私が恐れているもの
アリサの魔法の練習を含めて、荒れ地のモンスターを倒しながらウォンバットへと進んでいる。
その二日目の朝。私は水筒から出した水を使って顔を洗い、歯磨きも済ませてから祈りを捧げる。すると、久しぶりにミナお姉さんの元に着いた。私がいる環境に合わせるのなら、ここは荒れ地になっているはずだけど、普通の草原だった。
「予想からは外れたかな」
「姫奈様が好きではない景色を再現しようとは思いません」
そう言って、私の背後から現れたミナお姉さんが頭を撫でてくる。荒れ地を私が好きではないというよりも鉱山がある環境をという話かな。
「あれって、私のトラウマになってるんでしょうか?」
「分かりません。それは、姫奈様の心の問題ですから。心内を見透かす事は出来ても、その奥底にある深層心理などを理解出来る訳ではありません」
「頭の中で考えているような事は読み取れるけど、私が心から感じている事を正確に把握出来ないみたいなものですか?」
「そういう事です。こういう時は自分の口から出すのが一番です。自身を理解してくれると思った相手には伝えてみるのが良いかもしれませんね。あちらには、沢山のご友人方がいらっしゃいますが、心配を掛けるのが嫌だというのであれば、一度私に吐き出すのは如何でしょうか?
そうすれば、ご友人方に話す際の心理的なハードルが低くなるかもしれません」
確かにこれはミナお姉さんの言う通りかもしれない。まぁ、アリサには軽く話しているし、そこまで心理的なハードルは高くない気がするけど、自分が具体的に何に対して恐怖を抱いているのかという事に関しては、アリサには話せていない。嫌な思い出という話はしてあるけど、それ以上は言えていない。
その具体性が、私の中でのハードルになっているのかもしれない。だから、ここでミナお姉さんに話す事で、自分の中でしっかりと整理を付ける事にする。
「鉱山が怖いというよりも……多分坑道内が怖いんだと思うんです。アリサが捕まっていた遺跡は怖くなかったから、暗くて狭い場所が苦手とかじゃないはずです。
あっ、でも、アリサが捕まっていた牢屋を見た時に、ちょっとだけ似たような感覚になったような……ただドラゴンを初めて見たからって事もあり得るかもしれません。
まぁ、それは置いておいて、私がこんな気持ちになる理由は、多分思い起こすから。でも、それは盗賊に捕まった事というわけじゃないと思います」
「では、何を思い起こすのですか?」
「多分……殺された事……それと死んだ事です」
私がそう言うと、ミナお姉さんは納得したように頷いた。ミナお姉さんも予想外だった事。それは、【不死】の定着。それほどまでに【不死】による復活を果たしたのなら、私は何度も死んでいる。
これはミナお姉さんも知っている事だ。だって、私の身体をずっと監視していた神様だから。地上への干渉が出来ないからただ見ている事しか出来ないけれど、見ているから知る事は出来る。
「ミナお姉さんは、私が死んでいるところを見ていますよね?」
「ある程度は」
「それを教えてくれませんか? 私自身、その記憶が曖昧すぎて……多分、それで怖いという感情が出て来ているんだと思うんです。知る事が、私にとって向き合う事に繋がるはずです」
「……辛い記憶が蘇るかもしれませんよ?」
ミナお姉さんがそう言うくらいには、凄惨な死に方をしているのかもしれない。だから、正直なところ聞く事自体が怖い。でも、私自身の死と向き合う事が坑道や鉱山への恐怖心を払拭するきっかけになると思うから、しっかりと向き合う。
「はい。お願いします」
「分かりました。映像などはありませんので、お言葉だけで伝えさせて頂きます」
さすがに録画している訳では無いらしい。もしかしたら、ミナお姉さんの頭が録画ツールという感じなのかな。私の事を沢山覚えてくれている事を嬉しいと思う反面、色々なところを見られている事が恥ずかしい。
いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない。しっかりと話を聞こう。
「まず、姫奈様が亡くなられたのは、盗賊に捕まった最初の夜です。そこでご両親を殺された事に悲しみ泣いていました。それに苛立ちを覚えた盗賊は姫奈様を蹴り、幼い姫奈様はそこで内臓をやられてしまい、そのまま亡くなられました」
坑道ですらない場所で、私は初めて死んだらしい。内臓をやられてというところから、かなり苦しんだと思うけど、私には覚えがない。そのまま気絶して死んだのかもしれない。
