仲違い・1
「あ、傾城だ」
城を独断で抜け出した挙げ句に知り合ったばかりの客人をもてなしたいと言い出したあかりと、様々な意味で出し抜かれて怒り心頭で猛反対する佐之助とでは当然のごとく折り合いがつかず、バチバチと無言の牽制をし合っていた。
そんな脇から、ぎょっとする発言が耳に飛び込んできたものだから、思わず揃って壱真を振り向いてしまった。
「え、じゃあ、あかりが本物なのか」
あまりに唐突な真実の指摘に、あかりも、佐之助ですらも表情を誤魔化しきれるものではなかった。
正孝は正孝で、とんでもないことを立て続けに口にした壱真にびっくりしたものの、その大きな一人言にあかりと佐之助が動揺していたことで、更に仰天するはめになった。
そんな意表をつかれまくった三人が次の行動を取れないでいる間、壱真は、だからあかりを放っておけないのかと納得し、だから自分の勘は外れていなかったのだと妙な自信を取り戻していた。
後は、命を狙われていることを説明して、一緒に逃げ出す算段をつけるだけだと明るく前向きに考えていたのだけれど、事はそう単純なわけがなかった。
それぞれが異なる思考にふける中、いずれ壱真に正体を明かすつもりでいたあかりだけが、これからどうするべきかを提案できた。
「こうなったら二人とも城に招待するわ。佐之助も、それでいいわね」
今度は佐之助も頷かざるを得なかった。
すたすた先導するあかりに従って進む壱真と正孝は、しばらく歩いた先に、こぢんまりとした民家に連れられて顔を見合わせた。
城に案内してくれるのじゃなかったのかと戸惑っていると、一言もなしに入って行くので続くしかなかった。
ずんずんと奥まで進み、突き当たりの部屋の畳を返して忍者屋敷を思わせる階段を下りて行くと、ほどなく顔認証で解錠できる扉に行きついた。
最新システムは数秒もかからないであかりを認識したようだけど、超アナログなお江戸の仕様に慣れ始めていた初心者観光客をどぎまぎさせるには充分だった。
しかも、勝手知ったるあかりと佐之助に気詰まりな沈黙が漂う雰囲気では、解説を求めたくても迂闊に声なんてかけられる気がしなかった。
ひたすら進み、更なる金属製の厳重なドアを抜ければ伝統的な和の佇まいが現れたので、壱真と正孝はやけにほっとしたものだ。
「初めてなのに悪いけど、こっちの部屋でいいかしら。ここなら防音設備が整っているから」
問いかけの裏を返せば、防音室でしか話せない秘密を聞くことになるわけで、正孝は、いよいよ正念場だと覚悟を決めていた。
なのに、通された部屋を見回して呆気に取られてしまった。
そこは、個人所有にしては広すぎるオーディオルームだったから。
入るなり正面に巨大なスクリーンが下がっていて、左右や後方には立派なスピーカーがどどんと設置されている。
室内は純和風のしつらえなのに揃えられた機材は最新鋭っぽく、お江戸においては違和感しかなかった。
そんな、おっかなびっくりの客人とは対照的に、従者として普段から出入りしている佐之助は言われるまでもなく席とお茶の用意に動いていて、主人格のあかりもそれを当然として手伝うことなく眺めているので、四人の間には依然として発言しにくい空気が流れたままだった。
ここに来て、多少の冷静さを取り戻した正孝は、壱真におもいっきり脇腹アタックをかましたい気分だった。
正孝だって、お江戸の住民なのに長い髪をまとめていないことは気になっていたし、あかりという名前を隠していたのも怪しく思えた。
言われてみれば、佐之助と呼ばれた人の面立ちは観光局のパネルで見てきた明姫に似ていなくもないと同意もできる。
だけど、ずばり言い当てたのは壱真の直感でしかなく、だったら普通はこっそり同行者に耳打ちでもして様子をみるのが本当で、まかり間違っても、うっかりぽろりとつぶやくなんてありえなかった。
しかし、それが「壱真だから」の一言で片づいてしまうのだから得な性格で、一緒に付き合う正孝ばかり気苦労が絶えない。
対して、爆弾発言を投下した自覚すらない壱真は、物珍しげに部屋の中を見て回っていた。
スピーカーの合間の棚に笑顔弾けるアイドルグループの初回特典付きディスクばかりが並んでいるのを謎に思い眺めながら、早々に目標と出会えたばかりか、そのお姫様が好感の持てる女の子だったことを幸先よしと決め込んでいるのだった。
一方、もてなす側の佐之助は、てきぱきと話し合いの場を整えながらも内心は大荒れに荒れていた。
