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第22話【過去】プロポーズ


飛ばした人向けの前回までのあらすじ

第二皇子のクズさに呆れていたら、もっとクソな第一皇子との邂逅!

強力な魔法を使ってアリアナをいじめ抜いたよ!最後に殿下の声が聞こえたよ!一体アリアナどうなっちゃうのー!?


 ――とても静かだった。規則的な機械音のみが響いている。

 何かふかふかなものに包まれている。

 さっきまでの地獄とは違う。

 温かい。”ここ”は安心できるところだ。

 きっと目を開けても大丈夫。


 アリアナが目を開けて飛び込んできたのは白い天井だった。

 続いて、モーリスの心配そうな顔。


「アリアナ! 起きたの?大丈夫?」

「ん……」

「ちょっと待ってて、殿下呼んでくるから!」


 バタバタと忙しない足音、数秒後に「殿下―――!! アリアナ起きたよ―――!!」という、建物中に響き渡りそうな大声が聞こえてきた。


 身体中が痛い、特に顔、というか、鼻。

 身体を起こそうとしても痛みで起きられない。

 見覚えのない白い天井、隣りにある仰々しい機械からは無数のケーブルが出ていて、アリアナの身体につながっていた。規則的な音はこの機械から発せられていたらしい。

 数日前にモーリスに案内してもらった第三騎士団の医務室ではない。あそこはベッドと薬棚しか無かった。安静にして、自己治癒に任せる、そういう部屋だったはず。

 ならここはどこだろう。知らない場所だ。ぼんやりと考える。


「いたい」

 声に出したら余計に痛くて泣けてきた。涙を拭いたくても、腕が動かない。

(どうなったんだっけ、殿下が最後にきてくれた気がする)


「アリアナ!」

 エリオットが入ってきた。顔には申し訳無さを浮かべている。

 ボロボロのアリアナを見て、今にも泣きそうな、苦しげな顔をした。


「殿下、助けてくださって、ありがとうございます」


 アリアナの感謝の言葉を聞いて、エリオットは余計に苦しそうな顔をした。

 エリオットが来てくれなかったら、きっとアリアナはパヴェルに殺されていた。

 殺されていたとて大した問題にはならなかっただろう。


 ベンジャミンの手を借りてなんとか状態を起き上がらせた。説明も受けたが、鼻と肋骨が骨折、あとは全身打撲とのことだった。

 全身にさらしが巻かれてがっちりと固定されているわけである。

 医務室に居るのに臭いが全然しないな、と思っていたら、鼻が骨折していたからだったのか。顔に触れてみるとガサガサとした感触。ガーゼが顔に貼り付けられているようだった。


 エリオット、ベンジャミン、そしてモーリスの顔を見ては、と思い出す。


「お菓子、もらったのに……」

 アレクシスの従者からもらったお菓子のことを思い出してしまった。

 本当だったら、いまごろ四人で食べていたはずだったのに。

 パヴェルとの邂逅で潰されて、ゲロにまみれていたのだ。捨てられててもおかしくない。


 その言葉にモーリスは目をそらしながら「あー」と言った。

 ベンジャミンがわざとらしい咳払いをした。

 ベンジャミンも目をモーリスと同じ方向に目をそらす。

 見てみればそこにはあの日のパッケージと同じお菓子が山積みで置かれていた。朝から並ばないといけない数量限定で高級なお菓子を、こんなに大量に。

 それどころか隣には花や、騎士団でもめったに使われないような高性能な治療薬が箱で積まれていた。


「どうしたの、これ。ベンジャミン様が買ってくれたの?」

「いや、違う。匿名で置かれてたんだ」

「匿名?」

「……ここは第一騎士団の医務室だ。第三騎士団の医務室は設備が整っていなくてな。悩んだんだが、ここのほうが高度な治療を受けられる。普段は使わせてもらえないんだが……特別に、と申し出があって――」


