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暗殺依頼・9

「あの人、結局、何がしたかったんだ」


「さあ」


正孝が首を捻るのも当然の、どうにも不可解な登場と引き際だった。

名刺を見れば、結城 由貴と書かれている。

肩書きは、北海道大学の学生になっていた。


「本当に道産子だったんだね」


「だからって、普通、知らない子どもに声かけるか? まー坊、気をつけろよ。世の中には、そういう趣味の奴がいるらしいからな」


大真面目に忠告してくる壱真に、正孝はぶすくれて「壱君こそ」と言ってやった。


「俺は大丈夫だろ。どっちかっつーとカッコいい系だからな。にしても、名前まで変わってんな。ゆうき ゆき、だって。じいちゃんや父さんみたいな名前って、意外といるもんだな」


「よしたか、って読むんじゃないの? とにかく、僕達気をつけないとだよね。子どもだけで来てるんだから」


「だな。とりあえず、続きは甘いもん食いながらにしようぜ」


「あ、だったら、僕がお店決めていい?」


壱真が同意すると、正孝は通行手形で検索して決めた。

どこかと思えば、いわゆる、お江戸版ネットカフェだった。


「こんなとこがいいのか?」


せっかくのお江戸なのに情緒がなくて気が進まない壱真だったけど、入ってみると外観も内装も雰囲気は外してなくて、個室も畳敷だったので想像していたよりずっと風情があった。

メニューも豊富で、悩み抜いた末に壱真は和栗の、正孝は抹茶のパフェを頼んだ。


「うんま。お品書きに写真がないから、あんま期待してなかったんだけど、ちゃんと本格的なパフェだな」


生クリームを頬張った壱真は満面の笑みだった。


「うん。味もしっかり和風なのに、クリームもアイスもたっぷりでおいしい!」


「でも、江戸時代にパフェはなかっただろうな」


「だよね。筆で書かれてても、ちょっと違和感。でも、それ言っちゃったら、ネットが使える時点でアウトだけど」


「確かに」


それでも、便利で美味いのなら文句は言うまいと思った二人は、一口ずつ交換してから自分のグラスを夢中でつつき、半分以上平らげた頃になって正孝が匙をくわえながらマウスを握った。


「お江戸にも普通にネット環境ってあるんだな。んでも、ここって、囲ってる櫓から妨害電波みたいなの出てるんじゃなかったっけ」


「そうだよ。お江戸は外界のネットワークをジャミングで隔離して、独自のシステムで運営してるから」


「じゃあ、これは?」


「ここにあるのは地下の電話線で繋がってるから使えるんで、お江戸の管理システムとは別系統。だから、万が一、ウイルスに乗っ取られてもお江戸に影響はないし、一部書き込み制限もあるらしいよ」