「次に坑道内に連れて行かれ、牢に入れられた後、復活間もない姫奈様は、完全回復しておらず衰弱して亡くなられました」
その時は、私のスキルに【再生】も【生命維持】もなかったのだと思う。だから、そのまま復活して活動するまでに治らなかった。
やっぱり【不死】と【再生】はセットでないと自力復活は難しいのかな。
「その後まともに食事を得られずに、何度も餓死を経験しています。計五十回以上でしょうか。この辺りは睡眠中に亡くなられている事が多いので、大部分は記憶にはないと思われます」
これが私の中で【不死】が定着する程死んだという記憶がない事に納得がいく。八年間という期間で五十回以上という回数は……多いのか少ないのか分からないかな。
「他には、盗賊達に面白半分や苛立ちから頭を殴られる事により亡くなる事も多いです。こちらは百回以上はあるでしょう。お腹を殴られた事により亡くなられた事も何十回もあります。基本的にはこうした撲殺が姫奈様の死因です」
「記憶が曖昧になってるのは……」
「そもそも死は一度きり。記憶など出来るものではありません。姫奈様は、明確に死んだという死の前の記憶を元に自分が死んだという認識をしていらっしゃるのだと思います。八年の間に記憶が曖昧になっている時は、亡くなられているとお考え下さい」
八年の間で記憶が曖昧になっている時。それは、私が死んでいるから。曖昧になっているから、私は死んだという事を認識できていない。認識できていないから、私は自分が死んだと記憶できていない。
「その前の記憶も曖昧な感じなのは……?」
「それは頭部外傷などによるものでしょう。再生は出来ても、記憶喪失などが治るとは限りません」
あの時以前の記憶も曖昧な感じになっているのは、やっぱりこういうところの後遺症という感じなのかな。まぁ、これはいいや。今更気にしても仕方ない。アリサと同じようにいずれ戻るまで待つだけだ。
今は、私が恐怖しているものについて。ミナお姉さんの話から、それについて一つ分かった事がある。
「衰弱……私が怖いのは、ゆっくり自分が死んでいくような感覚を身体が覚えているから?」
「その可能性はあります。衰弱の恐怖。記憶では曖昧なものでも、何度も味わった事で、身体が覚えてしまった可能性はゼロではありません」
「衰弱……うぅ……死の記憶のほとんどが曖昧すぎて何も思い出せない。本当にそれで恐怖しているのかも分からないです……」
「恐怖しているのは、その状況に戻る事かもしれませんね。その時の辛さを知っているからこそ、そこから抜けだし幸せな時間を得た今、その状況に戻りたくないと思うのではないでしょうか」
「あっ、なるほど……」
これには納得する。確かに、私はあの時に比べて幸せな日々を送っている。またあの環境に行って、同じように衰弱しながら死ぬという状況になってしまうのを恐怖しているのかもしれない。
「これで、ご自身の中の整理もある程度は出来たのではないでしょうか。ご友人方にお話しする際の目安にもなったのでは?」
「……はい。結局記憶は変わりませんでしたが、何を恐れているのか分かった気がしますから、どうにか出来るかもしれません」
「それは良かったです」
そう言ってミナお姉さんは私の頭を優しく撫でて抱きしめる。
「地上に干渉出来ない私では、姫奈様がお辛い時にお役に立てませんが、この場にいる時は存分に甘えて下さい」
「……はい」
そこからはミナお姉さんに甘えて過ごしていき、現実に戻って来た。ミナお姉さんに感謝の祈りを捧げて目を開けると、アリサが歯磨きをしているところだった。
「おはよう、アリサ」
「おはよう、ヒナ」
口を漱いだアリサは、私にキスをしてくる。そして、ジッと私の事を見てくる。
「何か良いことあった?」
「ん? 私が恐れているものが分かったかも」
このタイミングなら、アリサにも話す事が出来る。そもそもそのために話を整理して、心の整理もしたのだから。
「本当?」
「多分だよ。私は衰弱や飢えで死ぬような状況になるかもしれない事を恐れているんだと思う」
「……それがヒナにとって一番嫌な事だった?」
「まぁ、そうなんだと思う。後は、私がウォンバットに着いてどうなるかかな。ほら、準備して行くよ。ご飯は歩きながら干し肉ね」
「……うん」
心配そうにしているアリサを安心させるためにキスをしてからテントをインベントリに仕舞って、ウォンバットへの道を歩いていく。恐怖しているものが分かった。だから、私は大丈夫。大丈夫……




