釣り上げられたフグのようになる。
明らかに変顔なのにちょっとかわいいと感じてしまうのは、俺が祐奈のことを好きだからだろうか。それとも、単なる美人補正だからだろうか。
少なくとも、俺が同じ表情をしたらドキッとさせる前に笑われてしまうだろう。
「で、今日も受験勉強か? だったら、俺は漫画でも——」
「違うよ。今日は息抜きの日にしようと思って」
「息抜き……? ゲームでもするのか?」
改めて俺の部屋を見渡し、遊べそうなものを探す。
あるのは型落ちのゲーム機とソフト、あとはトランプくらいなものか。
数時間ならそれでもいいが、祐奈は「今日は息抜きの日」と言っていた。1日となるとさすがにこれだけじゃ力不足だ。
「ふっふっふ……浅い、浅いよ」
そう言い残して祐奈が部屋から出ていく。
一切意味が分からない行動なので関口に解説を求めようと視線を向けると、なんだか申し訳なさそうな顔をしていた。
……いや、ちょっと口角が上がっている。鼻も少し膨らんでいる。
(ってことは、関口もグルか……)
何するんだろう。というか、何されるんだろう。
何かあっても関口がいるからそこまで大変なことにはならないと思っていたが、その頼みの綱が外れ、一気に不安が押し寄せてくる。
そして、その不安をさらに大きくさせる部屋のドアが開いた。
「ひろくん、見て! どう?」
「……まぁ、良いんじゃないか? 可愛いと思うぞ」
「へへっ、ありがとうね」
入ってきたのは、帽子にリュックサックを背負った祐奈だった。
「なんか、今からピクニックでも行きそうな格好だな」
「ひろくん、惜しい! 今から行くのはキャンプです!」
「そっか、キャンプか…………キャンプ!?」
ピクニックでも冗談で言ったつもりなのに、キャンプときた。
あまりにも予想外すぎる。
「関口、さすがにキャンプは——」
「え、先輩。どうしましたか?」
「なんでもう準備万端なんだ……?」
さすがに、ということで関口に助けを求めたら、こちらも帽子とリュックサックを装着してしっかりキャンプに行く用意ができていた。
顔に嬉しさが出ちゃっていたとはいえ、俺が祐奈のほうを向き、関口から目線を外してからわずか数秒しか経っていない。
その間に準備を整えるとは、とんでもない早変わりだ。
「そのキャンプ、俺も行くのか……?」
多分、意味のない質問をしてみる。
そうやってワンテンポ置かないとこの勢いについていけないから。
「当たり前でしょ? かよわい女の子2人を見捨てて山に行かせるつもりなの?」
「先輩、約束したのに来てくれないんですか……?」
2人から心をえぐられる言葉が飛んでくる。反則技だろ、そんなの。
こうなってしまったからにはもう行くしかないじゃん。
しかし、ようやく関口が嬉しそうにしていた理由が分かった。
彼女にとってこれは夏休みの時に話していたお出かけなのだ。
前からの約束がついに果たされる、となると、まぁ、こうなるのも無理ないか。
「わかった、行くよ。ついていくから」
「ならよかった。じゃあ、これ」
「やっぱり俺の分も準備し終わっていたんだな……」
祐奈から帽子とリュックサック、そして多分テントが入っていると思われる袋が渡された。
ずっしりとした重さのものを俺は下に置く。
「あれ? 行かないの?」
「行くよ。でも、今の俺の格好を見てくれ」
俺は今、休日の自室にいる。
つまり、ぺらっぺらの部屋着なのだ。
祐奈と関口が来るとはいえ、わざわざ着替える義理もないしな。
「こんなすがたでキャンプに行ってみろ、それこそ俺の命が危ない」
「……確かに。いや、逆にわざと危なくして——」
「だ、だめですよ! それで本当に危険な目に遭ったらどうするんですか!」
「……ありがとうな、関口」
とんでもない考えを口にしだした祐奈を関口が止めてくれる。
よかった、後輩に感謝だな。
それで、祐奈はいったいどうしたのか。
前までなら危険な目に遭わせるなど言語道断、って感じだったのに。
もう手段は選んでいられないほど事態は切迫しているのか? 運命の日は、ホワイトデーはまだ来年なのに?
本当に、タツと何を話したんだろうか。気になってしょうがない。
でも、今はそれより——
「でさ、いつになったら出て行ってくれるんだ? 着替えられないんだけど」
「私は気にしないから着替えていいよ」
「じゃあ私も気にしません……!」
「俺が気にするんだよ。ほら、出て行った」
リュックサックごと押して部屋から2人を追い出す。
そして、キャンプでも問題ないような長袖長ズボンと防寒用具を探しにかかった。




