第二話 颯爽! 黄色い風と桃色の想い(Aパート)
「大吾さんおはようございます!」
「――ぅうん……ん?」
いつもの公園のいつもの場所でのんびりと午睡をまどろんでいた大鉄輪大吾は、元気溌剌な声に叩き起こされた。
「……ああ、いつかの少年か、どうした今日は?」
目をこすりながら大吾は上体を起こして、寝ていたゴザの上に胡坐になる。
「それともう昼過ぎてんだからおはようじゃなくてこんにちはだろ?」
「そうでした! こんにちは大吾さん!」
「おう、こんにちは。ん? なんだ学校帰りか?」
「はい!」
見ると少年は黒い学ランに通学鞄と言ういでたち。家に帰って荷物を置いて着替えてくるのも惜しかったのだろう。
ちなみに本日は土曜日である。
大吾が隊員の一人として活躍していた戦車戦隊ダイセンシャーと悪の鉄車帝国デスクロウラーの戦いが続いていた最中、その戦いの舞台となっていたこの国は完全週休二日制という法律をひっそりと廃止していた。
その時期は、ある程度の騒乱が週に一回は起こる事態にこの国はあったので、年若い少年少女を一箇所にまとめておく方が避難させるにも管理するにも都合がよかろうという判断である。何しろ金曜日授業終了後から月曜日早朝の授業開始まで60時間以上もの連続した自由時間が子供たちにはあるのである。ならば土曜の午前中だけでも学校と言う保護者が目の届く場所においていた方がいいわけだ。ちなみにこの法律、法律制定後から特に経済効果が劇的に上がった事例も見られなかったので、廃止されたのも当然と言えば当然の処置だったとは有識者も語る。
というわけで少年は土曜授業の半ドン終了後のわくわく感のまま、ここへやってきた。完全週休二日制はこのわくわく感をも取り上げていたのだから、逆に経済波及効果が減少してしまったのは当然なのだろうし、鉄車帝国と戦車戦隊の戦いが終わった後も法が復活することもないだろう。
「見ました! 神風の舞台!」
そういえばこの少年を追い返したくてそんなことも言ったなぁと大吾は思い出す。どうやらその報告をしたくて家にも戻らず急いでやってきたらしい。
「なんだ、わざわざ舞台を見に行ったのか?」
「今の時期は残念ながら舞台はやってなかったんで、公演を収録したDVDを見ました! 泣きました!」
「そうか偉いな。で、戦車の乗り方はわかったか?」
「全然わかりませんでした!」
そうだろうなぁと大吾も心の中で思う。確かあの舞台、戦闘機は出てくるが戦車は出てこなかったはず。
「しかもDVDを買ったら今月のお小遣いがなくなりました!」
「そいつは悪いことしたな。なんなら水道水ぐらいならおごってやるぜ。公園ならタダだからな」
「酷いです大吾さん!」
「ははは、まぁ実は昨日今月分の食費とかまたもらってきたばっかりだから缶ジュースぐらいならおごってやれるぜ?」
「……あの、前から気になってたんですけどその食費とかいったい誰がくれるんですか?」
「ん? 区役所に行って『今月の生活費くれ』っていうと金くれるんだよ」
「なんですかそれ!? というかそれってどこから予算が出てるんでしょうか?」
「首相の機密費」
「きみつひ!?」
それを聞いて、少年がたじろぐ。
首相を始めとする国政者は、公式に行われる行事内での費用は全て国家予算から必要経費としてまかなわれるわけだが、公式行事が昼の昼食会だけだった場合「夕飯とはどうするんだ?」という問題が発生するわけで、しかも公務時間は続いているわけである、なぜか。
機密費とはそういった公式行事としての計上が難しいけど参加しないわけにはいかない行事などの雑費に使うべく用意されている予算。
近年はこの機密費の政策への流用がよく問題として取り上げられるが、こうやって元戦車戦隊への仕送りとして流用しているのは、実はもの凄く正しい機密費の使い方なのかも知れない。
「国費で一番自由になる金っつたら、多分それが一番だろうからなぁ」
しかし区役所経由で首相から生活費をせびる……正に元戦車戦隊でなければできない芸当だ。
「しかし良く出してくれますよね……?」
「まぁ俺一人で自衛隊の一軍の全戦力と戦えるくらいだからなぁ。俺が『金くれ』って言ったら出さんわけにはいかんだろうし」
「……へ!?」
少年が思わず持っていた学生鞄を両腕で抱きしめながら驚く。
