仲違い・4
* * *
「ねえ、壱君。あかりちゃんと何話したの?」
お江戸初日の夜。
佐之助の道案内で宿に落ち着いた壱真と正孝は、すぐに温泉で汗を流し、部屋に戻れば至れり尽くせりで美味しい食事にありついた。
壱真がはしゃいでみせるから正孝も同じだけ楽しい旅行を装っていたものの、仲居さんが片づけをしていなくなったのをきっかけに、おもいきって聞いてみた。
「まー坊は佐之助に話したのか」
答えもしないで聞き返されたので、はぐらかされた気がしないでもなかったけど、まるっきり話題を変えられたわけではなかったから先に答えることにした。
「佐之助さんは、あかりちゃんは行けないだろうって言ってた。理由は教えてもらえなかったけど」
「そっか。俺の方も、佐之助の予想通りに断られた。理由は、お江戸を離れたくないからだってさ」
壱真が報告してくれたのはそれだけで、後は疲れたとつぶやいて布団に入ってしまった。
正孝としては、全然話したりないのだけど、なんだか本当に具合いが悪そうで強く出られそうにない。
「ね、壱君、大丈夫?」
「別に、俺は大丈夫だよ。……なあ、まー坊。これ以上、俺らにできることもなさそうだから、明日にでも帰るか」
「え?」
正孝はびっくりした。
確かに、命を狙われていると忠告しても当のお姫様に逃げるつもりがなくて、だからといって暗殺依頼を遂行するつもりのない壱真では動きようがなくなった。
それでも、壱真から諦めの言葉が出るなんて信じられなかった。
いつもだったら、あかりの気持ちを変えるために熱く説教するなり、何かしらの決着がつくまでは嫌がられても関わり続けるお節介焼きなのに。
少なくとも、もともと予定していた春休みの終わりまでの滞在期間を切り上げるなんておかしかった。
「冗談だよ、冗談。帰るにしても明日はないよな。せっかくお江戸まで来たんだから、もっと遊んでからじゃないと損だもんな。とにかく、今日は疲れたから寝るわ。おやすみー」
「うん、おやすみぃ」
頭まですっぽり布団に潜り込んだ壱真を隣に、正孝は妙な胸騒ぎがしてたまらなかった。
くだらないイタズラや楽しい企みだけでなく、辛いことや悲しいこと、怪我や病気の痛みまで分け合ってきた仲なのに、今の壱真とは繋がっていた何かがぷっつり途切れてしまったみたいでザワザワする。
「そんなわけないよね」
嫌な予感を自分で否定した正孝は、壱真との絆に縋るみたいに、そっくり真似て布団に潜って眠った。
翌日。
壱真も正孝も早起きだった。
なのに、朝食後もだらだらと部屋にこもっていた。
昨日の不安を引きずっていた正孝は無口な壱真に怖じ気づいてしまい、足先をもじもじさせるしかできないでいる。
テレビの音が聞かれないお江戸の静寂に、無為な時間が流れていくばかりだ。
これじゃあ、よくない! と、かける言葉を探してはまとまりきらないのを正孝が繰り返していたら、部屋付きの仲居に客が訪ねてきていると伝えられた。
とりあえず通してもらうよう壱真が頼むと、やってきたのは、あかりと佐之助だった。
「どうして、ここに?」
壱真に緊張している硬さを見つけた正孝は、妙にどきっとした。
「一日だけ、私に付き合ってくれないかしら」
あかりの申し出に、壱真は全身を強張らせる。
「お願い、今日だけでいいの。難しいことはなんにも考えないで、みんなで楽しく過ごしたいの。そうしたら、私もきちんと前を向ける気がするから」
あかりは頭を深く下げてお願いをした。
その切実な態度を前にして、壱真は、にかっと笑って引き受けた。
だから、正孝の胸騒ぎは思い過ごしで、救出作戦が上手くいかなかったから落ち込んでいただけなんだと納得した。
何より、そうだと信じたかったから。
宿を出た四人は、これといった目的地を決めずに散策することにした。
みんなで楽しみたいと力んでいたあかりは、定番の賑わいから離れた路地裏や生活感溢れる井戸端を案内してくれる。
昨日の忍者屋敷みたいに、はしゃぐ気分じゃなかった壱真と正孝にはかえって面白がっていられた。
洗濯をしながら話し込んでいるおばちゃんや元気の有り余ってる子ども達とすれ違い、春らしい陽気に誘われて、草花の息吹きを吸い込みながら足の裏で土の温かさを実感する。
気が向いたら商店を覗いては冷やかして回り、お腹が空いたら団子やら饅頭なんかを買い食いして満たした。
すごく大人びた贅沢な観光だ。
なのに、正孝の心に巣くう黒い予感は否応なしに膨らんでいくばかりだった。
「あ、可愛い。これ、まー君に似合いそう」
「こっちのは、あかりに似合いそうだぞ」
洒落た土産物として人気の根付けを眺めるあかりの誘う声に正孝が反応できる前に、壱真が横から別の注意をさりげなく引いて離していった。
こういう場面が、さっきから度々起きている。
壱真が意識してやっているのは、すぐにわかった。
佐之助はあかりについているので、こうなると正孝一人がぽつんとしてしまう。
いつもなら、壱真こそが真っ先に正孝を誘って盛り上がるところなのに。
拗ねた気持ちで恨めしく思えば、尚更、寂しさが募ってしょうがない。
それでも、少なくとも表面上は元気で明るい壱真でいるから、まだ正孝も気づかない振りをするしかなかった。




