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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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12

 帰省する。

 それは私にとっては一大表明みたいなものだった。だけど、周りからすると、さしたることではないようだった。

 まずは家族に相談。というわけでお父さんに話した。


「帰省しようと思う」


「そうか。いつ頃だ?」


 あっさりと返ってきて、妙な間ができてしまった。朝食の、箸と茶碗の音が妙に大きく聞こえる。テレビから流れてくるニュースの声が、2人の間を通り過ぎていく。

「3月の終わりに、2泊3日くらいかな」


 なんとか言葉を絞りだす。具体的な日程はまだ決めていない。


「そうか」


 一言だった。

 それからお父さんの方から何か言いだす様子はなかった。たくあんを丁寧に咀嚼している。コリコリとした食感は、存外よく響くな、と意味なく考えてしまう。


「何か伝えることがあれば承るけど」


 中途半端に硬い言葉になった。お父さんは片眉を小さく上げた。


「大丈夫だよ」


 微笑んで、言った。おもねりも何もない、淡々とした様子だった。お父さんにとっては、全て終わってしまったことなのかもしれない。

 私は、もう何も言えなかった。

 静かに朝食を終えた後は、逃げるようにしてバイトに向かった。この狭くも広くもない居住スペースは、息苦しかった。


 カランコロンと鳴るドアベルの音が、優しげに響く。


「あれ、今日は随分早いやん」


 カウンターのテーブルを拭いていたらしいマスターが、少し驚いた声をだす。言われて店内の壁時計を見ると、勤務開始までまだ30分はある。


「あ、はい、相談したいこともあって。おはようございます」


「はい、おはようさん」


 首を傾げつつ、挨拶を返してくれる。挨拶のタイミングはちょっと間が抜けていたかもしれないけど、マスターは気にする様子もない。


「で、相談って?」


 軽い調子で、でも瞳に真面目さを宿すように、少し細められる。テーブルを拭いていたタオルも横に置かれる。


「あの、少し帰省しようかと思いまして」


 一拍、間が空いた。マスターはゆっくりと瞬きする。


「あー、帰省ね。ええよ、ええよ。いつから?」


 なんだかきまり悪そうにされている。何かおかしかっただろうか?


「シフトの調整ができる時でいいんですけど、できれば2泊3日くらいで考えています」

「3泊3日ね。再来週やったら大丈夫なはずや」


 シフト表を確認する様子もなく答えが返ってくる。本当に大丈夫なのだろうか。首を傾げかけた所で、不意に大きな笑い声が響いた。快活な女性の声だ。びっくりして、肩が少しはねた。


「ごめん、ごめん、驚かしちゃった?」


 いつの間にいたのか、スタッフルームの扉の近くにマスターの奥さんがいた。清子さんだ。


「あ、いえ」


 曖昧にしか返せなかった私に、清子さんは尚も笑顔だ。


「たぶんね、この人、綿実ちゃんが辞めるんじゃないかって思ったのよ」


「え?」


 突然の言葉に驚きつつマスターの顔を見ると、ちょっと恥ずかしそうにしている。


「いやぁ、いつもより早くきて相談あるなんて言われたらなぁ」


 今までもそんな感じで退職願を突き付けられていたのだろうか? 私は慌てて首を横に振った。


「いえ、まだまだ辞めるつもりはありませんので、よろしくお願いします」


「ああ、うん、こちらこそ」


 何故かマスターに恐縮したような態度を取られてしまう。私も何だか居たたまれない気分になってきて、上手く二の句が継げない。

 するとまた清子さんが豪快に笑いだしてしまった。


「もう、あんたが早とちりするからだよ」


 言いながら、マスターの背中をバンバンと叩いた。


「痛いって!」


「そんな強く叩いてないだろう?」


「そらそうやけど!」


 あ、痛くはないんだ。なんだか和んだ。

 2人のやり取りは優子と吉川くんを少し彷彿させる。距離感が似ているのだろうか。夫婦になっても、学生のような感覚でもいられるのかと思うと、不思議な気分になる。

 微笑ましさとともに、何とも言えない苦みも感じる。うちの両親とはまるで違う姿が、ちくりと胸を刺す。


「あ、綿実ちゃん、帰省は全然オッケイだからね」


 ひとしきり笑った後に、清子さんに改めて言われた。


「はい、ありがとうございます」


「そんなに畏まらんで? のほほんとした職場やから」


 自らそんな風に言う清子さんは笑顔を浮かべたままで、温かだ。


「はい」


 私はもう1度大きく頷くしかなかった。

 それから改めてシフト表を確認しながら帰省の日程を決めた。今週と翌週のシフトは確定してしまっているので、今から変更するのはやっぱり少し厳しい。変えられないこともないけど、斎藤くんたちに迷惑はできるだけかけたくない。

 結局、再来週、本当に春休みの終わりになってしまった。

 新歓直前で大丈夫かな。心配になり、LINEのサークルのグループチャットに相談を投げかけると、問題ないよ、と返ってきた。優子はもちろん部長たちからも。


――お土産よろしく~。


 と書かれた吉川くんの一文には頭を抱えた。地元には白い恋人のような、分かりやすいお土産はなかった。でも、そんな悩みも楽しく思えてくる。

 そう、私は楽しみにしているのだ。一抹の不安を覚えながらも。

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