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第20話【過去】第二皇子

 ハートが見える。ピンクのハートが、部屋を飛び交っている――ような気がする。

 アリアナは眼の前の光景を冷たい目で見ていた。


「えーっと、君がアナナナスだっけ?よろしくね!」

 アレクシスは赤茶色の髪をかき上げながら笑った。赤褐色の瞳から邪気は感じられないが、浅はかさを隠そうともしない。軽薄そうなその雰囲気は、エリオットと腹違いの兄であることが信じられない。

 エリオットが「絵本の中から出てきた王子様」だとすれば、アレクシスは「酒場でナンパする酔っぱらい」が近い。


「殿下、アリアナ嬢です。ブレメア家の」

 従者がアレクシスに耳打ちした。

「えー、あー! ブレメア家?面白いよねえ。あそこ。うちもさーイライラした時にわざと偽の情報を流して騙されてるところを見てよく笑ってるんだけどさー」

「殿下!」

 アリアナは曖昧に笑って誤魔化した。眼の前のアレクシスの机の上にはお菓子の食べかすと、きれいなお姉さんが半裸でポーズを取っている本が山積みだった。

(せめて片付けておけ!)

 心のなかでそう毒づいた。


 エリオットからこの国の内情について説明を受けてから数日後、アリアナは第二王子、アレクシスの執務室を訪ねていた。

 アレクシスより会合のお誘いがあったからだ。

 これにより、自分は値踏みされる。そして自分も相手を見極めるのだ。そう思って気合を入れて臨んだ。

 人格者のエリオットが推す皇子だ。きっと素晴らしいのだろう――そう思っていたが、数秒がその願望は打ち砕かれた。


 アレクシスの執務室は八割が女性だった。女性を積極的に登用する先進的な職場という訳では無い。彼女たちは、アレクシスがご機嫌で仕事をするための観賞用の騎士なのだ。

 殆どが女性なのに、彼女たちはぺちゃくちゃ喋っているか、アレクシスの周りをうろうろしているか……一部は真面目に仕事しているようだが、大半がまともに仕事をしているようには思えない。

 代わりに男のデスクには大量の書類が積み上がっている。彼らはこちらを見る余裕すらないようだ。どこか鬼気迫る様子で仕事をしている。

 唯一、アレクシスの傍らに控えている従者だけが主人の言動に肝を冷やしつつ、アリアナの様子を心配そうに眺めていた。


 アレクシスといったら数秒に一回は周りにいる女騎士にウィンクをする。

 ウィンクをされた女騎士は頬を染めて「キャー!」と顔を赤くして喜んでいる。


(ピンク……)

 女騎士たちの格好は防御力が無いに等しい。性能よりも美しさを優先して作られた衣装は、夜会のドレスの方が近い。

 アリアナは戦場を経験したことは無いが、それでも分かる。この格好で戦場に出たら一秒で命を落とすだろう。


(戦わない騎士もいるって言ってた。名誉騎士というか。実務専門というか。その人が味方にいるっていう事実が派閥にとって大きな力になる)

 アリアナが見る限りでは、彼女たちはそういうわけではなさそうだ。


 そんな事を考えていると、アレクシスがアリアナに向かってウィンクを飛ばしてきた。ふわふわと浮いたピンク色のハートは、アリアナにぶつかる前に弾けて消えた。そんな妄想が見えた気がする。

 途端にアレクシスは「あれ?」という顔をする。

 もう一度ウィンクされたが、ピンク色のハートがアリアナの頭にコツンとあたって弾けて消えた、気がした。


「あれぇ?君子爵家の子でしょー?なんで効かないんだろう」

 本気で分からないようで首をかしげていた。

「殿下! 彼女は魔力量が格段に高いんですよ。事前にエリオット殿下に資料を頂いていたでしょう」

「あはは、そうだっけ。だから効かないのか。その資料どこやったっけ?」


 エリオットが「得意魔法」とだけ言っていたのはこれか。察するに、アレクシスの得意魔法とやらは魅了なのだ。

 皇族から血統が離れるほど――具体的には平民や低位貴族は魔力量が低い傾向にある。

 アレクシスの得意魔法は高位貴族やアリアナのように生まれつき魔力量の高い相手には効かないのだろう。


「魔力量が多い子が入ってくれる分には大歓迎だよ!」

「……アレクシス殿下、もし、私が第二騎士団に入ったとして、私に何をのぞみますか?」

 無駄だろうな、と思いつつも一応聞いてみた。

「えー……なんだろうなー……。」

 そう言ってアレクシスは「うーん」と腕を組んだ。

 そして、長いこと考えてようやく思いついたようだった。

「ああ! 魔力量が高いなら臣下の奥さんになってもらおうかな。結婚してさあ、子どもいっぱい産んでもらって、そしたら次代にも魔力受け継がれそうだし!」

「殿下!」

 従者が頭を抱えてしまった。

 ベンジャミンよりも苦労性な人を始めて見た。アリアナは従者の彼にとても同情してしまった。

「別に僕のそばにいるだけが騎士の仕事じゃないしね。名誉騎士っていうの?いるだけで兄上に対する牽制にもなるだろうし。普段は家を守ってもらって皇位争いが激化したら戦ってもらおう。女の子たち、死んじゃったら可愛そうだしね」

