暗殺依頼・5
「嫌だって言ったら?」
「どこかで、ひどい災難が起こるだけだ」
過去に倣えば、死人が出るような事件かもしれない。
だからといって、ほいほい引き受けられる話でもなかった。
「じいちゃんは、どう思ってるわけ」
「当然、引き受けるべきだと考えている。そのための刀であり、代々継承してきた意義だからな」
「……わかった。引き受ける」
束の間の逡巡の後、壱真は手を伸ばして刀を納めた。
「中学校が始まる前に片付けたいから、春休みの間に決行したいんだけど」
「お前の好きにするといい。旅の手配はどうする?」
「正孝に頼むからいい。資金の提供だけよろしく。それと、父さんと母さん用の言い訳も」
「ん、任せとけ」
壱真が決意してしまえば、話はとんとん進んだが、正孝はまったくもって信じられなかった。
「壱君、玄馬様も、どうかしてると思わないんですか!」
自分は部外者だと遠慮しながらも、一言くらいは訴えないと気が済まないほど、とんでも展開だった。
「そうだな、どうかしている。流星剣は、それほど異質な存在だということだ」
玄馬の仰々しい返答に、正孝は思わず刀と壱真を見比べてしまった。
すると、素直に了承した壱真が、それとは別の決意を秘めていることに勘づいた。
「これで終わりなら、もう戻っていいんだろ」
「ああ、日程を決めたら教えてくれ。手紙は読みやすく書き直したものと一緒に後で渡してやる。それから、二人とも、この件に関して誰にも洩らすなよ」
「買収されたって言うかよ」
壱真は吐き捨てるように言い返すと、足取り荒く客間を出ていった。
正孝は混乱しながらも玄馬に頭を下げて挨拶にすると、慌てて後を追いかけるのだった。
静まり返った廊下を、壱真と正孝は縦列して歩く。
どちらも言いたいことがいっぱいあるのに黙っていた。
部屋に戻ってくると、壱真は乱暴に正孝の腕を掴んで室内に引っ張り込み、ばたんと力任せにドアを閉めた。
しかし、気持ちを爆発させたのは正孝の方が先だった。
「ちょっと、壱君。暗殺って本気じゃないよね!?」
無言の廊下は地獄みたいで、ついさっきのやりとりだって、とてもじゃないけど信じられなかった。
気持ちを溜め込みがちな正孝だけど、早く何かを吐き出さなければ頭がおかしくなりそうで、不安で不安で堪らない。
「んなわけないじゃん」
なのに、壱真はあっさり否定した。
しかも、思っていたより怒っている雰囲気もない。
「僕、嫌だよ。壱君が人を殺すとか」
一応、念押しで確かめてみる。
「俺だってやだよ」
至極まっとうな返事に、正孝は心底ほっとした。
「でも、じゃあ……」
「俺が腹立ってんのは、じいちゃんが訳ありげにもったいぶって、全部を話してくれなかったってとこ」
「どういう意味?」
「あのな。昔、ケンカした勢いで、お前に死ねっつったら、じいちゃん、めっちゃ怒ってヤバかったの覚えてるだろ。そんなじいちゃんが、まー坊巻き込んで人殺しなんてさせるわけないだろ」
「そりゃ、まあ、そうだろうけど」
あんまり簡単に言ってくれるものだから、さっきまでの緊張感はなんだったのかと文句をつけたくなるし、真に受けていた自分が馬鹿みたいで恥ずかしくなる。
「だからさ、こんなくだらない依頼を突っ返せないくらい、非常識だってことだよ。こいつが」
すでに部屋のすみっこに追いやられている日本刀を、壱真はらしくない眼差しで見つめていた。
見慣れない学ラン姿と相まって、一瞬の間に大人になって置いていかれたようで息苦しくなる。
「なんだよ、まー坊。俺が暗殺なんてするわけないだろ。逆に、女の子を助け出すヒーローになろうって思ってんのに」
「まさか、それで引き受けたの?」
「マジもんのヒーローだぞ」
にかっと笑う壱真は、くだらない悪企みをしている程度の気楽さだ。
お調子者の壱真がどれだけ真剣に考えて発言しているかは正孝にも不明で、それはそれで違うベクトルとして心配になる。
「まあ、ぶっちゃけ、俺だって、変なことには関わりたくないんだけどさ」
ため息混じりにつぶやいた壱真は、背中からばたりとベッドに倒れた。
「だったら、無視しちゃえばいいよ。あんな昔話、本当かどうかも怪しいんだし」