 なんとも歯切れの悪い回答だ。

 ベンジャミンは、それ以上なにも言わなかった。

 アリアナは、脳裏に可能性が一つ浮かび――慌ててかき消した。

 あんな男が、自分に何かを施しを与えた、なんて、そんなの認めたくなかった。

 こんなに痛い思いをしたのだ。絶対に許せない。だけどお菓子に罪はない。無いと思う。なら食べようとはならないけれど。


 そんな葛藤をよそに、モーリスがアリアナの横辺りに座る。寝台が重さでキシリと音を立てた。

「アリアナ、あーん」


 モーリスは既にパッケージを開けてアリアナの口の前にクッキーを差し出した。

 差し出されたものはしょうがない。このまま置いといても痛むだけだし。これは「匿名」からもらったものではない。モーリスからもらったものである、アリアナは自分のそう言い聞かせて差し出されたものを食べた。


 さくさくでバターが効いてて美味しい。ナッツもたっぷりと入っていて香ばしくて絶品だ。

 思わず笑ってしまった。美味しいものは人を元気にする。

 アリアナが大人しく食べているのを見て、モーリスが満足そうに笑う。


「そうそう、怪我とか病気なんてね、美味しいもの食べなきゃ治らないんだから」

 そうかもしれない。アリアナはクッキーをもぐもぐと咀嚼しながら、地獄から落ち着ける日常へと帰ってこれたことを実感したのだった。


 ***


 それからしばらく。アリアナは熱が出たり、引いたりを繰り返した。

 十三歳の誕生日は奇しくも第一騎士団の病室で迎えることとなった。

 何度か第一騎士団の女性医師が来て様子を見てくれたが、経過は順調とのことだった。

 だが、この医師はアリアナをさり気なく勧誘しようとしてくるので、ベンジャミン、モーリス、エリオットの三人体制で防御シフトを組むことになった。勧誘の気配を感じたら慌てて追い出したが、それでも懲りずにやってくるのだからたちが悪い。

 アリアナは喜んで女性医師と話しているので、彼女の訪問を断る、ということはできなかった。

 医師を手配してくれたのは大変ありがたいが、同じくらい迷惑なことである。


「どれだけ言葉を尽くしてお医者様に誘われたところで、今更パヴェル殿下についたりしませんよ」

 誰のせいでこの怪我したと思っているんですか。とアリアナがぼやいた。

 秋の国から輸入した魔力還癒炉まりょくかんゆろのおかげで、傷の治りは早く、痛みも抑えられている。

 魔力を体外に排出し、「治癒」の属性を加えて再び体内に還す――そんな仕組みの高性能治療装置だ。国内での生産はなく、価格も高額。国内で稼働しているのは、ほんの数台しかない。

 それをなんの見返りも無しに貸したということは、パヴェルの中で少女に拷問まがいのことをしでかした事に多少思うところがあったのだろう。それが「罪悪感」という感情なのかはわからないが。


「アリアナ、本当にごめん。本当だったら、事前に兄上の魔法とか性格を警告するべきだった」

 エリオットは二人きりになった時、アリアナに謝罪した。


「……兄上が男に対して非道なやり方を取るのは知ってた。でも、第一騎士団には女性がほとんどいないし、いたとしても高位貴族ばかりで……これまで女性を暴力で従わせる必要なんて無かった。君のことも、そこまで酷いことにはしないと思ってた。……見誤った」


 尊大な振る舞いで、自分の能力を誇示する。ただし、それはアリアナではなく、他のものに対して――そうなるだろうと思っていた。


 だが現実には、彼女にも同じことをした。

 今まではそれでも人がついてきた。強い魔力というのは、人をどうしようもない程に魅了するのだ。


 すべての人間が、自分のやり方を賛美してついてくる。そう信じて疑っていない。

 他人を尊重するという発想が、彼には決定的に欠けている。


 もしそれができていれば、ここまで皇位継承がねじれることはなかった。


『パヴェルが、アレクシスとエリオットの存在を赦し、弟として扱い、生存を許す』


 それだけで、皇位は自然と彼の手に転がり込んだはずだった。

 エリオットと違って彼の後ろ盾は国内でも有力な侯爵家だ。

 パヴェルは皇位が自分の手に転がり込んで来ないのは「優柔不断な皇帝陛下」「邪魔な弟たち」「使えない部下たち」が原因だと思っているが、彼の内面に問題がある。


 アリアナの件も同じだ。

 積極的に懐柔をして「第一騎士団に入れば、弟の命は助ける」――そう取引を持ちかければよかったのだ。

 アリアナはそれを受け入れていただろう。皇位を手にしてから弟を排除することもできたはずだ。

 パヴェルのそばで長年働けば、そのカリスマ性に魅了されるか、あるいは部下としての情が湧いただろうに。その頃にエリオットを殺すように命令していたら、きっとアリアナは苦悩しながらも実行しただろう。彼女にはそれだけの力がある。

