再び蛇!じゃなくて、江奈様登場・2
「弘城さんと結婚したいご令嬢は、山ほどいるわ。何の利もない契約でも、それこそ妾だってかまわないって公言する方もいるのよ」
確かに、大神家の当主と縁ができれば後の繁栄は約束されたようなものだ。正妻でなくとも子を為せば、それなりの扱いをしてもらえる。
「でも三葉さんは、あっさり断ったでしょう? そんなお嬢さん初めてよ」
だが疑問がある。
家の格が申し分ない蛇頭家が、何故これまで大神家との縁組みに動かなかったかという点だ。それに歌子も、弘城には敵意を剥き出しにしていた。
怪訝そうな三葉に、江奈が考えを見透かしたかのように肩をすくめる。
「私は幼い頃から彼をよく知ってるわ。友人としては信用できるけど、タイプじゃないの。河菜家はそうね……多分だけど、色々情報が入ってくるから。それで近づいても旨味がないって思ったんじゃない?」
江奈は両親が恋愛結婚だった事もあり、娘の意思を尊重してくれているようだ。歌子の事情は三葉にはよく分からなかったけど、それぞれの家の思惑があるのだろうと無理矢理納得する。
「そうだ私、江奈様にお礼をしないと思ってて。先日は大神家に紹介状を書いて頂き、ありがとうございました」
「いいのよ大した事じゃないし」
「でも。守り神を持つ家は、無償での取引ができないんですよね? 弘城さんから聞きました」
お礼の言葉だけでもいいと弘城は言ってたけど、本当に問題ないのか不安だった。
「取引? ああ、守り神の蛇とは話をつけてあるから気にしないで。それにあなたとこうしてお話しができる関係になれたのだから、十分な対価になっているわ」
「はあ」
ここでもまた、「三葉の価値」を持ち出されるがいまいちよく分からない。
「とりあえず弘城からの婚約の提案は、保留にしてるってことなのね?」
頷くと江奈がにいっと笑う。令嬢に相応しくない笑みだが、それでも江奈は美しい。
「それでいいわ。三葉さんには守護狐も付いてることだし、婚約なんていう縛りの強い契約は即断しなくても大丈夫。大神の守り神はその程度じゃ怒ったりしないわ。――女泣かせのあの鈍い男は、少しは痛い目見ればいいのよ」
「いまなんて?」
「こっちの話。……それよりここからが本題なのだけど。あの茶番は想定内だったの。大事にしてしまって、ごめんなさい」
薔薇の香りのする紅茶を一口飲むと、江奈が真顔になる。
彼女の言う「茶番」とは、ホテルでの兄のやらかしだと三葉は察した。
「まさかあんな派手にやらかすとは思っていなかったけど。結果としては良かったのかしらね。時期を見て三葉さんを羽立野から引き離すつもりだったし」
「私を引き離す?」
「明興さんが、完全に神排かぶれになったでしょう? ああなってしまうと、何するか分からないのよ。三葉さんが自主的に逃げてくれて助かったわ」
「そうだったんですか……じゃあ兄との結婚は?」
「周囲が勝手に進めようとしてただけ」
挨拶には三葉も同席させられたけど、食事会は部屋に下がらされていた。
なのでどういった話し合いがされたのかは知らないのだ。
「お父様とお母様は、あくまで仕事上の付き合いしか考えていなかったし。羽立野家へご挨拶に窺ったのも、あなたのお父様がどうしてもって仰って……」
申し訳なさそうな江奈に、三葉は慌てる。おそらく江奈は、三葉の家庭事情を気遣って話を進めてくれている。
しかし昨夜真実を知ってしまったことは、伝えるべきだと考えた。
「私の実家のことは、弘城さんから全て教えてもらいました。今の羽立野家を取り仕切っている男が、叔父であることも知ってます。だから気になさらないでください」
「なら話が早いわね。食事会の際に、正式に婚約は断ったのよ。けれどお節介な連中が煩くてね」
一般的に大きな事業を行う際には関わる家に程よい年齢の独身の子がいれば、「絆を深める」という名目で婚約させられるのがお決まりとなっている。
事業を口実に名家と縁を持ちたい家は多くある。
「それなのに業務提携を発表する場で、強引に私との婚約を成立させようって目論んでいたらしいの。でも土壇場で明興がやらかしたでしょ。だから外堀を埋めようとしてた連中は、顔に泥を塗られたってそりゃもうお冠よ」
羽立野家と付き合いの長かった会社や商家は、明興の行動に呆れた。そしてそれを止めもしない叔父にも愛想が尽きたらしい。
これまでは「神排」を流行かぶれだろうと大目に見ていた者達も、婚約者として出自の知れない彩愛を連れてきたことで相当呆れ返ったようだ。