もらい物で一つきりのお菓子でも半分にして分け合おうとしてくれるあかりなのに、自分に黙って外に出かけたばかりか、常日頃から食えないかぼちゃだの邪魔くさい石ころだのと称して疎んじていた男と親しげに交流していたのだから、とてもじゃないけど信じられなかった。
あかりの言を真に受けて、年頃なのに困ったものだと案じていた自分が阿呆みたいで情けない。
そんなことをイライラと考えながらも、表面的には日頃の習性で着々と用意を進めてしまうのだった。
全てを整えた佐之助はつっけんどんな態度で客人を席に案内し、次いであかりにも席を勧めた。
それから、先ほど買ってきたうさぎ饅頭の白を壱真に、桜色のを正孝に配ると、残りの白と桜をあかりの前に揃えて並べる。
仕上げに緑茶を最後の一滴まで四等分して注ぎきると、ようやく自分も席に着いた。
さて、こんなにまで毛色の違う男子をまとめて翻弄しているあかりはといえば、三者三様の注目をものともせず、まずは愛らしく見つめてくる白と桜色のうさぎの饅頭をためらいなく真っ二つにして佐之助に押しつけてやった。
「まー坊、俺達も分けるか?」
気楽な調子で聞いてきた壱真に、正孝はすでに言っても仕方ない文句を諦める代わりに、桜色の風味豊かなうさぎを一口でぱくっと納めてみせた。
壱真は例によって正孝の不機嫌を感知していたが、順調に進行しているのに何が気に入らないのかわからなかった。
よって、同じく白い饅頭を放り込んでまぐまぐ食すと、旨いと素直な感想を述べるに留まった。
イラつきがピークまで達していた佐之助は、この見事なまでに緊張感のないやり取りを見せられている内に、微妙に気分が削がれてしまった。
それに、こんな時でも半分にしてくれるあかりを隣にすれば、先の行動が衝撃だっただけに、多少はほだされるというものだ。
饅頭を頬張っているあかりを横目に、とりあえず佐之助もしっぽのあるうさぎのお尻だった饅頭に手を伸ばした。
「ねえ、壱真。あなたが言った通り、本当は私が傾城なの」
甘味を口に含んで気が緩んでいた瞬間に前置きなくあかりから投げかけられた告白に、佐之助はあんぐりと開きっぱなしになった口からあんこをこぼした。
その隙に、傾城として世間に広まっている姿は女装した佐之助なのだとまで暴露されてしまった。
「あかり様、正気ですか!?」
それは、あかりと佐之助に加えて、徳川親子を含めた数人しか知らない大切な秘密だった。
確かに、壱真と名乗った奴にはどうしてか言い当てられてしまったものの、証拠があるわけでもないのだから、落ち着きを取り戻した今なら、いくらでも誤魔化すことができる。
なのに、当人自ら、すっかりばらしてしまうなんてとんでもなかった。
佐之助は怒りのあまりに立ち上がり、憤りがすぎて軋むほど食いしばってしまっては何も言葉にすることができなかった。
「あら、佐之助。もしかして、怒っているの? おかしいわよね。そもそも、正体がばれたのはお前のせいじゃない。その真っ白で整った自慢の顔面をこれみよがしに晒していたから、こうなったのでしょう。何が、堂々としていれば案外気に留めないものですよ、よ。嘘ばっかり」
「あかり様。まさか、全責任を私に押しつけるつもりじゃないでしょうね。笑って否定すれば、誰も真実だなんて思いませんよ。なのに、こんな馬鹿みたいにあっさり認めたりして、どうかしています!」
勢いづいた佐之助は、むき出しの感情をそのまま客人にも向けた。
「そういうわけで、今のはつまらない戯れですから一切本気になさらないでください。ご覧の通り、あかり様は少々おつむが残念な方ですので、耳を貸すと馬鹿を見るというものですよ」
「ちょっと、佐之助! 誤魔化すにしても、それはあんまりじゃないの」
ばんっとテーブルに手をついたあかりも立ち上がれば、ほとんど同じ背丈で並んだ。
「どこがです。むしろ、まっとうな誠実ではありませんか」
佐之助は怯むどころか開き直って胸を張るので、今にも取っ組み合いが始まりそうな険悪ムードとなり、お客様な壱真と正孝は面食らって見上げているしかなかった。
「壱君、どうするの」
「どうするって言われてもなぁ」
学年のリーダー格として様々な場面を取り仕切ってきた壱真としては、これは止める必要のない喧嘩だと見極められた。
「だって、どう考えても佐之助の言い訳はありえないだろ。まあ、それだけ雲母……じゃなかった、あかりだっけ? の、正体を隠しておきたいからなんだろうけど」
なんの力みもないもっともな意見に、あかりと佐之助は思わず睨み合いをやめた。




