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第一話 婚約破棄

むかしむかし、あるところに可憐な少女と勇ましい王子様がいました。

大きくなった二人は婚約し幸せな日々を⋯⋯日々を⋯⋯


「婚約破棄だ!」


華やかな宴会の席、多くの客の前で突然大声で叫んだのは王子ヴィルヘルムだった。


「ナスターシャ、あなたの罪は全てわかっています。」


彼の隣に立っていた聖女アナスタシアも続いた。


「観念してください。」


その視線の先の少女、ナスターシャは余程のショックだったのか俯き、その小さな手を震わせ、何も反応しない。


(婚約破棄?ということは、)


(愛を示すチャーンス!!)


いや、違った。


彼女はショックを受けていたのではなく歓喜していたのだ。


(ああ、愛しのヴィルヘルム、どうしてそんな天を舞う飛竜のように勇ましく、尊い婚約破棄の言い方ができるんですか!?あ、ヤバいヨダレたれてきた! その声が聞けて私幸せです。)


彼女は華奢なその肉体を打ち震わせ、ヨダレを垂らしながら天を仰いだ。


「お、おい、なんと哀れな、ナスターシャ様が呆けてしまわれたぞ!」


「愛していた者に婚約破棄を言い渡されたのです。そのショックは相当でしょうな。」


宴会の客人たちはヒソヒソとナスターシャに対し哀れみの視線を送る。


一方のナスターシャはと言うと、


「......」


自分の世界に完全に入り込み押し黙っていた。


その様子を見たヴィルヘルムは面白くなさそうに表情を変え、アナスタシアにそっと耳打ちをした。


「皆さん!」


アナスタシアはまるでこの世界の正義でも代表しているかのように大声を張り上げた。


「騙されてはなりません、あの女は王家を裏で操ろうとした大悪人なのです!」


その声が響き渡った時、生じたのは戸惑いではなく、笑いだった。


「わははは、聖女様が何をおっしゃるかと思えば!」


「ナスターシャ嬢が悪人?」


「あのように無垢なお人に限ってそんなことがあるものか!」


誰一人として彼女の言葉を信じる者はいなかった。


次の瞬間までは...


「この資料をご覧ください」


アナスタシアの遣いがおびただしい量の紙を抱えて入室してくる。


「これが、ナスターシャが犯罪を行っていたという動かぬ証拠です。」


客人たちは半信半疑といった様子でその資料を握り読み込む。


「これは⋯⋯!」


「なんということだ」


その資料によれば、国家を揺るがしかねない様々な大事件。


「オットー公爵毒殺事件に…⋯」


「フリードリヒ王太子追放事件まで…⋯ナスターシャ嬢の仕業だったというのか?」


それら未解決の事件の主犯がナスターシャだというのだ。


「ナスターシャ様、これはどういうことなのですか!ご説明を!」


客人の、特にナスターシャと関係の深かった男が詰め寄る。


「はい、資料に書いてあることは事実ですわ。」


ナスターシャは遂にその口を開き、鈴のように美しい声で弁明するでもなく、ただ自白した。


「そんな⋯⋯何ということだ⋯⋯」


男はお先真っ暗となったのか、膝から崩れ落ちてしまった。


「しかし、これがどうしたと言うのでしょうか?」


「どういうことです?」


突然開き直った彼女の言葉にアナスタシアは理解できないという様子で顔を歪めた。


「私はヴィルヘルムを愛しているのです。誰よりも強く。」


彼女は余裕たっぷりに、まるで小さな女の子のように目を輝かせながら語る。


「愛する人が困らないように邪魔な小石を退けただけです。」


チラリと彼女はヴィルヘルムの方を見た。


「…⋯それの何が悪いと言うのかしら?」


「全部悪いんですよ。ナスターシャ。」


なおもアナスタシアは平然と柔らかく、しかし批判を込めた言葉で言い返した。


「殿下はもうあなたを愛していません、いい加減解放すべきです。」


もうしばらく、この二人の言い合いが続くかに思われた。しかし、


「ナスターシャ、もう君には愛想が尽きた。さようならだ。」


ヴィルヘルムが静かに、ただ決定的に言い放った。

そして衛兵がナスターシャを捕らえ外へと連れ出した。


「最後になりますが、3日後に大法廷へ出廷してください。」


「そこであなたの裁判を行います。」


扉が閉まる直前、アナスタシアはナスターシャにそう告げた。


(3日後...)

(それまでに...)


ニヤリと微笑んだナスターシャに気づく者は誰もいなかった。


こうして、清らかなる聖女の協力もあり邪智暴虐にして悪逆非道なる悪役令嬢より解放された王子様は新しい婚約者と共にいつまでも幸せに暮らしましたとさ

めでたしめでた⋯⋯?


「私はまだ諦めませんわ!ここで諦めたら王子のための悪役令嬢の名が廃りますわ!」


「誰に向けて言ってるんですかお嬢様!」


「機嫌を直してもらうにはどうしましょうか⋯⋯」


「そうですわ!贈り物ですわ」


唐突に立ち上がったナスターシャは玄関へと駆けていく。


「では、少し出かけてきますわ!」


夜も更けた時、彼女は月光に照らされ微笑んでいた。


「どちらへ?」


「朝には戻ります。」


これから、王子と聖女は思い知ることとなる。

災害のごとき謀略は決して止まらないということを

読んでいただきありがとうございました。


次回は8月20日の昼に投稿予定です。

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