若きベイルの悩み
誰も春が死んだことを知らず、冬がすぐに終わるだろうと高をくくっていた頃のお話。
ゾンビはレベルが上がった!
1若きベイルの悩み
この国に不死の軍が迫っていた。春が死に、冬も死んだ年から数年。それでもまだ、戦乱は続いていた。そんな折、この大陸に突如として不死の軍が登場した。不死の軍はどこの国の軍なのかも分からず、あらゆる国に攻め入った。
不死の軍の詳細は誰にも分からない。何故なら、不死の軍に遭遇した者は、例外なく生きては帰ってこなかった。分かっていることは、不死の軍は夜に攻め入る。それだけで不死の軍は優位であった。
夜は基本戦闘を行わない。いや、行えないのだ。大きな月が出ていても、暗い中では足元が不安であり、どの国も明確なルールではないが、夜に攻め入るなどという愚行はしなかった。だが、不死の軍は違った。まるで夜でも目が見えているかのように、軍を蹴散らし、国を亡ぼす。しかし、日が上ると、煙のようにどこかへと去って行ってしまう。
これは噂でしかないが、不死の軍は本当に不死者が戦っているというのだ。銃弾も効かず、剣で切り裂こうとも、もろともせず襲いかかってくる。そんなバカな話はない。
だが、それを信じてしまうほどに、不死の軍は恐ろしかった。
ところで、俺の名前はベイル。傭兵だ。傭兵といっても、今回が初めての戦闘で、よりによって、不死の軍が相手。無茶苦茶だ。
でも、俺は戦わなくてはいけない。
春が死に、冬が死んでまた生き返るまでの二年間、母親は自分の食べ物を子どもたちに譲って、俺たちを育ててくれた。まだ、安定しない食糧事情の中、手っ取り早く稼ぎ、母親を楽にしてやるためには、傭兵が一番だった。傭兵といっても、国が民間人を雇って、戦わせているに過ぎない。訓練された軍人は捨て駒としか思っていない。だが、ここで武勲を立てれば、俺は軍人になれるかもしれないし、運が良ければ勇者にだってなれるかもしれない。春と冬を生き返らせたのも勇者だと聞く。それだけで俺は興奮してしまう。
でも、怖くないわけがない。不死の軍を倒せるものなんて存在しない。結局死にゆくのだ。
俺がいる詰所には何人もの傭兵がいる。俺とは違いベテランという感じの屈強な戦士たち。そんな中で、俺は浮いていた。
槍を磨いているもの、肩慣らしに剣武を披露しているもの、そして、全身を隠すような鎧を着て、日陰で眠っているもの・・・
そいつはどうも眠っていないらしかった。窓から差す夕陽を避けて、のろのろと移動している。酒にでも酔っているのだろうか。
夕陽を避けながらこちらへとにじり寄ってくる。俺は関わり合いたくなかったので、避けようと思ったが、できなかった。周りの傭兵の緊張感は半端ではなく、不用意な行動を起こそうものなら、槍で一突きされそうだったのだ。
鎧の男は俺にぶつかった。男は言った。
「すまん。少年。その場所を譲ってくれないか。陽が、陽が差してくる。暑いんだ。」
変わった男だった。でも、声を聞くに俺とそう歳は変わらないのかもしれない。鎧で変に反響して聞こえたので、もしかしたら、俺よりも若いかも。
「はい。どうぞ。」
老人みたいに振舞っているので、俺は仕方なく場所を譲った。男はそれで満足したのか、大きく息を吐いた。
「ありがとう。少年。見た限りだと、あまり戦闘をこなしていないようだが。」
この場で初めて、なんて言えるはずがない。でも、この男に話しておいたら、もしかしたら助けてくれるかもしれないと思った。もしかしたら、俺以上に使い物にならないかもしれないが。
「初めてなんです。」
鎧に口を近づけて、誰にも聞かれないように答えた。
「そうか。それは怖いだろう。」
そんな言葉を掛けられて、俺は泣きそうになった。
「あなたも怖かったですか。」
「それはね。でも、戦闘で人を殺すより先に、無防備な子どもを殺すのが最初だったから。」
やっぱり、傭兵というのは恐ろしい。でも、俺はこの男に興味を持った。貧民である俺が成り上がっていくには、戦って、殺すしかない。強くなるヒントがこの男にあるのではないかと思ったのだ。
「今までどのような経験をされてきたのですか?」
「聞きたいかね、小僧。」
小僧と言われて俺はムッとなった。声からするに俺と歳が離れていない奴に小僧などと言われたくない。
「癇に障ったかな。俺も新人の頃、同じ年頃の奴にそう言われて、ムッとしたもんなあ。」
そう言って男が語り始めたのは、おっさんなどがする昔の武勇伝などではなく、にわかには信じがたい、それでいて何故か心惹かれる不思議な話だった。