1.もういっか
初投稿になります。拙い文ですがよろしくお願いいたします。
暗闇の世界に雲間から月明かりが差し込んだ。
見渡す限り続いているなだらかな丘。風化し朽ち果てたレンガ造りの廃墟がそこにはあった。天井も壁も崩れ落ち、室内から空を見上げる事ができる。
そんな室内には、落ちた瓦礫を避けるように幼げな少女が横たわっていた。白いワンピースを身にまとい、髪を無造作に広げた少女はすやすやと寝息を立てる。
「……ん……んんっ…」
丘に緩やかな風が走り、撫でる様にワンピースの裾を揺らす。廃墟の中にはとても不釣り合いな人影は、まつげを震わせた後、ゆっくりと瞳を開いた。
頭にこびりついたままの眠気を覚ますように幾度か瞬きを繰り返す。次第に鮮明になる景色に思考が開始し始める。
「……ん?……あれ」
軽く握っていた手のひらを床に押し当てる。体を起こすと銀色を反射する髪がさらさらと流れ、背中を覆い隠した。
「んー?……え?外?」
青く輝く目に困惑の色を乗せゆっくりと廃墟の中を見渡す。風で揺れ動く丘が視界に入る、周囲にはレンガブロックの残骸。
たしか…部屋にいたのになんで? というかそもそも私は……。
体を起こしたまま固まる少女は、薄っすらと発光し廃墟の中を照らしていた。
―――――――――――――
今日も今日とて降り続ける雨に憂鬱な気持ちが収まらない。とはいえ雨のせいだけではないけれど。
私は幽谷 玲。 IT企業で働く、ただの一般事務員だ。
珍しい名字の所為であるためか、昔から幽谷の幽と名前の玲で『ゆうれい』なんてあだ名をつけられていた。
別に顔色が常に悪いという事もなく、むしろ自分では結構いけてる容姿だと思っていたり。
入社して既に2年が経過し、今年で24歳。希望した部署には配属されなかったが、今では仕事になれて来てやりがいも出てきていた。
ふとこちらに向かってくる足音が聞こえ、そちらに顔を向ける。私のデスクの傍で立ち止まる。私の作成した書類データを確認していた先輩だ。
「幽谷さん、ここ、あとここも誤字してるよ」
「え? あっ、すみません。 すぐに修正します……」
またやらかしてしまった。何度も確認をしていたはずなのに、以前はこんな凡ミスはしなかった。もう一月程、ほぼ毎日この調子が続いている。
理由はわかっている。あの日、あの人が行ってしまったからだ。このままでは取り返しのつかないことになると頭では理解できている。でもどうしても前を向くことができてないのだ。
梅雨前線が活発化し記録的短時間大雨が観測された、そんな日の事だった。轟音を響かせながら降り付ける雨で見落としたのだろう。横断歩道を渡るあの人は、突っ込んできた軽乗用車に轢かれあっけなく命を散らした。
私がそのことを知ったのは、彼の母親からの電話だった。泣きながら告げられた後の事はあまり覚えていない。気づけば彼の葬式は終わり、また会社のデスクに座っていた。
本当はもっと時間が欲しかったが、私は働かざるを得なかった。既に両親が他界していたからだ。
父の運転する自動車が赤信号で交差点に進入、青信号で直進してきた車と衝突し車は大破。同乗していた母と父は帰らぬ人となった。
祖父母は私が小さい頃に亡くなっている。一人っ子だった私は一瞬で天涯孤独となったのだ。
そんな絶望の淵にいた私を救ってくれたのは、大学の先輩だった彼だ。寄り添い親身になってくれた、彼と恋人同士になるのは必然であった。そんな彼が両親と同じく交通事故で無くなるとは、いったいなんの皮肉であろうか。
書類データのファイルを開き誤字の修正を始める。心情と結び付いているかの様にキーボードを打つ指が重く感じる。指に力をいれ、素早く修正していく。
修正したデータを保存し、共有フォルダに放り込む。顔を上げ先輩を見上げる。
「修正終わりました。本当にすみませんでした…」
ありがと、と一言つぶやき先輩は来た道を戻っていく。やはり最近のミスの嵐で呆れられているようだ。もはや怒られる事もなくなってしまった。
ああ、またやっちゃった、どうして? なんでこんな簡単な事を間違えてるの。こんなのじゃダメなのに!
