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災いの行方・1

「?!」


壱真は驚いて目を覚ました。

飛び起きてみれば、どうして驚いたのかがわからない。

すぐそこで、目を丸くした佐之助がこちらを見ていた。


「大丈夫か?」


「えっと……なんか、夢見が悪かったのかも」


ははっと笑って誤魔化してみたけど、壱真の心臓はバクバクと激しく脈を打っている。

静まるよう胸を押さえてみても、ますます騒ぎ立てるばかりで、妙な焦りが募るだけだ。

それとも、焦る何かが起きたから、こんな状態になってるのだろうか。

そんなことを考え、何気に視界に入った荷物の塊を見て壱真は総毛立った。


「正孝はどこだ!?」


上掛けをはね除けて立ち上がった壱真に、佐之助はついていけなかった。

寝起きに同行者がいなくて心細いとか、そういう微笑ましい雰囲気でないのは確かだ。


「ちょっと前に、厠の場所を聞かれたけど」


「あかりは?」


その緊迫感に、佐之助は心臓がきゅっと縮んだ心地になった。


「部屋にいるはずだけど……」


最後まで聞かずに、壱真は青ざめた様子で足早に飛び出していく。

わけもわからぬ壱真の焦りに感化された佐之助も慌てて追いかけた。


壱真は迷わず地下に進み、ためらいなく隠し通路へと続く扉を開けた。

続いて佐之助も中に入れば、なぜか異臭が嗅ぎとれた。


壱真の目に一番に飛び込んできたのは鮮やかな赤い着物だった。

それは灰色のそっけない床に色彩を加味し、豊かな黒髪が川の如くさらさらと広がっている。

背後にいた佐之助では床面にまで注目が届かず、壱真の肩越しに呆然と立ち尽くす案山子みたいな人物が見えるだけだった。


「正孝君?」


呼びかけたのは、全体が見えていない佐之助だ。


「あ、僕……」


見る間に激しく震え始めた正孝の異常さに、どうしたのかと佐之助は一歩踏み出した。

すると、壱真や正孝の視線の先に見覚えのある着物を身につけたモノが転がっていた。


意味がわからなかった。

のろのろと壱真を押しのけ、よく知っているはずのソレに近づいてみる。

傍らに立ち、ゆっくり膝を折ってかがみ込むと、小さく、静かに、ささやきかけた。


「あかり様?」


佐之助が呼ぶと、たいてい不機嫌ならがも必ず何かしらは応えてくれるのに、今は何も聞こえてこなかった。


「どうして、こんなところに転がっているのですか」


力なく放り出された半端に丸まっている指先に触れると、本来より青白く見えて動悸が増す。


「起きてください。そろそろ仕出しが届きますよ」


触れた指先を摘まんで揺すってみても、連動して手首が弱く揺れるだけで、あのまばゆいばかりの生気がごっそり抜け落ちていた。

しかし、それも当然だとわかっていた。

佐之助はとっくに状況を判断できていた。

ただ、あまりにも不快な有り様だったので、素直に受け入れるわけにはいかないだけだった。

横向きに倒れているあかりの腹部には日本刀の柄が、背中には切っ先がはみ出している。

さほど出血がなく、見ためには凄惨な現場でないものの、室内にはじわりと鉄臭さが広がっていた。


「佐之助、救急車だ! 病院に運ばないと!!」


壱真は、叫んでから違うと気がついた。

ここはお江戸だ。

救急車なんてものはないのだ。


「とにかく医者だ。それくらいは、この時代にもいるんだろ」


壱真が肩を強く揺さぶると、佐之助はふらりと立ち上がった。

それから、表情のないまま、唐突に手のひらで壁を叩いた。


一瞬、正気を失ったのではと不安になった壱真だけど、すぐに適切な行動なのだと判明する。

佐之助の前に、デジタルな光が表示されたからだ。

指紋認証で起動して、どこかと連絡が取れる仕組みになっていた。

淡々と状況を伝えた佐之助は、通話を終えると駿府城に繋がる通路を開いた。


「城に運ぶ」


端的に言った佐之助が頭の側に回ったので、壱真は足元に寄って持ち上げた。

突き抜けている刀に気を使ったせいもあるだろうけど、華奢に見えたあかりはひどく重くて、よろける体を踏ん張って必死にこらえた。

ずっしり重みがあるのは当たり前だ。

羽根のように軽いわけがない。

これは、人一人の命の重さなのだから。


「正孝、お前も手伝え!」


とっさに叫んだのは、単純に二人だけでは心許なかったから。

使えるものは誰だろうと使う、壱真は優先事項を間違えたりしない。

それでも、この異様さに紛れて正孝を置いていってしまえば、二度と取り戻せない予感がよぎったのも事実だった。

それを証明するように、正孝は目の焦点が合っていない。


「いいから、ついて来い! 絶対に助けるぞ!」


大きくて力強い壱真の言葉は、何よりも自分に言い聞かせるためだったのかもしれない。

これ以降、壱真ができたことで誰かの助けになることなど何もなかったのだから。

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