27話 魔術大祭⑬ 火影の原点
「火影は本当に怒りっぽいな」
兄は私の攻撃を軽くあしらいながら、そう言った。
「攻撃が直線的すぎるぞ。そんなだと•••••こうなっちゃうわけだ」
私の大振りを回避して流れるように私の首へ木剣を軽く当てる。
覚えているような、覚えていないような、そのぐらいの朧げな記憶。そんなものを、なぜか今思い出した。
「兄さんは、なんでそんなに強いんですか?」
「なんで強いか、か。難しい質問だな。第一俺はそんなに強くないよ」
「そんなことはありません。兄さんは十分強いですよ」
それに比べて、私は———。
「そうだな、まあ努力はもちろんとして、いま火影が聞きたいのは才能とかじゃないだろうから•••••」
兄はいつも、私の質問などには真剣に考えてくれた。
「感情の制御っていうのかな。さっきは火影のことを怒りやすいって言ったけどさ、俺だって戦闘中怒ることぐらいある。問題はその感情をどうコントロールするか、だ」
感情の、コントロール•••••。
「怒りを抑えろ、ということですか?」
それは光祐にも言われたことだ。だが、さっきの戦いでは抑えることを意識しすぎて返って動きが鈍くなった。
「そうじゃ無い。もちろん、怒らないというのも人によってはいい方法かもだが、火影には多分無理だろうし」
「では、どうしろと••••••」
「だからコントロール、さ。無理に抑えるのは逆効果だろうから、その怒りをどう扱うか、どこに向けるかが重要なんだ」
「どこに向けるか?」
「そう。お前は闇雲に怒りを全体に振り撒いている。それじゃ狙いは定まらないし、周りが見えなくなってしまう。それじゃただの狂戦士だ」
つまり、何が言いたいんだ?私は兄の言葉がいまいち理解できていなかった。きっとこの話を聞いた時もそうだったんだろう。だから忘れていた。
「自分を見直してみろ。怒りに支配されず、怒りを支配する。最後に、何度も言うがその怒りは決して悪いものじゃ無い。時には怒りに身を任せるのも良いだろう。どう付き合うかは、お前次第だ」
* * *
「自分を見直す、怒りを支配•••••」
痛む体を起こして、私は顔を上げる。
目の前には2人の人影が。周りは炎が燃え盛り、焦げついた匂いで咽せそうになる。
「さあ、さっさとトドメさして次行くわよ」
「うん」
暗殺者がこちらに近づいてくる。
また、暗殺者に負けるのか。許せない。私は、こんな屈辱のためだけに、これまで頑張ったんじゃ無い。
これまでの日々が走馬灯のように駆け巡る。今ここで、負けてしまえばこの全てを否定されてしまう。それだけは嫌だった。そんなことになったら、きっと私は立ち直れない。
「強く、もっと•••••」
考えた。どうすればこの状況を打破できる。逃げしかない。普通に考えて、2体1で満身創痍なんて逃げ以外に生き残る術は無い。なのに、その考えは、大きな炎に燃やされてしまう。
そして、そんな考えを持ったという自己への嫌悪から、その炎はさらに火力を増していく。
こんな•••••こんなことになるなら、怒りなんて感情、私には•••••必要••••••••。
———その怒りは決して悪いものじゃ無い。
私はそうは思えない。この感情は、戦う上でノイズにしかならない。
これまでの人生でだって、とても邪魔だった••••••邪魔、だった••••••?
