再び蛇!じゃなくて、江奈様登場・3
「うちとしてはあの場で神排を唆した黒幕を引きずり出せればよかったの」
神排を唆したと思われる、彩愛という娘を明興が婚約者として紹介した所までは想定内だった。しかし思い込みで江奈へ「妾になれ」などと馬鹿げた妄言を吐き、娘を溺愛する蛇頭家当主の怒りを買い一悶着が起きたのだ。
「騒ぎに巻き込まれる前に出てくれてて安心したわ。三葉さんが羽立野の娘だって気付かれてたら、何されてたか分からなかったもの」
(そういえば弘城さんも、騒ぎになる前に連れ出すつもりだったとかって言ってたような気がするわ……)
どういった形であれ羽立野家は混乱すると予想はしてたので、三葉の避難先として江奈が匿うつもりでいたらしい。
しかしホテルでの騒ぎが原因で、蛇頭家側も取引先への対応などでとても三葉を迎えられる状態ではないのだと江奈が続ける。
「情報提供があって、蛇頭家が秘密裏に彩愛って子を探ってたのよ。まさかこんなに早く、羽立野家に取り入ってるなんて予想外だったわ」
「あの、江奈様。分からないのですが……どうして私を助けてくれたんですか?」
勢いで飛び出してきたものの、どうしていいのか分からない三葉を車に乗せた江奈は「三葉があの家族の中でまともだ」と言っていた。
しかし正直なところ、意味が分からない。
「自分でも気付いてるでしょうけど、守護狐に認められるのは限られた者だけ。あなたを助けた理由は、全部諦めてる目が嫌だったの。折角神に好かれているのに勿体ないわ」
「諦めてる……」
事実だと思う。と同時に、今まで気付かない振りをしてきた弱い部分を指摘されて胸が痛くなった。
「私の母はあなたのお母様にあった事があると聞いてるわ。気高い方だったって」
「お母さんをご存じなんですか!」
思わず身を乗り出す三葉に、江奈が静かに頷いた。
「花見の宴を催した際に、あなたのお父様が将来を約束した女性だと紹介してくれたんですって。ほら、私の両親は恋愛結婚でしょう? だから後ろ盾になってほしかったみたい。もちろん父も母も喜んで承諾したそうよ。でも程なくして、お二人は羽立野家から失踪したの」
蛇頭家は次期当主が失踪したにも拘わらず、探しもしない羽立野家に文句を言ったようだ。けれど「当主としての自覚が足りない」「あれは勘当した」などとけんもほろろで、まともに取り合いもしなかった。
「羽立野の狐たちは、あなたのお母様を気に入っていたわ。血を重んじる羽立野家の親族から守ろうとしていたけれど……力が及ばなかった。恐らくは神排の者が、なにか呪いまがいの手段を用いたのだろうって、お父様は考えていらっしゃるけど、証拠はないの」
話を聞いていた三葉は、昨夜突きつけられた現実を改めて思い出していた。
頭では理解してるけれど、未だに感情は受け入れる事を拒否している。
「父と母は……神排と叔父達のせいで……死んだんですよね」
「ええ」
冷静に肯定する江奈の声は、下手な同情心を含まない分三葉の思考を乱さない。
「あなたは真実を知って、どうしたいの?」
「……分かりません。……ただ、悔しいです……」
実の両親を殺した人達を許せない気持ちはある。
しかし現実問題として、自分の力だけではどうにもならない。
(蛇頭家や大神家に頼れば、この心のもやを晴らしてくれるかもしれない。でもそれは、私の力ではないし……差し出せる対価もない)
「両親が生きていたらこんな時どうするか、考えます」
「貴女って変わってるわね。こういう時って、復讐とかじゃないかしら?」
回りくどい言葉は使わず、江奈は直接切り込んでくる。
だから三葉も、できるだけ誠実に答えようとする。
「そういう気持ちがないって言ったら嘘になります。でも……決心が付きません」
母は何かあっても相手を憎むような人ではなかった。理不尽に立ち向かうけれど、無用に相手を傷つけたりまして死に追いやることなど望む人でしない。
「三葉さんの気持ちが定まったら相談して。私で良ければ力になるわ。それに、きっと弘城も同じ事を言うだろうし――」
ふと江奈が廊下の方を見遣る。
すると足音が近づいて来て、ゆっくりと襖を開けた。そこに居たのは弘城で、三葉はぽかんとして彼を見る。
「こんにちは、江奈さん」
「早かったわね」
「雀が教えてくれたんだ。三葉さんを返してもらうよ」
「あら、もっとお話したかったのだけど。残念」
江奈は弘城が来ると予想していたのか、驚く様子もない。
「三葉さん、江奈さんと何の話をしていたんだい?」
「無粋ですよ、弘城様」
どこか他人行儀な江奈に、弘城は苦笑で返す。
「そうだね」
にこにこしている弘城が、三葉の手を取る。そして強引に立たせると、腰を抱いて引き寄せた。
「では私たちはこれで失礼するよ」
「あまり三葉さんを困らせて駄目よ」
「江奈様、お茶とお菓子ありがとうございました。美味しかったです!」
苦言に弘城は答えず、三葉は彼に連れられて料亭を出た。




