災いの行方・4
静まり返った手術室前、チンと間の抜けたベルが唐突に響いた。
音源を探せば、エレベーターから聖夜がひょっこり出てくるところだった。
「尋ね人が見つかったと聞いてね」
少年達に気安く話しかけると、由貴には、ひやりと見下ろした視線を投げかけた。
「初めまして、ゆきんこ君。あれからも、座敷わらしについて調べていたのだろう」
それだけで、両腕を袖の中で組んで立つ男が、昔ブログに牽制してきた相手なのだと由貴は直感した。
「確かに資料収集は続けてますが、それらの真偽すら検証しきれていない、お遊びの研究です」
「そんなことは百も承知だ。参考になるかは、こちらで判断する」
由貴は思わず身震いした。
明るい髪色の軟派風情な聖夜だが、世界にも名が知れているお江戸の総帥を務めている人物だ。
思考回路のどこかに恐ろしく冷徹なスイッチがあるかのようだった。
「緊急事態だ。君が善良な市民なら、協力してくれるだろう?」
もはや脅しでしかなかったが、由貴には拒む理由もなかった。
「では、あくまで個人的な意見として聞いてください」
そんな前置きをして、長年温めてきた推測を披露する。
「僕が知る限り、傾城の能力を持った女の子の記録は明姫を含めて五人。いずれも、幼い頃は幸運を招く象徴とされ、成長する過程で大きな災厄に巻き込まれています。ご存知のように、引き金は流血です」
「わかりきっていることは省いていい」
聖夜の低く静かな忠告に、由貴は首筋に刃物を向けられている心地だった。
「結論から言えば、僕は彼女達の座敷わらしを思わせる能力が、人の脳に影響を与えるものだと推論しました」
「脳?」
「はい。いわゆる、第六感というものです。人の脳は未だに多くを研究しきれていない分野であり、全ての回路を使いきれていないというのが通説です。その、通常では活用しきれない部分を刺激して活性化させる電子信号みたいなものを発するのが、傾城とまで呼ばれる特殊な能力なのだと考えています」
冷酷な瞳をやや改めた聖夜は、続けるよう促した。
「第六感の活性により普通は無意識下にある些細な情報を頼りに、より益の出る選択ができる。これが幸運の正体になります」
「では、災厄については?」
「おそらく、出血することにより発する信号が乱れるのだと思います。これによって、影響を受けた者の脳の働きに障害が起きる。それが災厄の原因であり、近くで強く影響を受けた者ほど反動が大きくなる点にも説明がつきます」
これが由貴の出した答えだった。
自己満足のための、誰にも聞かせる予定がなかった考察。
なのに、誰かの役に立つかと思えば、怖いような興奮するような、これまでにない奇妙な感情がわき上がってくる。
「なるほど」
聖夜は過去にやらかした、株価操作の信じられない凡ミスによる経済の混乱を思い出し、由貴を見直した。
「私は戻って、あかりと関係のある者を指示系統から外すとしよう」
そう言ってくれたので、由貴はほっとした。
けれど、すぐにも踵を返してしまいそうな将軍を引き止めた。
「まだ何か?」
「一つ、気になっていることがあるんです」
言って、長い髪を括りまとめている少年、佐之助に向き合った。
「君、前に意識をなくした時、明姫が出血してから、どのくらい時差があった?」
「……たぶん、すぐです」
なのに、今回は、未だ佐之助に異変は見られない。
「あかりの能力、もうなくなったんじゃないのか」
「だったらいいけど……」
壱真の楽観的観測に、由貴はいい顔をしなかった。
壱真は、それには反応しないで、別の質問をする。
「なあ、結城さん。影響を受けるのは一緒にいた時間が長い順?」
「記録ではね。でも、僕は彼女達の感情も一つの要素じゃないかって考えてる。昔、似た力を持った女の子が、出稼ぎにやってきた青年と恋に落ちた。それは数週間の関係にすぎなかったのだけど、青年は強く影響を受けた。いい方も、悪い方もね」
但し、又聞きの話をまとめた出所不明の雑記帳が由来なので、五人の内には入れていないと由貴は断りを入れた。
だけど、壱真には逆に確信のある言に聞こえた。
「殿」
次に声を上げたのは佐之助だった。
「壱真と正孝の、帰りの手配をさせてください」
「はあ!? こんな時に、何言ってんだよ」
壱真の抗議に、だからだ、と佐之助は言い返した。
「今なら何も起きてない。二人には、被害が出る前に帰ってほしい」
「ばか言うな! こんな状況で帰れるわけないだろ」
「正孝のことを考えろ」
壱真の目元がぴくりと反応した。
だけど、壱真は続けて拒絶した。
「だったら、もっと駄目だ」
咎める眼差しの佐之助に、壱真はきっぱりと言い返す。
「あかりが目を覚ましたら、きちんと謝らせる。じゃないと、あいつは、これからまともに生きられなくなる」
その通りだと、端で聞いていた正孝こそが納得した。
もちろん、ごめんなさいの一言で、何もかも許されるとは考えていない。
それでも、これからすべき道筋が見えると、ようやく体の震えが止まった。
思ってもみなかった言い分を聞かされた佐之助は、自分が至らないのはこういうところか実感していた。