「へえ。なんで、そんな厳重にしてるんだろうな。これだけ観光客がいたら、不便だって苦情がきそうなものなのに」


「江戸文化の継承が目的の特区だから、なるべく雰囲気を壊したくないんじゃない? それに、非日常を楽しんでもらうのも、おもてなしの内って感じで」


「なるへそ」


「でも、ここまで厳しくなったのは最近の話で、本当の目的は傾城を匿うためって噂だよ」


「マジか」


「あくまで、噂だけどね。要するに都市伝説。でも、火のないところに煙は立たないとも言うけど」


「はあ。なんか、お江戸って闇が深そうだな。ところで、まー坊。今更、何を調べるんだ?」


モニターを覗いてみれば、検索ワードに結城 由貴と書き込まれている。


「調べんの?」


「一応ね」


「一般人だろ。引っかからないんじゃないのか」


前に壱真が自分の名前を検索してみた時には、箸にも棒にも小枝にも引っかかるものがなく、漢字違いの見知らぬおっちゃんのブログが出てきただけでがっかりしたものだ。


「これは念のため。本命はこっち」


正孝がひっくり返した名刺の裏には、個人ブログのアドレスが載っていた。


「げえ、アドレスって打ち込むのめんどいよな」


「そりゃ、壱君は一本指打法だからね。ブラインドタッチ、いいかげん覚えたら? 慣れたら便利だよ」


「まー坊がいるよりは不便だろ」


さらりと言い返されて、正孝は悩んでしまう。

しっかりしてくれと訴えるべきか、頼りにされて嬉しいと喜ぶべきか……。

あえて一言に絞るなら、色んな意味で壱真はずるいと言っておきたいところだ。


「んんー……おい、まー坊。あの人、マジで年下趣味なのかも。気をつけろよ」


先にサイトを読み込んでいた壱真の感想でモニターに目を向けると、[ゆきんこの覚え書き]と名付けられた座敷わらし伝承を集めたブログが開設されていた。

正孝は、ちょっとびっくりした。


「壱君。これって、当たりかも」


「どこがだよ。俺的に、バーチャルガイドのサチ子しか思い浮かばないんだけど」


「だから、それだよ。なんで座敷わらしなんだろうって思ってたんだけど、あれって傾城がモデルになってるんじゃないかな」


「はあ? 全然、似てないじゃん」


いきなり宇宙にダイブするお茶目なサチ子が、見目麗しい流し目のお姫様と似てるだなんて、お世辞にしても無理がある。


「見た目じゃなくて。玄馬様がしてくれた昔話、覚えてる?」


「えー。なんか、どれも最初はラッキーが続くんだけど、最後には悪いことが起きるってやつだろ」


「うん。どの時代でも、小さな女の子が来てから、しばらくは幸運が続いたでしょ」


「あ、それが座敷わらしってわけか。んじゃ、座敷わらしの話を集めてるってことは、イコール、傾城について興味津々かもしれないってことだな」


「そういうこと。あのお兄さん、かなり挙動不審だったし、可能性は高いと思う」


「でも、だったら、なんで俺達に声かけてきたんだ? 暗殺依頼の関係者じゃないわけだろ」


「んー。もしかしたら、調べてる途中で今回の依頼を知っちゃった、とか?」


正孝の見解に、何やら考え込んでいた壱真が閃いた。


「なあ、まー坊。もしそうだったら、味方にしちゃわないか」


「ええ??」


意表をついた、とんでも提案だった。


「だって、どっからどうみても悪党には見えなかったろ。まあ、その分、頼り甲斐もなさそうだったけど。でも、物騒な依頼が気になって声かけてきたんなら、とりあえず阻止したいんだろうし、そうじゃなくても、詳しいんなら、お姫様の力になるかも知れないじゃん」


大胆な発想に、正孝は開いた口が塞がらないまま感心していた。

壱真はたまに、アイデアマンとして数々の企業コラボを成功させてきた玄馬の片鱗を思わせる案をぽっと出すことがあって、今回もそれが発揮されたようだ。


「じゃあ、次に会ったら、前向きに探りを入れてみる方向でいい?」


正孝の確認に、壱君は親指を立てて応えるのだった。


「あと、まー坊。たぶんだけど、あの不審者、お兄さんじゃなくてお姉さんだぞ」


「え、嘘だぁ」



 * * *



そんなこんなで、ネットカフェを出た壱真と正孝は、さて、と思う。


「壱君、これからどうする?」


「宿に引き込もってたって、依頼人から連絡が入るとは限らないからな。まだ明るいし、これからどうなるにしたって、お江戸を知っておいて損はないだろ」


「まあ、そうだけど……」


正孝は、まさかと思い、次の瞬間には、そのまさかな発言が壱真から飛び出した。


「んじゃ、忍者屋敷に行こうぜ」


「やっぱり」


「ショーだけじゃなくて、体験もできるんだぞ。お姫様救出作戦の役に立つ技が覚えられるかもしれないだろ。それに、救出したら、後は逃げるしかないんだから、行くなら今しかない!」


熱く説得されたら、納得できないこともなかった。

悪い未来を考えたくなくて、お土産を話題にしてみたりした正孝だけど、楽しげな子ども二人旅は、その実、とてつもなく不安で危険な綱渡りだ。

そもそも、依頼を果たそうが果たさまいが、無事に帰れる保証すらない。


「な。いいだろ、まー坊」


どう考えてもいいわけがないのに、いたずらっ子特有の期待に満ちた爛漫な眼差して誘われたら、こんな時でも、後先を考えない壱真に乗っかってしまいたくなるよう正孝はできていた。


「わかったよ」


正孝だって、一大観光地に来たからには、壱真とおもいっきり遊びたいに決まっている。

今だけは、壱真に倣って楽しもう。

そう心に決めて、正孝は隣に並んで歩き出した。

そんなタイミングだった。


「えい」


と、謎のかけ声と共に壱真が背中を押されたのは。

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