ミスを犯した焦りと呆れられているという事実が悲しみを湛えた胸の中でぐちゃぐちゃになり溢れ出してしまいそうだ。
喚き散らしたい気持ちを抑え、ゆっくりと冷めたコーヒーを飲む。
・・・・・・・・・・・・・
時が過ぎ日が落ち始める頃、ようやく任されていた仕事をあらかた終わらせる事が出来た。
ようやく終わった…あー疲れたなぁ、前まではもっと早くできていたのに。出来上がったデータをなんとなしに眺める。
コーヒーブレイクをいれた後はずっとデスクに噛り付いていた。休憩やお昼の時間も削った甲斐があった。その代わり目の奥が痛み頭はふらふらするし体調は最悪だ。
さすがに無理をしすぎたみたい、これは休憩いれないと持たないかな、もう一度全体を確認しておきたいし。コーヒーでも飲もうと思い休憩室に向かう途中、声をかけられた。
「ああ、幽谷さん。ちょっと今時間あるかい? 重要な話があるんだよ~」
声をかけてきたのは、私の上司であった。ニタニタとした笑みを浮かべながら近寄ってきた。
「え、あ、はい。大丈夫です」
正直大丈夫じゃない。
この人はよくこうして声をかけてきては、長時間拘束してくる。お構いなしに下ネタを入れてくるしボディタッチも多い。だが仕事でお世話になっているしここ最近は迷惑をかけまくっている。
なんだか凄く嫌な予感がする、それがなにかと言われても答えられないけど。
「ここじゃあなんだから会議室に行こうか」
そのあとの事はあまり思い出したくもない内容だ。まずあたりさわりもない天気の話から始まり、雨だと髪が広がるだとかくだらない話を続けていた。
重要な話とは何なのか、いつ話始めるのだろうか。
この時間にもう何度見直しができるだろうか、そもそも重要な話などなくて、ただ一方的にしゃべりたいだけなのでは等と思い始めた頃、唐突に始まった。
「あ、そうそう。うちの部署さ、縮小することが決まったんだよ」
「今、世界的に不況でしょ?その影響でね、人を減らしたいんだけどさぁ」
そこで言葉を切った上司は私をじっと見つめてくる。私はなぜここ連れてこられてそんな話をされているのか。
そっか、遠回しに伝えられているんだ、もういらないって。まあそれも当然かも、私が相手の立場ならきっとそうするよね。
もともと大した特技も持ち合わせていないし、優秀な同期もいる。そんな中でミスばかりするようになった私に白羽の矢が立つのは当然の摂理。
ちょうど縮小が決まった時にそんな存在がいた、ただ時期が悪かっただけかもしれないけど。
もういっか――。 何かが折れる音が聞こえた気がした。
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私の人生っていったい何だったんだろうな。大切な人は、みんな手のひらから零れ落ちてしまった。
薄暗い部屋に雨音だけが響く、雨が降っているためか少し肌寒く感じる。
窓の前に立ち、少し上を見上げる。視界に映るのは銀色をした窓に平行に設置された物干し竿だ。少し前に購入した、部屋干し用のものである。
私を止める人はもう誰も存在しない、手の中にある延長コードを物干し竿に括りつけた。これで準備は完了だ、覚悟はもう決めた……。
首を通しゆっくりと体重をかけると、息苦しさと圧迫感に体がこわばる。
ああ、なんでこうなってしまったのかな。涙が溢れだし視界がゆがむ。
中学生の頃、いつも一緒にいたおさげの女の子――親友だった。高校にあがり疎遠になってしまったけど、元気にしてるかな。初めてお泊りした日、二人で出かけた映画館、懐かしい記憶が浮かんでくる。
これが走馬灯っていうものなのかな。急激に視界が黒く染まっていく、もうピクリとも体を動かすことができない。
あの頃に戻りたいよ、あの楽しかった時期に……
一滴が零れ落ち弾けた。




