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自称・未来人の幼馴染  作者: 千夏ケイ


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34/65

side:祐奈 諦念

 私の後ろで古びた金属製の扉が嫌な音を奏でる。

 いつもならこの不協和音に不快感を覚え、早く鳴りやんでほしいと願っているだろう。

 

 だが、今は違う。

 むしろ、ずっと鳴っていてもいいとすら思っている。

 この後、朝隈くんと話すことと比べたら——何倍もマシなのだから。


(……そんなこと考えたらダメ。この機会を用意してくれたひろくんに申し訳ないでしょ?)


 心ではわかっている。朝隈くんと話すべきだって。

 だけど……怖い。

 全身が——私を構成するほぼ全て細胞が逃げたがっている。


「……そろそろ、宏樹も帰ったかな」

「多分ね。ひろくんは盗み聞きするような人じゃない」

「さすがは幼馴染だな、理解度が高い。じゃあ、東川さん。話の続きをしようか。さっきの、そして——この前の続きを」


 朝隈くんの顔はひろくんがいた時よりも真剣みが増している。

 私を突き刺すように見つめる瞳には、怒気が少し含まれているように感じた。


「まず、聞かせてくれ。東川さんは何がしたくてここに——この時代にいる?」

「何って……そんなの決まっているでしょ? ひろくんを助けるためよ」

「……だろうな。ホワイトデーの日、だっけか。宏樹が死ぬのは」


 ホワイトデーの日の悲劇。まだ未来があるはずのひろくんに降りかかるあまりにも残酷すぎる運命。

 ひろくんと翼ちゃん以外に教えていない未来の出来事を、朝隈くんは見事に言い当てた。

 私の心臓が飛び上がる——なんてことはない。ただ、タイムループが本当のことで、彼の未来知識は確かなものとわかっただけだ。


「そう。ホワイトデーの日、私の目の前でひろくんは轢かれるの。飲酒運転の車にね」

「あれは最悪の事故だったよな。現場をテレビ越しでしか見ていない俺ですら、友人の死に泣き叫んだんだ。東川さんの心にどう残ったかなんて、想像すらできん」

「……タイムマシンを開発して過去に戻り、事故をなかったことにするくらいには悲しかった」


 ひろくんが死んでからというもの、涙も枯れ、笑顔も失い、外に足を踏み出すことすらできなくなった。

 食事をしようにも喉を通る前にえづいてしまい、しばらくは流動食を無理やり流し込むしか栄養を取れなかった。

 瞼を閉じると、ひろくんの轢かれる瞬間がフラッシュバックし、せっかく流し込んだものも吐いて、眠ることすら難しくなった。

 

 私はもう、限界だった。ひろくんがいない事実に耐えられなかった。ひろくんを殺した世界で生きていたくなかった。

 いっそ、私もひろくんの後を追おうかと何度も考えた。翼ちゃんがそうしたように。

 その身を投げ出して何も考えないようにすればどれほど楽か——

 そんなことばかり考えては勇気が出ずに諦め、涙も流せないくせに泣いて……無価値な日々を送っていた。


 そんな私がのめりこんだのは、タイムマシンの研究だった。

 フィクションの世界にしかない、過去に飛べる発明品。

 本気で実現しようとする人なんて数えるほどしかいない代物。

 冗談と思われ、笑われた経験は数えきれない。


 だが、何もかも失った私には十分すぎた。

 事故をなかったことにすれば、ひろくんは生きられるはず。

 この想いで、私は研究し、実験し、また研究して——ついに完成させたのだ。


「……長かったなぁ、本当に」

「感傷に浸っているところ悪いが……俺は東川さんに言わなければならないことがある」

「何? 過去を変えるな、って話?」

「違う。俺が話したいのは——」


 朝隈君が深呼吸を繰り返す。

 だが、その呼吸はかすかに震えていた。

 それで、私は気付いた。


(朝隈くんも怖いんだ……)


 考えてみればそうだ。

 お互い、自分以外に未来を知っている人がいるとは思っていなかったはず。

 これが初めての一般人じゃない者同士の話のはずなのだ。

 私が怖いのだから、朝隈くんも同じ気持ちになっていたって不思議じゃない。


 私が安心したのも束の間。

 再び口を開いた朝隈くんから出た言葉は——


「宏樹は助からない、ってことだ」

「………………は……?」


 ——聞きたくもない、私がしてきたことを完全に否定する言葉だった。


 体の震えが治まらない。手も、足も。私の全身が震えている。

 私は今、ちゃんと呼吸できているのだろうか?

 それすらもわからない。


「…………どういう、こと……? 全然笑えない冗談だよ…………?」

「……俺が将来どういった職業に就くか知っているか?」

「答えてよ……! 冗談だって言ってよ!」


 何が未来での朝隈くんの職業を知っているか、だ。

 そんなこと、今はどうだっていい。

 車の完全自動運転を実現したからなん……だ…………


 ……あれ?


