ゾンビはレベルが上がった Lv1 to Lv2
3 ゾンビはレベルが上がった! Lv.1 → Lv.2
朦朧とする意識の中、俺はふらふらと道を歩いていた。その道がどこに続いているのか。それは意識していなかったものの、村へと続いていることは分かった。無意識に普段と同じ行動をとっている。こんな体になって、帰れるわけはない。本当に死体になったのか、未だ実感はないものの、動いていない心臓、血の通っていない体は紛れもない現実だった。夜にふらふらと歩いている時点で俺は殺されかねない。夜にそぞろ歩くものを化け物として扱うのは村の掟だった。それは、死体でないものも例外ではない。そものも、死体に適用したという前例だってないはずだ。夜歩くものは殺す。それはいかなるものでも。人であっても。
明かりさえ灯らない、静かな村を見て、俺は、少し懐かしくなった。もしかしたら、帰る場所があるのかもしれないなんて、バカなことを考えてしまった。
村は、日陰のようにひっそりとしていて、そこに誰かがいるような雰囲気さえない。誰もが無機物のように静かに眠る。それもまた、掟、というよりかは、マナーに近いものだった。
村に囲われた柵を越える。魔物が入ってこないようにするための柵は、人には全く効果がない。誰かが見張っているわけでもない。何もないような村に入る盗賊なんてそうそういない。
じゃりっ、と、柵を越え、村に入ると、砂の音が響く。それは誰かに聞かれるほど大きなものでないものの、俺を驚かせるには十分だった。ここは俺の村なのだ、入って何が悪い、と必死に自分を正当化するものの、罪悪感は拭い去れそうもなかった。びくびくと砂の音を気にかけながら、進んでいく。でも、どこに行くのか。家、か?帰ってこない俺を親は心配している?そんなはずはなかった。一日でも帰ってこなければ、死んだことにするような親だってことは分かっている。それに、驚き恐れられては、ショックで立ち直れそうもない。
そう。俺の目的は、村に入ることだけであって、その先はなかった。そのことに気付き、村を後にしようと思ったとき、どこからか声がしているのに気が付いた。その声は朗々とした笑い声だったので、俺には関係ない。だから、驚きはしなかった。でも、気にはなった。
足音をさせないようにゆっくりと声のもとに近づいていく。それは一軒の家で、誰も住んでいないはずだった。
物陰から、こっそりと頭を出し、中を窺う。家の中では、火がくべられており、そこに三人の男がいた。酒でも飲んでいるのか、笑い声が耳をつんざく。よく、誰も注意しないものだと思った。
「いやあ、でもよ。あれは最高だったな。」
男の一人が言った。そいつが誰であるのか俺は知っていた。そして、どうして誰も注意しないのかという理由が分かった。男は村長の孫であったのだ。
「ほんと、とんだ間抜けだぜ。」
一人が村長の孫であることが分かれば、他の二人も誰であるのかが分かる。いつも村長の孫とつるんでいる者たちだ。
「まさか首を吊るなんてよ。」
はっはっは、と一同は笑い出す。それは人が死んだのを悲しんでいるようには決して見えない。
「はあ。でも、死んじまうと、残念だぜ。次は誰をいじめるのか考えなくちゃいけねえ。」
頭が真っ白になる。何故だろう。どうして体が震えているのだろう。
「でも、あれほどの間抜けはいないんじゃねえの?俺たちが後ろからこっそりついてきてることに気付いてなかったしよ。まあ、お蔭で面白いものが見れた。股の下濡らしてよ。死ぬ時まで恥をかき続けたな。アイツ。」
男たちは俺をいじめていた奴らだった。そいつらは俺が死ぬときも俺を笑いものにしていた。自分たちのせいで誰かが死んで、そのことを何とも思わない。あまつさえ、誰かを俺と同じ目に遭わせようとしている。
俺の目から涙は――落ちてこなかった。
それでよかった。
涙は諦めだった。怒りを抑える枷だった。怒りに震える体を必死で抑え込んでいたのだ。
でも、今はもう、涙は流れてこない――
俺は一歩一歩、炎に向かって歩いていった。
男たちは最初、怪訝な目で俺を見たが、俺が何者であるのが分かると、一瞬怯んだ。でも、それは一瞬だった。
