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四月のすき間  作者: くさき いつき
第1章 四月二日の黄昏
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 綿実の誕生日へのプレゼントには、ブックカバーを選んだ。

 正直、綿実に読書家のイメージはあまりない。でも反物屋の小物の中にブックカバーを見かけた時に、自然と足が動いていた。普段なら古式ゆかしい店の佇まいに躊躇したと思うけど……。その時は周りの戸惑う声も聞こえていなかった。

 ただ『たけくらべ』の文庫本を持っていた綿実になら、合うだろうな、と思っていた。

 幸い高校生だからといって門前払いされるようなこともなく、笑顔で迎えられた。割とリーズナブルな小物も多くて、土産物屋としても繁盛しているようだ。

 着物の端切れを利用して作られたブックカバーもその1つらしく、2000円くらいでお手頃だった。色々悩んで、水仙をあしらったブックカバーを選んでいた。凛とした雰囲気が、卒業式の綿実の背中を思い出させた。


「何買ったんだ?」


 ラッピングを終えて店から出ると、俊雄がさっそくといった様子で尋ねてくる。


「ブックカバーだよ」


「お前、マジで文学青年になるのか?」


「おれのじゃねーよ」


「ああ、なるほど」


 すぐに察してくれたらしい。そして、そのまま追及することもなく、笑顔で他の連中との会話に戻っていく。何だかんだで空気はちゃんと読んでくれるんだよな。あとはガンガン背中を叩いてくる癖を治してくれれば良いのだが……。


「なんか楽しそうね」


 瑠美がおれの隣に並んで歩きだす。何となく憮然としているように見える。


「楽しそう、かな?」


「うん。顔、かなり緩くなっているよ」


 思わず頬に手をやる。でも自分ではよく分からなかった。無事に誕生日プレゼントを買えて安心しているのか、単純にもうすぐ会えるのが嬉しいのか。

 どちらにしても綿実絡みか。


「ま、自分じゃ分からないくらい浮かれているってことじゃない?」


「そうかな……」


 そんなに露骨に顔に出るタイプじゃないと思っていたんだけどな。それにしても、いつもより言葉がきついような?

 うーん。朝から結構歩いているからな……。銀閣寺まではバスで移動したけど、その後は哲学の道を通って、平安神宮を堪能し、今は円山公園へと向かう途中だ。京都を北から南へ縦断していることになる。


「疲れているなら鞄持とうか?」


「大丈夫よ」


「そうか?」


「別に疲れてはいないから」


 じっと瑠美の顔を見てみる。確かに疲労の色は見えない。むしろ血色は良いと思う。


「な、何よ?」


「いや、無理してないかなと思って」


「本当に大丈夫だから」


 瑠美は苦笑とともに溜め息をついた。でも嫌悪の色はなかった。どちらかというと諦めに近いような。呆れか? ううむ、分からない。


「ねぇ、この後、佐野先輩と会うんでしょ?」


 からりとした口調には、先ほどまでの刺々しさはない。かわりに2人の間に薄い膜のような、壁のようなものが出来た気がした。だけど明るい顔を見ると、尋ねるのは土足で踏み込むように思えて出来なかった。

 おれも努めて明るく、何でもないことのように口調を整える。


「うん。その予定。旅行中に悪いな」


「別に。1年に1度の誕生日だしいいんじゃない」


「うん? 誕生日って言っていたっけ?」


「前に夏衣くんと誕生日が1日違いって聞いたもん」


 そういやいつかのファミレスでそんな話をした気もする。別に強調したつもりはなかったけど……。1日違いってことで記憶に残りやすかったのかな。


「ねぇ、1つ聞いてもいい?」


 瑠美は前を向いたまま言う。その横顔は夕べのやり取りを思い出させる。そんなに言いにくいことなのだろうか。一瞬、思考を巡らしてみたものの思い当たることはなかった。戸惑いはあったけど、頷いていた。


「うん、何だよ?」


「佐野先輩のこと好きなの?」


 直球の言葉は、戸惑いを色濃くさせる。何故、突然瑠美がそんなことを聞いてくるのか。ただの好奇心なのだろうか。だけど、依然、前を向いたままの瞳に茶化す雰囲気はなかった。


「うん、好きだよ」


 気付いたらするりと言葉がこぼれていた。それは素直な確かなおれの気持ちだった。

 だけど、どうしてだろう? 胸の奥にある想いとわずかにずれているような、微かな違和感も覚える。

 触れたいと焦がれる衝動と、遠くから眺めているだけの憧憬。

 おれは確かに綿実が好きだ。でも、その先はあるのだろうか……?

 不意に漠然とした不安が押し寄せてくる。言語化しようとすると、泡となって消えてしまう。それなのに絶えずおれの周りにあって息をしづらくさせる。

 好きだけど、好きだけじゃ……。


「夏衣くん?」


 瑠美が怪訝な顔をして覗きこんでくる。おれは慌てて言葉を繋げる。


「あ、いや、改めて言葉にしたことなかったから変な感じだなって」


「そう。上手くいくといいね」


 言葉にあまり覇気がない気がする。いつもならもっとぐいぐいくるのに。やっぱり疲れているのかな。おれは自分の違和感を誤魔化すように笑顔をつくる。


「あのさ、やっぱ」


――鞄持とうか。


 だけど、おれの言葉が言い終わる前に俊雄の声が飛んできた。


「お前ら! 早く来ないと置いていくぞー!」


 いつの間にか俊雄達4人と、おれと瑠美で随分距離が出来ていた。


「やべ、ちょっと急ごう」


「うん、そうだね」


 結局、瑠美の鞄を持つこともなく、おれ達は走り出していた。瑠美の足取りはしっかりとしていて、疲れているように見えたのはおれの勘違いなのかもしれない。そう安堵した一方で、違和感はちくりと刺さった棘のように残ったままだった。

 春の空は爽快なくらいに青いのに。どこか寂しげなブルーに見えてしまう。おれは振り切るように走る速度を上げた。


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