 そんなこともできない。というか、発想がない。

 犬の躾のように、恐怖と暴力で支配し、自分の言う事を聞かせる。それしか兄には手札がない。

 だからこそ、パヴェルは駄目なのだ。


「男の人にはああいう扱いをしてるってことですか?しかもそれで勧誘成功してるってことですか?」

 やばいですね。この国。そう言ってアリアナが笑った。

 笑った時に、折れたところが響いたらしく、「いてて」と身を捩らせた。

 数日前までの「このまま死んでしまうんじゃないか」と思うほどの大怪我に比べたらこうして談笑もできるようになった分、安心できる。

 何年にも続くこの国の問題を「やばいですね」の一言で済ませたことにエリオットもつられて笑った。


『殿下がどうやって女の子を口説くのか、楽しみにしていますよ』

 脳内で従者が笑ってそう言っていた。

 いまこそその時だが、見られなくて残念だったな。


「アリアナ」

 エリオットはアリアナの横たわるベッドの傍らに膝をつく。


「僕についてきてくれとは言えない。もし、パヴェル兄上が皇位を継いだら第三騎士団は全員殺される。

 ……だから兄上を選んでほしいって気持ちがあった。君に死んでほしくない。それは今も変わらない」

 口の中が緊張でカラカラに乾いている。これから言うことが、まるで告白のように思えてとても恥ずかしい。

 でも、言わないといけない。


「それでも、君を兄たちに渡したくない。――僕を、選んでほしい」


 我ながら横暴だと思った。

 十三歳の女の子に「君は将来、自分と一緒に殺されるかもしれない。それでも自分を選んでほしい」なんて。そんな未来しか用意してあげられない自分を悔やんだ。


『自分が皇位を継いだら、彼女にもっといろんな未来を用意してあげられるかもしれないのに』

 見て見ぬふりをしていた可能性が、静かに頭をもたげた。

 エリオットはパヴェルやアレクシスを粛清しようとは思わない。

 むしろ、パヴェルには騎士団の総団長、アレクシスには宰相か外交員をやってもらいたい。

 アレクシスのように臣下に任せきりにはしない。

 兄たちに目をつけられたくないから主張していないだけで、彼自身、国内トップクラスの魔力量を保有している。

 第三騎士団のメンバーも事あるごとに「殿下が即位すればいいのに」と言っている。

 それでも、エリオットが頑なに皇位を継ぐことを拒否するのは、自分が皇位継承争いに加担することで、国内が三分割され血が流れるからだ。

 いつも夢に見る。

 政治的対立に巻き込まれて命を落とした母と姉のこと。

 不審な点がたくさんあったにもかかわらず、争いを嫌う皇帝がろくな調査もせず「事故死」としたこと。


『第三騎士団のうち誰かが死ぬ』


 それも、自分が「皇位を継ぐ」と宣言したせいで。

 そんな未来が訪れるかもしれないということがエリオットにとっては耐えきれなかった。

 まだ、彼には勇気が足りない。自分の選択によって、誰かを犠牲にする勇気が、兄たちと対立する勇気が。

 だから今回もちらりと浮かんだその可能性をかき消し、代わりに眼の前にいる少女の答えを待った。


 アリアナは茶色の瞳を細めて、エリオットのプロポーズに応えた。


「殿下のところがいいです」


 続けて握りこぶしを掲げて明るく言った。


「もし、パヴェル殿下が皇位を継いだら皆で亡命しましょう。私、そのためにいっぱい訓練します」


 国でもトップクラスの魔力保持者に言われたら心強い。

 そんな未来がくればいいのに。そう願わずにはいられなかった。



次回からまた現在編です

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