「おまえさぁ、たったの五人で一つの帝国と戦うってどういうことかわかってんのか?」
やれやれといった貌で大吾が続ける。
「帝国って名前が付いてる組織っていえば大概が強いって相場は決まっている。でなきゃ帝国なんて名前おいそれと付けねぇ。今の時代からさかのぼって鉄車帝国以外で一番近い帝国って……なんになるんだ? やっぱりあの第三帝国になるのか。まぁ帝国って名前が付いてる組織は結局最後には全部滅んじまってるけど、それを滅ぼすにしてもとんでもねえくらいの力がいるってのはわかるよな」
「は、はい……」
「俺たちはそういうカテゴリーにあるものを相手にして戦ってきたんだよ、五人でな」
遠くを見つめながら大吾が言う。その視線の先には最終決戦で崩壊した火力発電所跡がある。
「この国には海兵隊はないから、ノーマルの陸海空の三軍しかない。それに比べて俺たち一人一人が一軍の戦力だ。フルメンバーの五人でガチンコでやりあったら三対五。だからこの国の軍隊じゃ俺たちには勝てないんだぞ」
「じゃ、じゃあ、みなさんが五人がかりで毎回倒してたあの戦車怪人っていうのは……」
「地上最強の個人戦力だな。普通の軍隊が相手にするんなら核とか撃ちこまなきゃ勝てないだろ」
それを聞いた少年の背中にゾクッとした嫌な気配が走った。
「鉄車帝国がこの地球を滅ぼしたかったんなら一瞬でできただろうさ。怪人とか作る技術を大量破壊兵器に転用すればいいだけだからな。でもあいつらの目的は絶滅じゃなくて征服だ。征服するには土地も極力傷つけちゃならんし、人もほとんど生き残らさなきゃならない」
「……」
「にゃー」
なんだか自分の想像を超えている重い話の連続に少年が気分も重くしていると、それを緩和するような和やかな鳴き声が聞こえた。
「猫?」
子猫と成猫の中間くらいの大きさの猫がやってきて、大吾の座るゴザに乗ってきて隣に座った。
「ずいぶん綺麗な猫ですね」
その毛並みは黒なのだが、オニキスやブラックアンバーのような黒色の宝石のような神秘的な色合いである。首輪がないので野良猫なのだろうが、家飼い猫以上に汚れを知らぬ艶々とした黒い毛である。
「……あれ?」
その綺麗な黒毛を見ていると背中に何か付いているのを少年は発見した。鳥の羽のようなものが背中に張り付いている。しとめた獲物を背負っている、という風には見えない。
「こいつが俺たち五人を見出して戦車戦隊を創設した戦車妖精のリンカーンだ。いわゆる鉄車帝国のヤツらとはまた違う、もう一つの諸悪の根源だな」
この不思議な黒猫はなんだろうと思っているとあっさりと大吾が解説してくれた。
「リンカーン!? ずいぶんとスゴイ名前ですね!?」
「そうか? ただの人名の一つだろ、結局は?」
「……それにしてもこのコが戦車妖精? ただの猫に見えますけど、でも羽生えてますね」
羽が生えているのはやはり妖精だからだろうか。
「元々は俺たちなんかよりよっぽど頭のいいヤツだったんだがな。作戦とか考えたりして」
隣で座っているリンカーンの頭の上を軽くかいてやりながら大吾が言う。猫は自分では頭の上に手が届かないのでこうやってかいてやると非常に嬉しがる。リンカーンも目を細くしてじっとしている。
「最後の戦いの時、とある理由でダイセンシャオーがまともに動かせなくなっちまってな。制御装置が作動しないとかなんとかで」
ダイセンシャオーとはダイセンシャーが乗り込んで戦う、対巨大化戦車怪人戦用のスーパーロボットであり、ラーテ級要塞戦車が五台合体して誕生するという「夢の戦車ロボ」である。
「こいつはその時に、ダイセンシャオーの制御回路となったんだよ、生きたままな」
その時のリンカーンの身を挺した行動により、ダイセンシャーは敵の本拠と総帥を一挙に叩くことができた。
「最後の戦いが終わって、なんとかこいつを回路から引きずり出した時、戦車妖精としての記憶が全部なくなっていた。でも命が残ってただけ良かった」
限界を超えた能力を発揮したのだろう。その代償としての記憶の消失。
「だから今はこうして、ただの野良猫の一匹として生きているわけだ」
大吾の言葉にリンカーンが「にゃーん」と答えた。何もわからぬまま。
「でもな、戦車戦隊のメンツの中ではこいつが一番幸せな戦いの終わり方をしたのかもしれないな。全てを忘れて、無害な存在になって。俺たち全員を巻き込んでおいていい気なもんさ」
