表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/32

接触・1

経済特区・お江戸の中心を担う駿府城。

中でも、とりわけ厳重に隔離された五重塔の一室に、広く青々とした畳の上で何誌ものスポーツ新聞を広げては見比べている、襷掛けをした少年がいた。


「へえ。今回はどこも捻ってきたな。本命は不動すぎてつまらないけど、穴場には、結構面白い名前が挙がってる。ほら、見てくださいよ、あかり様」


そう呼びかけて顔を上げた、三日月の目で笑う従者の米倉 佐之助に対し、雲母 あかりはひどく冷淡な視線を返してやった。

そして、そんな予想通りの反応に、佐之助は更に目を細めて喜ぶいい性格をしていた。


「佐之助。そんなくだらない記事を読むために取り寄せたんじゃないのよ。私が見たいのは、推しの最新情報。最近、グループの卒業が続いて追いかけるのが大変なんだから」


「へえ、ご苦労様なことですね。あ、来月にイケメングループがデビューするみたいですよ」


「それも、私には不要な情報よ。野郎なんて誰が何人群れようとむさいだけ。むさ苦しい南瓜なのよ、あいつらは。それも、灯籠にさえ使いようのない、喰えないボッコボコのやつ。だから、可愛い女の子の情報だけ寄越しなさい」


「はいはい」


「返事は一回」


あかりは渡してきた新聞を乱雑に受けとると、ふんと鼻息荒い不機嫌さで、上等な打ち掛けの裾を広げて記事を読み耽る。


「ねえ、あかり様」


「何よ、佐之助」


「それなら、俺も、そこらで群れている役立たずな南瓜の一つですか?」


声に訴える何かを感じて目を向ければ、白く整った顔の佐之助にやけに真剣な眼差しで見つめられていた。

あかりは、つられて真面目に向き合うが、すぐにばかばかししいと笑い直した。


「お前が南瓜? そんなわけないじゃない」


否定されても、佐之助は額面通りに受け取ったりしなかった。


「その心は?」


「聞くまでもないでしょう。佐之助は、まともな男として数えられないからよ。ねえ、女装趣味の変態さん」


予想通りの期待外れな回答に、ほっとしたような、がっかりしたような、複雑な感情を織り混ぜて佐之助は肩をすくめた。


「趣味じゃないですって、何度説明させたら気が済むのですか。仕方ないでしょう。私の方が本物よりも上等に写真映えしてしまうのですから」


本物の本人を目の前にぬけぬけと言い放つ佐之助は、半紙で包装されたカードのセットを渡してくる。


「来月発売の新作です」


受け取ってみると、傾城七変化と題されたブロマイドだった。

のり部分をぺりぺり剥がせば、いかにも、お江戸のお姫様らしい日本髪姿に始まり、髪を緩くまとめたプライベート風やレースやリボンで飾られたゴスロリ調まで、バラエティに富んだ衣装で化けた佐之助が現れた。


「相変わらずの詐欺師っぷりね。この幻想に何人が騙されることやら」


「あんまり言わないでください。これでも、申し訳なく思っているのですから」


殊勝な言葉を吐いたので、おっ、と目を見張ったあかりだったが、佐之助の捻じ曲がった性格がほんの僅かでも素直になるわけがなかったと、一瞬でも見直しかけた自分をすぐに悔やんだ。


「あかり様が素材になっているのでしたら、事業として成り立つほど求婚者が増えることもなかったでしょうからね」


「……佐之助。お前は、そんなに私に喧嘩を売りたいわけね?」


「いいえ、滅相もない。国を傾けるほど魅力たっぷりのあかり様に、私なんかが敵うはずもありません。ただ、あかり様は控えめな方なので、表立っては目立ちたがり屋の私が活躍している。それだけのことじゃないですか」


