怪しい古物商
「少し、歩こうか」
意外な事に、料亭を出て二つほど角を曲がると、流行の店が建ち並ぶ帝都一の繁華街が広がった。
行き交う人のざわめきに、一瞬だけど身が竦む。
(料亭が静かだったから、こんな場所にあったなんて思いもしなかったわ)
「……弘城さん?」
突然大きな手に右手が包み込まれ、三葉は抗議するように彼を呼ぶ。
「人混みではぐれたら大変だ。婚約者なのだから、手を繋いでもかまわないだろう?」
夕暮れに差し掛かった町を、スーツ姿の弘城と女学生らしい袴姿の三葉が寄り添って歩けば悪目立ちしてしまう。なのに弘城は気にした様子もない。
「まだ正式にお受けしてはいませんが、今はそういうことにしておいた方がいいですよね」
「三葉さんは物わかりが良くて助かるよ」
弘城は行き先を決めているのか、通りを迷わず進んでいく。
女学校と羽立野家の往復しかしてこなかった三葉にとって、見るもの全てが新鮮だ。
(帝都って、高い建物が沢山ある)
数日前に一人で町を彷徨ってたときは、周囲を眺める余裕などなかった。物珍しげにしている三葉に気付いたのか、弘城が足を止める。
「向こうに見えるのが、議事堂。その向こうの塔が東洋一の展望台だよ。今日は時間がないから、今度の休みは帝都見物に出よう。百貨店で君の服も買いたいし」
「そんな、今お部屋にあるだけで十分です」
話をしながら歩いていると、弘城は大通りを外れて数本奥の路地に入った。
薄暗い道は何か得体の知れないものが潜んでいるようで恐い。
ふと脳裏に彩愛の姿が浮かんで、三葉は追い払うように頭を振る。
「神排の瘴気に当てられたみたいだね。学校でなにかあった?」
「いえ何も」
突然妙な事を問われて、三葉は小首を傾げた。
女学校に通う生徒の殆どは、家で守り神を奉っている。
親の仕事の関係上、全員仲が良い訳ではないけど、少なくとも学校でトラブルは起こっていない。
「最近流行の神排に入った方もいらっしゃるようですけど、みなさんそれはそれって感じで。表面上は変わりないですし」
公共の場で、トラブルは起こさない。
これは名の知れた家に生まれた娘の処世術でもある。
親を見ていれば、社会に出ると様々な人間と関わりを否応でも持たなくてはならない。夫を支えるべく育てられた令嬢達は結婚後、夫君が煩わしい人間関係に巻き込まれず、仕事に専念できるよう心を配る。
裏で何をしようとそれはそれ、表舞台で和やかに場をやり過ごす能力を求められるのだ。
そう説明すると、弘城はなる程、と得心したように頷く。
「簡単に尻尾は出さないか。でも三葉さんに分かりやすい瘴気を付ける失態をする意味は……」
独りごちる弘城に、三葉は黙って従う。
殿方が思案しているときに無闇に話しかけてはならないと、羽立野家の女中から厳しく教えられていた。
更に裏路地を二つほど曲がると、街灯もなく薄ぼんやりとした闇が広がっていた。
「弘城さん、ここって」
「ああ、もうすぐそこだから」
弘城の指し示す方に、ぽつんと古びた看板が立てかけられている。
三葉の背丈ほどもある一枚に墨で『古物商』とだけ古い字体で書かれそれは、他に開いてる店のない裏通りで異彩を放っていた。
「階段が狭いから、気をつけて」
「はい」
弘城に手を引かれ、三葉は地下へと続く狭く急な階段を下りる。人がすれ違えないほどのそれを下りきると、左手に木製の扉があった。
「入るよ」
そう中に声をかけて弘城が扉を開ける。
「わぁ」
思わず三葉が声を上げてしまったのも仕方ない。
天井からは色も形も違うランプが幾つも吊り下げられており、壁には所狭しと絵画や動物の剥製が飾られている。
店内は広そうなのだけど、ごちゃごちゃと物や棚が置かれ狭く感じる。
商品には統一性がなく、巨大な花瓶の横に木彫りの竜の置物。宝石箱の上に手のひらサイズのテディベアが置かれ、その横には夜空を写し取ったような茶器が並べられているといった感じだ。
そのどれもが珍しく、三葉はきょろきょろと周囲を見回す。
全体的に古びたお店だけど雰囲気が良く、不思議とほっとする。
「やあ若様。その子が例のコ?」
棚の奥からひょこりと顔を出したのは、大陸訛りの強い眼鏡をかけた青年だった。
肩より少し長い髪は銀色で、隣国の装いをしている。口調も物腰も柔らかだが、弘城とはまた違ううさんくささがあって三葉は警戒する。
「頼んでおいた品は?」
「できてるよ。いやあ、こんな可愛いお嬢さん連れてくるだなんて、若様も隅に置けないね」
「あの、若様って弘城さんの事ですか?」
「そうだよ。若様とはながーい付き合いで、お嬢さんが知らないことも色々と……」
人好きのする笑顔で近づいて来た青年と三葉の間に、弘城がさりげなく割って入った。
「彼はホン。この店の店主だよ。こちらは三葉さん。大切な方だから、くれぐれも失礼のないように」
「分かってるよ。若様が女性を連れてくるなんて、初めてだからね」
「ホン」
少しばかり不機嫌そうな弘城に驚いていると、ホンは気にした風もなく二人を店の奥にある応接室へと案内する。