「俺は将来、車の完全自動運転に関する研究所を立ち上げて開発し、それを世界に広める。だけど、それはなんでだと思う? なんで俺がそんな分野に興味を持ったと思う?」

「……ひろ、くん……?」

「そうだ。宏樹という友を飲酒運転のクソ野郎に奪われた俺は、二度とこんなことが起きないように、完全自走運転で車のシステムを根本から変えたんだ」


 ひろくんの存在が私以外の人の人生を動かすほど影響を与えた。

 その事実は幼馴染としてとても嬉しいはずなのに、もうこれ以上話を聞きたくない。


「当然、タイムループした俺は作り上げたシステムを速攻で普及させた。天才児と注目されるのはうざかったが、宏樹の命と比べれば安いもんだと思って乗り切ったさ。実際、高校生になるまでには完全自動運転システムは全車両に必須化されたし、やってよかったと思った。その時は、の話だが」

「それで、過去を変えてどうなったの……?」

「流れでだいたいわかるだろ? 死んだよ、宏樹は。ホワイトデーの日に。ビルから落下した看板に潰されて」


 私の知らない、ひろくんの死……

 ……吐き気を催してきた。寝過ごしたせいでお昼は何も食べていないというのに。


「また次のループでも宏樹は死んだ。腐って倒れた街路樹の枝に刺されて」

「……やめて」

「次のループでもだ。今までなかったはずのシステムのエラーで車が暴走して轢かれた」

「やめて! もう……もう、聞きたくない…………!」


 肺に残った空気を全部押し出すように私は叫んだ。

 だが、朝隈くんに話をやめる気配はなかった。

 

「極めつけは、俺が宏樹と東川さんのホワイトデーのデートを邪魔して、宏樹を家から出ないように仕向けた時だ。家の中なら大丈夫だと思っていたが……地震が起きた。そんなこと、一度もなかったのに。その地震で本棚が倒れ、宏樹は死んだ」


 私は今、夢でも見ているのだろうか?

 まだ、あの非常階段で寝ているというのなら、今すぐにでも起こしてほしい。

 こんな話を聞かされるなんて、私にとっては拷問に等しいのだから。

 この際、ひろくんじゃなくてもいい。誰でもいい。

 だから、どうかこの悪夢を終わらせて……!


「これでわかっただろ? 運命は変えられない。社会を変えるほど過去を改変しても、宏樹は助からないんだ」

「…………結局、何が言いたいの……?」

「宏樹はもう、諦めろ。これだけやって助からなかったんだ。何をやっても無駄でしかない。それより、楽しい思い出をたくさん作った方が良いんじゃないか?」


 ひろくんを、諦める……?

 助からないからといって見殺しにしろというのか?


「……ふざけるな…………」

「えっ……?」

「ふざけるな!」


 先ほどの叫びよりも声が出た。

 感情に任せての声は、肺の限界を超えたようだった。

 思わず咳込んでしまうが、今は私の体の心配をする時間じゃない。

 このふざけた男に一言言ってやる時間だ。


「朝隈くん、あなたは全てを試した気になって、勝手に諦めているだけだよ」

「……何を言い出すかと思ったら。俺は社会を変えたんだぞ? 大きく過去を変えたんだぞ? それでもホワイトデーに宏樹は死んだ!」

「じゃあ、ひろくんの日常を変えたの?」

「さっきの話を聞いていたか? 俺は東川さんとのデートを邪魔したって言ったじゃないか」

「朝隈くんの方こそ私の話を聞いていないの? 私は日常、って言ったよ」


 朝隈くんが黙って考え込む。

 やはりだ。先ほどの話は社会を変えるものばかりで、ひろくんの日常に何か変化が起きていることはなかった。

 死、という大きな運命を変えるには、大きな社会変革じゃないといけないと考えたのだろう。


 だけど、何も大きく社会を変える必要はないのだ。

 蝶の羽ばたきが竜巻を起こすように——小さな変化が大きな変革を生み出す。

 私はこれを身をもって体験した。

 ひろくんを助ける手段は、ここにヒントがあるはずだ。


「もう、話は終わりだね。帰らせてもらうね」

「…………」

「朝隈くん、私は諦めないよ。絶対に運命を変えて見せる。だから……ひろくんが大切な友達なんだったら、諦めるなんて言わないで」


 私は朝隈くんに背を向け、金属扉へ向かって歩く。

 返事はない。私が指摘してからずっと、朝隈くんは黙ったままだ。

 

 でも、それでもいい。私が変えるんだから。私さえ諦めなければ良いだけの話なんだから。

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