最初から最後まで徹底して敵う相手ではなかったのだ。
これからでも、少しは、ましになる努力ができるだろうか。
佐之助は、遥か先を見透かすように窓から外に目を向けて、そこで信じられない光景に釘づけになった。
「あの、ゆきんこさん」
「ん、なんだい?」
「ゆきんこさんは、傾城の能力が人の脳に作用するものだと言ってましたよね」
「そうだよ」
「じゃあ、どうして富士山が噴火するんですか」
「……へ?」
由貴と同じく、全員がきょとんとした。
それから、すぐに佐之助が見ているものを共有してぞっとする。
青と白のコントラストが美しい山が煙っていた。
誰もが事態を飲み込みきれずに唖然としていると、聖夜が持ち歩いているタブレットに富士山の噴火レベルが上がったとの一報が入る。
「おい、結城さん! どういうことだよ」
思ってもみなかった展開に、頭二つ分くらい低い壱真が勢いよく突っかかった。
「こんなの、僕にだってわかるわけない。でも、だからって、あの推論が大きく外れているはずもないんだ」
「じゃあ、脳にどんな影響が起きたら富士山があんなことになるんだよ!」
「それは……念能力、とか」
「はあ!?」
「だから、超能力で念じるだけで物を動かしたり、曲げたりする人がいるだろう」
「ふざけんな。だったら、一番影響を受けてる佐之助が念力で富士山を爆発させるって言う気かよ」
「ですよねぇ。さすがにそれは……」
自分でも否定しかけた由貴だけど、「いや、待てよ」と考え直して閃いた。
「ここは日本随一の観光地だ。おそらく、明姫の影響を受けた人は、これまでに前例がないくらい多いはず。そして、脳を刺激する電波は全て繋がっている。互いに影響もし合う。その誰もに共通していたのが、お江戸にいれば嫌でも目に入る富士山で、想定する最悪の事態として噴火が誘発された」
そうだ、それしかない! と、由貴は今世紀最大の発見だと興奮して思いついたばかりの自説を語った。
が、正直、聞かされた側は呆気に取られていた。
もし、それが本当なら――
「防ぐ方法は!?」
壱真の問いかけで、由貴は我に返った。
そんなもの、あるわけがない。
だけど、身も蓋もない事実を答えるには、生命力に溢れた真っ直ぐな壱真の眼差しはまぶしすぎた。
いや、本当は一つだけある。
流星剣の持ち主である少年が傾城の命を絶てばいい。
それで全てに片がつく。
しかし、壱真の瞳は、そんな答えを望んではいなかった。
「……」
何も言えない由貴に、壱真は突き放すように当てにするのはやめた。
「わかった。だったら、俺がどうにかしてくる」
「ええ!? 無茶だよ!」
慌てる由貴を無視して、壱真は佐之助に頼んだ。
「帰りの手配はしなくていいから、富士山に行く手配をしてくれないか」
「行って、どうするつもりなんだ」
「まだわかんない。でも、行けばわかる気がする」
熱意だけの壱真に、由貴はどれほど無謀かを訴える。
「いやいや、ありえないでしょ。富士山は夏季営業だから、今は登山は禁止だよ。って、違うか。そうじゃなくて、登山できる期間だろうと、あんな状態の山に入るなんて自殺行為もいいとこだ」
「じゃあ、どうすんだよ!!」
由貴のなんの解決にもならないまともな意見に、壱真はイラっとした。
「あかりは手術中で、意識があったって力を好きに使えるわけじゃない。将軍だって人災ならともかく、富士山なんて手に負えないだろうし、誰より詳しい結城さんだって対策の一つも持ってない。だったら、俺がやるしかないだろう」
子どもの短絡な思い込みに呆れて当然だったのに、本気で語っている壱真に、由貴はすっかり気圧されてしまった。
聞いていた聖夜や佐之助も同様に、何かを期待してしまいたくなっていた。
ただ一人、相方の正孝だけが壱真の裾を掴んで引き止める。
「大丈夫、任せとけって。今度は置いて行ったりしないから。お前の気持ちも、ちゃんと一緒に連れていく。だから、待っててくれるだろ」
そこには、正孝がずっとついてきた、誰よりも信頼に値する壱真がいた。
だったらもう、正孝にできるのは頷くくらいだった。
なんでか、無性に泣きたくなった。
「富士山までの足なら、私が用意しよう」
ここで聖夜が親切に申し出てくれた。
「ただ、物理的に登山は難しい。登山道はまだ雪で覆われているだろうし、春口は雪崩の心配もある。元より、開山期間でさえ一泊して体を慣らす必要のある標高だ」
冷静になった聖夜は、子どもを頼みにするだけの大人ではなかった。
「うん。別に、てっぺんまで行く必要はないから大丈夫だと思う」
大人の心配をよそに、壱真は富士山を眺めながら返した。
「あの真ん中ら辺の、なんか煙っぽいのがたまってるとこ。そこに行けば、なんとかなると思う」
壱真が示した五合目程度なら車で入れるところだ。
「何か確信があるのかい?」
言葉を探して考え込む姿が、聖夜には、あかりが時々見せる近づき難い雰囲気と重なった。
「確信はないけど、アイツがそう言ってる気がするんだ」
壱真は手術中の扉の前に立って手を伸ばした。
「流星剣が?」
正孝の恐れを含んだ問いかけに、壱真は静かに肯定した。