「本、当?」
私はこれまでの人生を振り返る。もはや意図的かも、単なる走馬灯かもわからないが。
魔術師に憧れて、鍛錬を積み、見限られ、耐えられなくて、一矢報いようと、努力して、努力して、努力して努力して努力して努力して努力して。
「••••••あ」
これまで私が積み上げてきたもの。それら全てを思い出して気づいた。
私の人生は、そのほとんどが、怒りを原動力としている。私の努力は全て、この感情が始まりなのではないのか。
これまで重たく絡みつき、邪魔だと思っていた鎖は私にとっての、目標であり、意味であり、すべての原点なのだと。
「ははは•••••」
この怒りを受け入れろ。
「ははははははは•••••••」
重たい鎖が身体中に絡みつく。
重たい。辛い。今にも膝をつきそうだ。でも、心地よい。この重さを乗り越え、支配した時、自分はどれだけ強くなれるのだろう。
想像するだけで、笑いが止まらなくなる。
「あははははははははははは—————————!」
そして私は、目の前の壁に目をやった。
* * *
不気味だ。
ついさっきまで何かに悩んでいるようで、一方的にやられて満身創痍だった奴が、急に笑い出した。
「嫌な予感がする。早く仕留めるわよ」
「うん———」
美代が返事をした瞬間、目の前の女が消え、隣から声が消えた。
恐る恐る己の背後に目を向ける。
そこには炎を纏いながら、美代の頭を鷲掴みにする火影の姿があった。
美代の体が光と共に消えていく。
まさか、この一瞬で倒したと言うのか?さっきまで死にそうにうずくまってた奴が?
そいつは美代が完全に消えると、私の方を見た。
「——————!?」
背筋が凍るような思い。私はその目を見た瞬間、全力で後ろへ飛んだ。
それが功を奏した。次の瞬間、目の前には火影の拳があった。後ろに飛んだことで直撃を避け、防御の隙ができた。
「何が起こっているの?」
理解が追いつかない。が、目の前の奴が何かとてつもない進化を遂げようとしているのはわかる。
やらなきゃ、やられる!
私は影をナイフの形にして構える。
火影は先ほどほどじゃないが、ものすごい勢いで迫ってくる。
「くぅっ!」
体を捻り、初撃を回避して、カウンターでナイフを突き立てる。
が、刺さることはなく、“陽炎”か発動する。
それは知っている。それは一度限りの回避技、読むのは容易い!
自分の真後ろへと攻撃する。そこには確かに火影がいた。刺さる、勝った!
だが、ナイフが刺さることはなかった。
「!?」
「後ろ」
弾かれるように後ろを振り向いた。が、どの動きもすでに遅く、重い蹴りが腹部に突き当たった。
骨が軋む音と共に、体が吹っ飛び、数本木々を薙ぎ倒す。
「2度目の陽炎、まさか、この一瞬で使えるようになったと?ありえない。あなたに一体、何が起きたと!」
「怒りをコントロールできるようになった。いや、支配した」
「怒りを、支配?」
何を言っているのかはわからないが、彼女に劇的な変化が起きなことは理解した。
不知火家の神童、不知火不炎の陽炎最高連続記録は10回。まあ、彼はまだまだ連発できそうと言った感じですが。
それを踏まえて、彼女は連続で何回出来るかを考える。おそらく5回。
夜霧は影のナイフを大量に作り、弾幕のように投げる。
火影は数本叩きをとしたが、避けきれずに陽炎を発動する。
1回、2回、3回、4回、5回。
5回目が終わった瞬間、私は火影すぐそこに近づき、ナイフを振りかざす。
ギリギリで避ける火影。
だが、狙いはそれではない。今の行動から、陽炎は5回が限度だと言うことが確定した。
次で仕留める。
私はそのままの勢いでナイフを振り回す。
火影は杖で弾きながらも、陽炎を使い出す。
1、2、3、4、5!
刺さると確信し、ナイフを振りかざす。手応えはある。が、あまりに軽い。ほぼ当たっていない気さえするほどだ。
「そんな••••••」
6度目の陽炎。
完全な死角。火影からのカウンターを避けることは出来ず、その一撃をもろに食らった。
まさに致命傷。私はその場にばたりを音を立てて倒れた。
「まさか、6度目とは。この一瞬で、成長したとでも言うのですか」
「そう言うこと」
「私は最後まであなたの成長を見切れなかったというわけですか。まったく、恐れ入りますよ」
体が光となって消えていく。負けてしまったのは実に悔しいが、次こそは勝つと、闘志が消えることは無かった。
「ま、暗殺者が闘志を持つのはどうかとも思うのですがね」
残念ながらここで退場です。まあ、仕事はこなしました。後はお任せします、スピネルさん。