記念日でもないのに帰宅した玄馬が語り聞かせたのだから、いい加減でないことくらい正孝も薄々察していた。
だけど、それでも、壱真には気の進まないことなんてしてほしくなかった。
なのに、当の壱真からは電気を消したら星が浮かび上がる天井を見上げながら、「そうなんだけどなぁ」とか、なんとか。
歯切れの悪い反応を寄越されただけだった。
「断るなら、僕だって協力するよ」
枕元に身を乗り出して提案すれば、壱真は横になったままで笑った。
「正孝が味方になってくれるんなら、じいちゃんを敵に回すくらい楽勝だな」
「じゃあ!」
「でも、そいつは、ちっとも許してくれる気配がしないんだよな」
壱真は変わらず天井をぼんやり見ているままだったけど、正孝には、そいつが何かわかった。
「ねえ、壱君。それって、やっぱり妖刀なの?」
「まともな刀じゃないのは知ってるだろ。つまんない痣があるってだけで、赤ん坊だった俺を持ち主に決めちゃうんだからな」
よいせと、けだるそうに起き上がった壱真は片膝を立てた。
「見ためは普通の日本刀なのに」
「騙されてるぞ、まー坊。そいつ、すっごいたまにだけど、暴れたそうに疼くんだからな」
「え?」
「マジもマジな話。なんつーか、走りたくて堪んないのに待てをされて我慢してる犬っぽいみたいな、こう、いかにもソワソワしてるって感じでさ。そういう時に抜いてみると、刃が光ってるんだよ。な、ホラーだろ」
「ねえ、壱君。僕、それ、初耳なんだけど」
不思議現象には驚いていたけど、そんなことより、これだけ一緒にいるのに、今まで隠されていたことの方がショックだった。
「しょうがないだろ。言ったって、普通に信じてもらえる話でもないし、どうしたら伝わるかも中々思いつかなかったんだから」
壱真の言い分は、いつかは打ち明けようと考えていたとの告白であり、どう話そうか悩んでいたと言い訳してくれているのだった。
さっきのだって、犬派の正孝のための表現だったのかもしれなくて、それを思えば黙っていたことくらい許してしまいたくなるし、何事もすぐ顔に出てしまう壱真が巧妙に隠し通していたのだから、孤独に抱えていたとわかる分だけ水臭いと怒る気は萎えた。
「それにさ、なんとなくだけど、呼ばれてる気がするんだ」
壱真が宙を眺めてつぶやいた。
「依頼者に?」
「じゃなくて。誰かにいなくなることを願われてる女の子に」
まるで、まだ見ぬ女の子を想いやるような壱真に、なんとなく正孝は面白くないものを感じた。
それが不幸を望まれている女の子に同情したからか、会ったこともない女の子に心惹かれている壱真への苛立ちなのか……それとも、誰にも理解できない感覚を持っている壱真が特別みたいで、蚊帳の外にいる自分が悔しいせいかは判断つかないけれど。
正孝自身にも説明できないモヤモヤした胸の内は、とりあえず現実的な行動にすり替えることにした。
「僕、傾城について調べてみるよ」
「交通手段とかもな。どうせだから、新幹線の特等席で行こうぜ」
正孝がテレビで観る度に乗ってみたいと見入っていたのを覚えてくれていたらしい。
旅行気分で浮かれている場合でもないのだけど、気にかけてくれるのは素直に嬉しかった。
「じゃあ、色々調べてみるから、夜に作戦会議しよう」
「おお、作戦会議!」
いいな、いいなと、事の重大さに反して盛り上がっている壱真を前にして、正孝は盛り上げてしまった自分を省みながら考えてしまう。誰だか知らないけど、依頼者も、まさか流星剣の持ち主がこんなお調子者の男の子だとは想像すらしていなかったに違いない。
しかも、ターゲットを傷つけるどころか救い出すつもりでいるとバレた日には、狙われる側に回らないとも限らないのだ。
のんきな当人に代わってあれこれ心配してしまう正孝は、大きな冒険を前に浮き足だっている壱真に身の毛もよだつ冷水をさすことにした。
「壱君。制服、すんごいしわになってる」
「げげっ!」
壱真は暗殺依頼を聞かされた時よりよほど狼狽え、青ざめた。
「なあ、まー坊。悪いんだけど、一緒に謝ってくんない?」
「やだよ。だって、僕、まだ小学生だもん」
「なんだよ、卑怯者!」
とかなんとか、超理不尽に責めてくる壱真を無視して、持ち主よりも流暢に操れるパソコンを起動する正孝だった。