「なんだ。お前。死んでなかったのかよ。」
俺を下に見て、見下した物言い。それはいつもの態度であった。
「いや。死んだで。」
俺は不敵に笑ってやろうと口を歪ませる。だが、上手く笑えなかった。怒りが、俺の表情を不自由にした。
「は?何言ってんだ?」
いつもと違い物怖じしない俺に男たちは少し不気味に思ったようだが、それで恐れる輩ではなかった。向かって来る俺をいつものように殴り倒そうと、立ち上がる。
そう。それでいい。
それは、とても簡単なことだった。ただ、首に手の届くところまで間合いを詰め、首に手をかけ、ぐりっと首を回すだけ。壁にかけた面を外すように簡単だった。一瞬後に、村長の孫は魂持たぬ物質と成り果てた。そして、すぐさま、次へ。目を丸くして、なにが起こったのか分かっていない男の首を、ぐるり、と回転させる。ぼきんという音とともに、男は地面に倒れる。驚いた表情のまま、物質となった。
「う、うおあああああ。」
最後の男は逃げた。俺の頭は驚くほどに冷静だった。すぐさま、足元の火を踏み消す。足が熱くなる。ゾンビになると痛みも熱さ寒さも感じない。だが、感じた。きっと、熱で腐敗が進んだのだろうと思った。でも、構わなかった。
男は周りが急に暗くなり、パニックになり、足元をすくわれた。暗くなっても俺にはその様子がよく見えた。
「やめ、止めてくれ!」
泣きながら懇願する男に怒りなどなかった。俺をいじめていたのは主に村長の孫で、目の前の少年は、ただ、悪ふざけ程度だったはずだ。
俺は尻もちを搗き、動けなくなっている男に近づき、かがむ。そして、片手を男の頬に触れる。それは愛しいものに向かって愛撫するような手つきで会った。
俺は言う。
「命ってのはなあ、もう取り返しがつかへんのや。一回死んだらもう生き返らへん。死体は死体のままなんや。」
きっと男は俺が何を言っているのか理解できなかっただろう。
俺は恨みのままにもう片方の手を男の頭頂部に沿え、ハンドルを回すように、感情のままに振り切った。
男はしぶとさも何もなく、人形のように力を失って、この世を去った。
俺はふらり、ふらりと数歩歩いた後、糸が切れたように、地面に両膝をつく。
ピロリロリロリン。空虚な勝鬨のように、俺の脳内だけに音が鳴る。
レベルアップ!
そんなもの、もう、どうでもよかった。
俺の目の前には、穴の開いた棒先があった。中身がなく、どこまでも深い穴が、黒い光を放って俺の目先を見つめている。
「私はハンターだ。ゾンビを狩る、ゾンビ。人を殺したものを罰する。」
フードのついたローブを着た男が棒先を俺に突き付けていた。ぼんやりとした頭でも、それがなんであるのか分かった。それは銃。動物を殺す道具。
「これは銃。人を殺す道具だ。」
なんの皮肉だろうと俺は思った。俺はもう人ではない。ゾンビなのだ。
「人を殺した気分はどうだ。清々しいか?」
どうしてそんなことを聞いてくるのだろう。そんなもの、決まっているじゃないか。
「なんでこんなに虚しいんやろか・・・」
呟くように言った。俺にはもうこの世界などどうでもいいように思えた。
「俺はどうすればいい。」
聞いても仕方ないのに、聞くほかなかった。もう、俺に残されたものなど、何もないのだから。
先客はばさり、と勢いよくローブを脱ぎ、俺に被せた。先客がローブを脱ぎ、そのローブが俺の視界を塞ぐまでのわずか一秒。ローブの男は紛れもなく、女だった。
「生き続けろ。生き続けるほかに、お前がお前であり続ける方法も、罪を償う方法もない。」
それはすらすらと女の口から出てきた。まるで何度も練習したように流暢で、セリフを述べているように聞こえた。その実、言葉から漲る決意が、彼女自身の心から述べられた言葉であると実感できる。
女は背中を向ける。その堂々とした背中を前に、俺は決断を迫られている気がした。ついていくか、留まるか。生きるか死ぬか。
俺は大きく息を吸う。その行為自体に意味はない。死んだ体に酸素など必要ない。これは気合を入れる意味合いだ。
「俺はついていく。アンタの背中に。」
女は何も言わなかった。何も言われずとも、俺はついていくことにした。