第32話 カシアの過去
カシアは目を閉じると、いつもあの日の光景が蘇る。
7歳の誕生日。両親と一緒に歩いた街は、色とりどりの看板と笑い声で溢れていた。
父が「カシア、今日は特別なケーキを食べよう!」と笑い、母が手を握ってくれた。
あの温もりを、カシアは今でも忘れられない。
「パパ、ママ、私ね、大きくなったクロエみたいになるの!」
クロエ、それは人気アニメの主人公で、世界をたった一人で救った女性の英雄だ。
母が小さく笑う。
「ふふ、この子ったら、もう7歳なのに面白い子ね。」
父が微笑む。
「じゃあ、パパがピンチになったら、カシアに助けてもらおうかな。」
カシアが目を輝かせる。
「もちろん! 絶対に助けるよ!」
だが、次の瞬間、叫び声が響いた。群衆が波のように割れ、黒い影が刃物を振り回していた。通り魔だった。
父がカシアを庇い、地面に倒れた。赤い血が石畳を染める。
「パパ!」
カシアの叫びは、逃げ惑う人々のざわめきにかき消された。誰も助けに来なかった。誰も。
父が亡くなり、母は変わった。夜ごと泣き叫び、鏡に向かって意味のない言葉を呟くようになった。
半年後、母は自ら命を絶った。
冷たい床に横たわる母の姿を、カシアはただ見つめるしかなかった。
その後、カシアは祖母に引き取られた。
無表情で感情を失ったカシアだったが、祖母の優しさにより少しずつ笑顔を見せるようになり、徐々に元のカシアに戻っていった。
しかし、祖母との生活は貧しく、その日の食べ物に困ることさえあった。
「おばあちゃん、お腹が空いた。」
その言葉を口にした夜、祖母はカシアのためにパン一つを盗んだ。
警官が祖母を連行する中、カシアは手を震わせて祖母の名を呼び続けた。
「もう誰も傷つけたくない。こんな世界、変えなきゃ。」
カシアは死に物狂いで勉強した。
図書館で本を借り、徹夜で暗記した。貧しさは、彼女を強くした。
元々優秀だったカシアは、驚くべき能力に目覚めた。
テストは常に100点。学者並みの研究論文を書いて周囲を驚かせた。
実力を認められ、10歳で特待生としてアストラル大学に入学した。
世界中でニュースに取り上げられ、注目の的になった。
時が流れ、18歳になった彼女はクラウドファンディングのページを公開した。
「誰も傷つかない世界を技術で作る。」
たった数日で、数百人が支援してくれた。
知らない人たちの「応援してるよ」の言葉が彼女に勇気を与えた。
IT会社を立ち上げ、がむしゃらに働いた。
カシアの理念やカリスマに惹かれ、多くの優秀な社員が集まった。
8年の歳月が流れ、クロノヴェクス・インダストリーズは国家予算をも上回る超巨大企業へと成長した。
カシアは多額の資金を慈善に注いだ。孤児院、難民キャンプ、病気の子どもたち。
SNSで戦争や犯罪について毎日のように投稿した。
でも、世界は変わらなかった。
ニュースは毎日、人の愚かさを報じた。
戦争、殺人、人身売買、詐欺……
力のない正義は、ただの自己満足だと気づいた。
優しさだけでは、何も守れない。
絶対的な力が必要だ。
でも、どうやって?
どこにその原因があるのか?
誰が、この世界を腐らせているのか?
知らなければならない。真実を暴かなければ……何も変えられない。




