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四月のすき間  作者: くさき いつき
第2章 四月一日の寂寥

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11

 ナツと最後に会ってから、もうすぐ1年になる。

 別れの言葉を選んだつもりはなかった。だけど、ナツがこの先も私の後を追うような進路を選んでいくのは、違う気がしていた。


――それは、考え直した方がいいと思う。


 私が好きだから、京都の大学を受けようと言ったナツにかけた言葉は、ひどくショックを与えるものだったのだと思う。ナツの顔は真っ青になっていた。

 言葉を間違えた。

 瞬時に理解した。ナツの気持ちを否定したわけではない、と伝えても、もうナツの耳には届いていないようだった。桜の花びらが、ナツの顔を覆い隠すように舞う。泣いてはいなかった。というより、表情そのものがみるみる消えていく。

 ひどく傷つけてしまった。

 だけど、ナツの進路はナツ自身の未来を見据えて決めてほしい。そう願ったことにも偽りはなかったから、私は言葉を撤回しなかった。

 そのくせ、私はナツの顔を直視することもできなかった。

 軽く頭を下げてから、でも何も言うこともなくナツは去っていく。その背中を引き留めようとして伸ばした手は、届くこともなく、自分の胸の前で握りこむしかなかった。

 私の手はかすかに震えていた。


 今も震えている。携帯電話を持つ手が心許ない。心臓の音が痛い。すっと小さく息を吐いて、気持ちを落ち着かせようとする。


「もしもし?」


 そのタイミングで、またナツの声が響いた。息が気管支に入りそうになり、私は咳き込んでいた。


「……大丈夫か?」


 なんだか申し訳ない気持ちになる。私は少し息を整えてから口を開いた。


「うん、大丈夫」


「そうか」


 やっぱり1年前とは雰囲気が異なるような気がする。時の流れを実感するとともに、ナツに告白されたのも確かに現実にあったことなのだと、今更ながらに理解するような気がしていた。考え直した方がいいと言われたナツの気持ちに立ってみると、振られたも同然なのかもしれない。でも、私はナツの好意自体を否定したことはない。

 つまり、今の私とナツの関係ってどうなっているんだ?

 私のナツへの気持ちは、つまり……?

 なんと言葉を続けたら良いのか分からなくなった。

 それは、ナツも同様なのか、沈黙が続く。受話口から、小さく音が聞こえる。車の通りすぎる音だろうか。犬の鳴き声だろうか。それは私がかつて暮らしていた生活の音だった。

 ああ、遠いな。

 不意に一点の染みができるように、そして徐々に浸透するように、思う。

 ずっと隣にいたのに、ずいぶん遠い、と。


「ナツ、元気にしてた?」


 やがてこぼれ落ちるようにして言葉がついて出ていた。


「……おう。てか、ナツって呼ぶなよ」


「いいじゃない。誰も聞いていないよ」


 懐かしいやり取りだった。懐かしい、と感じてしまうことが寂しかった。

 少し苦笑するような声が聞こえた。また短い沈黙が流れる。でも、嫌な感じじゃなかった。


「綿実は……」


 不意に名前を呼ばれた。なんだか心臓の辺りが痛い。ちょっと悔しい気もする。


「……何?」


 誤魔化すように続きを促した。でもナツは、うん、と曖昧に頷いたきり黙ってしまう。私も口を開けない。

 そもそもこの1年、まったく連絡を取っていなかったナツから電話してきたのだ。何か重大な用件があったのではないか。1年経って連絡を取らないといけないと思うようなこと。

 ……ナツは進路、どうしたのだろう。

 瑠美ちゃんが引っ越してきていることを考えたら、ナツだって進路は決まっているはずだ。1年経っているのだ。高校の卒業式だって終わっている。ナツの進路を否定するようなことをしてしまった身としては、やっぱり気になる。聞く資格はないのかもしれないけど……。

 ナツも京都の大学を受けたのかな。

 思い切って聞こうとした口は、ナツの言葉に遮られた。


「綿実は、帰省、しないのか?」


「帰省?」


「うん、この1年、帰ってないだろ?」


 まさかナツからも帰省の話が出るとは思わず、私は口ごもってしまった。


「やっぱ……帰りづらいか?」


 探るような言葉に、私は戸惑いを残したまま口を開いていた。


「帰りづらいというか、ちょっと迷ってる」


「そっか」


「うん」


 5度目の沈黙が流れる。でも、今度はすぐにナツが言葉を繋いでいた。


「おばさんも心配している」


「お母さんが?」


 お父さんの元にきてから何となく連絡しづらくなっていたけど、全く連絡していなかったわけじゃない。それでも一緒に暮らしていた時に比べれば、ほとんど話していないのと変わらないのかもしれない。


「うん、やっぱり寂しいんじゃないかな」


 ナツも寂しいと思っているのかな。思ったけど、素直に聞くことなんて、もちろんできない。でも、ほんのちょっとだけ、意地を引っ込めてみる。


「ちょっと、考えてみる」


「うん」


 短く頷いたナツの声は、とても柔らかく耳に響いた気がした。

 それから6度目の沈黙が流れかけた所でナツが、


「また連絡する」


 と言って通話を終えた。そのまま倒れこむようにしてベッドにダイブしていた。柔らかなスプリングが私の体を受け止めてくれる。しばらく耳から携帯電話を離せられなかった。

 また以前のように話せるようになるのかな。

 鼓動の痛みが取れるのに、さらに1時間かかった。

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