苦笑しながらリンカーンの背中をかいている大吾。大吾の指が羽に触れるとリンカーンはくすぐったそうにプルプル震わせている。
「こいつがいなければ今ごろは世界中が鉄車帝国に征服されて、逆に平和な世界になっていたかも知れないっつうのにな……」
「……」
「こら大吾! まだこんなところでグダグダやってるの!? って今日はリンカーンもいるし!」
また再び重苦しくなってしまった雰囲気を断ち切るように快活な声が聞こえた。
「こんにちは大吾さん。おや、こちらの少年の方はお客様ですか?」
それに凛とした静かな声が続く。少年が振り向くと二人の女性が立っていた。
パンツルックが程よく似合うスラリとした女性に、一般人だったら着るのを少し躊躇してしまうようなドレス風ワンピースを自然に着こなしているお嬢様風の女性。
「あ、あなたがた二人は!」
二人の正体が一瞬にしてわかった少年の顔が驚愕に包まれる。
「元イエローセンシャーの鬼鋼板亜希子さんと元ピンクセンシャーの有締栓てももさん!?」
いきなり名前を呼ばれてしまった亜希子は「はいはいどうも」と、力が抜けたように返している。彼女たちにとってはいきなり名前を呼ばれるのも日常茶飯事なのだろう。隣のてももも同じだけ場数は踏んでいるのか、優雅な微笑で返している。
「それにしてもなによこの可愛い少年は、あんたの舎弟?」
「僕は大吾さんの弟子です!」
亜希子が尋ねると少年の方が即座に答えた。
「弟子にした覚えはねぇ!」
「じゃあ弟子候補です!」
「候補でもねぇ!」
「なによやっぱり舎弟なんじゃないの。だったらあたしにもよこしなさいよ」
「やるから持ってってくれ」
大吾の心からの懇願に亜希子は顎に手を当ててしばし考えるポーズをすると「やっぱりいらない」とかえした。なんだか面倒くさそうな展開になるのがわかったのだろう。
「いまだにその行方がようとして知られていないお二人がここに!?」
物扱いされて(しかもいらないと言われて)も全然気にしていない様子の少年が、改めて驚きの顔になる。驚き続きで自分の扱われ方を気にしている暇がないのだろう。
「ようとして知られてないというか」
「まぁ働いてはいますけど移動販売ですからね。営業住所不定ですわ」
てももが付け加える。
「そういう意味じゃ俺と同じだな」
「黙れ! このロクデナシ!」
「お二人はどうして公園に?」
口喧嘩の最中の二人を優しく見守っているてももに少年が訊いた。
「大吾さんの様子を見に来たのですわ」
足下に「にゃー」と擦り寄ってきたリンカーンを抱きかかえながらてももが答える。この公園を生活の拠点にしてしまっている大吾の様子を確認しに、定期的に公園にやって来ていると説明する。ちなみに話を聞いている少年は先ほどから鞄を抱きしめたままなので、同じようなポーズの二人が並ぶ。
「いい加減働きなさいよ大吾」
「うるせぇなぁ、なにもしないで食って寝るだけなら、もらってる生活費だけで十分なんだよ」
「……わからんでもないけどさ、でも、健全な成年男子としてはどうなのよ?」
「おまえらみてぇに自営業ができるほど器用でもないしな」
「だったら前から言ってるじゃない、一緒に働かないって?」
「今だってギリギリなんだろおまえらのカレー屋。俺まで増えて元戦車戦隊が三人になっちまったら誰も寄り付かなくなるぞ」
「……」
「あの……カレー屋って?」
快活がそのまま服を着て歩いているような雰囲気だった亜希子が黙ってしまい、その雰囲気に耐えられなくなった少年が思わず訊いた。
「わたくしたち二人のお店ですわ」
少年が声を出してくれたのをありがたいと感謝するようにてももが答えた。
デスクロウラーとの最終決戦の後、元イエローセンシャーである鬼鋼板亜希子は移動販売車を一台購入してカレー屋を始めた。それに誘われる形で有締栓てももも一緒に働くこととなった。
「まぁでも亜希子さんがオーナーシェフですから基本的には亜希子さんのお店です。わたくしは女給で」
「なに言ってんのよ、二人のお店よ」
てももが自重するように言った台詞を亜希子が否定した。
「……そう言っていただけるだけで嬉しいで――」
「クロウラー!」
てももがなんだか切ない微笑を見せながら言った言葉を、いつもの台詞が遮った。
大晦日でも更新しますよ