こうして、佐之助はいつものように怒らせるだけ怒らせてから、あっさりそつなく収束させてしまった。


「まったく、佐之助は私を苛立たせる天才だわ」


「それは、とんだ誤解ですね。あかり様のよさは、この佐之助が誰よりも知っていますのに、他に何が必要だとおっしゃるのですか」


爆発させてもらえなかった不満を燻らせていたあかりを、佐之助はこんな言葉で慰める。

それは、ますます苛立ちを募らせるだけなのだが、爆発させることもまた、決してないのだった。

こういう時、あかりには佐之助の微笑が狐に見えてしまう。

もともと、そういう造作をしているだけでなく、人を煙に巻いてしまう性格の悪さが、あかりを化かされている気分にさせてくれるのだ。


あかりは盛大なため息を落とすと、スポーツ新聞の不要な一面記事に目を向けた。

そこには毎年恒例となっている、各誌一斉の傾城・明姫の伴侶候補がダービー予想の形式で載っている。

若き研究者や大財閥の御曹司、はたまた人気急上昇のアイドルやら俳優などが名前を連らねている中、どの誌でも本命はお江戸の後継者である若君で確定していた。

深窓の姫君と呼ばれ、わずか五歳にして日本経済を傾けかける影響力を持つと名高い乙女の実態が、思ったことは率直に口にする負けん気の強いアイドル(女の子限定)好きの雲母 あかりだと、どこの誰が信じてくれるだろう。

また、世間で何かと注目を浴びている麗しの美姫として有名な正体が、口を開けば丁寧な物言いで毒を吐く嫌みな性悪少年の米倉 佐之助なのだと、どこの誰に想像できるだろうか。


この二つの事実が世間様に知られてしまえば、日本全国津々浦々から詐欺だと集団訴訟されてもおかしくなかった。

あかりなんかは、それだけでお江戸が潰れてしまうのではないかと心配してしまう。

何も、傾城の影響力が及ばなくても、あっさりと一巻の終わりがやってきそうだ。

それとも、この場合も、やはり傾城のせいにされてしまうのだろうか……。


「おやおや、本日も変わらずの仲よしぶりだ。私は思わず、嫉妬で胸を焦がしてしまいそうだよ」


前触れもなく開かれた障子に驚けば、背の高い男が胸焼けのする言葉を投げかけてきた。

自分に酔っ払った言動に似合いの絢爛豪華な羽織を肩に引っかけて、金茶に染めたパーマがかった猫っ毛の髪を小粋に横に流している。


「今日も、わいて出たわね。毎日、毎日、のこのこのこのこやってきて、少しはまともに仕事をしたらどうなの。そんな風だから、リアルバカ殿とか言われるのよ」


あかりの手厳しい指摘もなんのその。

男は「ははは」とおおらかに笑い飛ばして、金ピカの扇子を扇ぐのだった。

このホストみたいにちゃらけた男こそ、日本経済特別区域・歴史文化継承政令指定都市、通称お江戸の代表となる徳川 聖夜であり、名前までチャラチャラしているのだから笑ってしまう他ない。


「ふふ。私のことを、そんなに心配してくれるのかい? なんだか照れてしまうね」


「ちょっと、今のどこに照れる要素があったのよ」


あかりは本気でつっこんでいたのだが、聖夜は胡散臭い笑顔を浮かべるだけで痛くも痒くもなさそうだ。


「ふふ、そんなに熱い眼差しで見つめられたら溶けてしまいそうだ。ああ、ほら、そんな顔をしては眉間にしわが固まってしまうよ。私は嫌だな、そんなお嫁さん」


「誰が嫁よ!」


「おっと、うっかり。もちろん、私のお嫁さんじゃなくて、私の息子のお嫁さんだ」


「それも違うっ!」


「おや、うちのは私に似て、なかなかハンサムな部類に入ると思うのだけど好みでないのかな? では、姫の理想を教えておくれ。全身、君の好みに整形させてみせよう」


あかりは開いた口が塞がらないほど呆れた。

どんな親で、どんな暴君だ。


「無礼を承知で言わせていただきますが、あかり様の好みは可愛い系の正統派女子ですよ。お江戸の跡継ぎ様をどこまで整形なさるおつもりですか」


佐之助は嫌みを含めて忠告したが、やはり聖夜は動じず、涼しげに笑んだ。


「ならば、整形の必要はないな。女装させれば済む話だ。あれは線の細い綺麗な顔をしているから、さぞかし姫のお気に召すだろう。百合の姉妹のように優雅な姿が目に浮かんで。実に楽しみじゃないか」


うっとりしてみせる聖夜に、あかりと佐之助は、この大人は駄目だと無言で見合って以心伝心した。


「まあ、どうしても、うちの息子が嫌だというなら、私の養子でも構わないよ。君だけのアイドルを用意して、好きなだけ輝くステージを見せてあげようね」


とんでもない甘やかし発言だったが、聖夜ならやりかねないと、二人揃ってぞっとする。

しかも、実際にやり遂げてしまえる権力と財力がある現実が下に恐ろしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