やくそく
――という事があったんだ。今まであった天王寺さんとの出来事を一から十まで全て話し、ようやく信頼を取り戻した。
「大和さんとゆかりちゃんはお友達だったんですね……よかった」
なんとか信じてもらい、風原さん宅にお邪魔した僕。
「お友達ではないわ、この男が勘違いしてるだけ。美月ちゃんのところでも遭遇するなんて……もはや腐れ縁だわ」
アールグレイの紅茶をスプーンでかき回す天王寺さん。
「どうしてゆかりちゃんがここに?」
僕も紅茶に砂糖を入れ、スプーンでかき回す。
「え、えとですね……ゆかりちゃんとは小学校から同じだったんです。これから通う高校も同じで……」
「なるほど、幼馴染って訳か」
「は、はい……」
ぎこちなく答える風原さん。
「こんな男に構ってる暇はないわ。早く行きましょう」
「そ、そうだね。もしよかったら大和さんもどうでしょうか? これから『ローズマリーの約束』を見に行くのですが……」
風原さんは視線を天王寺さんに送ってみるが、天王寺さんは気に食わないのかそっぽを向いた。――『ローズマリーの約束』、20代の新鋭若手監督が手がけたという作品で、日本のみならず海外でも高評価を得ている。とくに10代の女性に人気が高く、さまざまな雑誌やメディアでも取り上げられている映画で、流行に疎い僕でも知っているほどの作品だ。映画の謳い文句はこれを見ずして愛は語れない、だ。愛どころか恋もろくにしらない僕でも理解できる映画なのだろうか。
「その映画っていま流行ってるラブロマンスの映画だよね。気にはなっていたけど」
正直興味はある。友達を誘って見に行くのはいいが、男だらけでラブロマンスを見るのは気が引ける。だからといって一人で見に行くのもなんか寂しい。
「もしよかったらどうでしょう?」
好意で誘ってくれてるのだろうが、天王寺さんからは来るなオーラが全身から漏れ出している。ここは申し訳ないが断っておいたほうが二人のためになるだろう。
「お誘いは嬉しいけど、これから友達と会う予定があるんだ」
「そうですか、残念です」
風原さんは肩を落として残念そうな反応を示した。更に手に持っていたカップをちゃぶ台に置いて天王寺さんに頭を預けた。
「――その男、嘘をついているわ」
突然放たれた言葉の矢に、思わずドキリとして体が跳ねてしまう。
「どういうこと?」
風原さんは頭を持ち上げて目をきらきらとさせた。天王寺さんは紅茶を一口含み、飲み下した。
「言葉の通りよ」
僕は逃げ場を失ったネズミのようになった。落ち着きを失い、その場で上半身だけ右往左往させる。
「なるほど、私たちに悪いと思って気を遣われたんですね。気になさらないでご一緒しましょう」
風原さんは嬉しそうに手を顔の前で合わせ、ニッコリと表情を作った。
「い、いやぁ……」
どうしていいか分からなくなり、玉虫色の反応をしてしまう。こんな場合はどう対応すればよいのだろうか。コミュニケーション能力に長けている人なら一緒にいくのだろうか、それともうまい言い訳で回避するのだろうか。
「違うわ、私たちと一緒するのが嫌なのよ」
核心を貫かれる。分かっていてもそれを口に出すとは……僕は混乱する。
「そうなのですか? 大和さん……」
今にも泣き出しそうな風原さん。
「そ、そんなことないよ! 映画すごく見に行きたい! けど……」
「私なにか嫌われるようなことしましたでしょうか……。もしかして紅茶が気に障らなかったのでしょうか。ごめんなさい……」
風原さんは俯き両手を太ももに当て、肩を張って涙を流し始めた。
「風原さんは悪くないよ! 僕に問題があるだけで……」
スカートを涙でぽたぽたと濡らしている。天王寺さんは相変わらす来るなオーラを放っているが、僕は決意した。
「ごめん、本当は二人に悪いかなって遠慮しただけなんだ。もしお邪魔でなけでは一緒に行ってもいいかな?」
「もちろんです!」
ぱぁっと風原さんの表情が明るくなった。もちろん行かないという選択肢もあった。一番波風を立てない解決方法だろう。しかしそれでは僕と風原さんの間にできた亀裂はそのままで、埋めるチャンスもそう訪れないだろう。ましてや天王寺さんにこれから何を言われ続けるか分からない。これをチャンスと捉え、少しでも距離を縮めたい。
「……」
天王寺さんは無言のまま紅茶を啜っている。しかし先ほどまで放っていた負のオーラは一切ない。
「16時上映の回を見に行くので、もう少ししたら出発しましょう」
先ほどまで涙流していたとは思えないほど、まぶしい笑顔をしている風原さん。テレビや雑誌で得た映画情報を頼りに『ローズマリーの約束』を話題にして時間をつぶした。