 そう言ってアレクシスは部屋にいる女の子にウィンクをし――当てられた女騎士が黄色い歓声を上げた。

 続けてアレクシスは「奥さん、愛人が必要な」貴族の名前をあげ始めた。

 あげられた名前の中に、アリアナの父がアリアナを売る先として考えていた貴族の名前が入っていて閉口した。

「……」

 これは、無い。

 第二皇子に忠誠を誓ったとして、家にいたときと未来が変わらない。むしろ、皇位継承の内乱に加担することになる分、悪化している。

「僕が即位したあとは第三皇妃になるとかでもいーよ。その場合、子どもは産まなくていいかな。争いの種になるだけだから。あ! でも安心してね。その場合は臣下に貸し出して女性としての楽しみは――」

「アリアナ嬢! 本日はありがとうございます! 殿下はこれより急用があるとのことですので、これにて失礼しますね!」


 耐えきれなくなった従者が強引に会話を切り上げてきた。彼は数少ない、まともな倫理観がある人間らしい。

 アリアナは礼を言って部屋を出た。早くこの部屋から出たかったからちょうどよかった。


 無い、あれだけは、無い。

(あれだったら殿下が皇位を継いだ方がいいとおもう)


 本人に才能が無いのはまだ良い。周りが努力すればいいからだ。


 総じて、「現実が見えていない」に尽きる。

 想像力も、魔法も、組織も。すべてが中途半端なのだ。

 仮にアリアナがアレクシスの言う通り、高位貴族の嫁になったとして、妊娠していたら内乱に参加出来るわけがない。

「魔力量が多い子が入ってくれる分には大歓迎」と言いつつ、「高位貴族の嫁にする」という采配には疑問が残る。

 それをアリアナが喜んで受け入れることを疑っていない。


 アレクシスの得意魔法――魅了は訓練すれば高位貴族を魅了することだって出来るだろう。

 彼のそばにいるのは、従者を除いたら魅了魔法にかけられたものばかりだ。彼本人に魅力はない。

 エリオットの話しぶりを考えるに、彼は「できれば自分を選んでほしい。そうで無いならパヴェル」という感じだった。アレクシスについては話題にすら上がらなかったのだ。彼自身が推しているのに、だ。

 いっそ、彼が自分の魔法の才覚を自覚して、弛まぬ訓練を積み、パヴェルにも魅了を掛けられるような人間であったならエリオットの話も変わっていただろうに。


 何より、周りに彼の駄目なところを指摘できる人間が居ないのも問題だ。

 従者だって「殿下」と諌めるだけで「具体的に何が悪いか」を言わなかった。

 せめて事前に「方針」だけでも相談していたらもっと変わっていただろう。

『高い魔力を持つ人材は貴重だから積極的に懐柔しましょう。台本はこれです。これ以外は話さないでください』とかやれば良いのだ。積極的に懐柔する必要が無いなら最初から呼ばなければ良い。


 考えれば考えるほどイライラする。

 エリオットが素晴らしい人であるだけに、どうして「これ」が皇太子の有力候補なのかと。


「アリアナ嬢!」

 呼びかけられて振り向く。先程まで部屋で頭を抱えていたアレクシスの従者がいた。

「先程は殿下が申し訳無かったね……」

 従者は膝をついた。高位貴族であろう従者が、アリアナのためにわざわざ膝をついたので驚いた。

 誠意の欠片もないアレクシス、その従者とは思えない行動だった。

「よかったらこれを食べてくれ。内緒でね」

 そう言って箱を強引に手渡された。

 見覚えがあるパッケージだ。

 確か数日前におやつで出された際に、モーリスが「帝都で超人気の焼き菓子! 並ばないと食べられないのよ。超高級品だわ〜!」と嬉しそうに言っていた。その時のお菓子はベンジャミンからカツアゲしたらしい。


「ありがとうございます」

 アリアナはぺこりと頭を下げた。こういう時にはそうするものだと、モーリスに教えてもらった。

「不愉快な思いをさせてしまった詫びだ。あんな人だけれど、選んでくれたら君が不愉快な思いをしないように最大限努力する」


 従者はそれだけ言ってアリアナの頭をぽんぽんと撫でた。

 きっと彼は年下の扱いに慣れているのだろう。さっきまですさんでいたアリアナの心を解きほぐすような、優しい手つきだった。

 そのまま、アリアナが何かを言う前に、来た道を走って帰ってしまった。


 従者は分かっている。アリアナが第二皇子派に入ることでどれだけ今の状況が変わるか。

 だから中途半端なお菓子ではなく、なかなか手に入らない最高級品をわざわざ手配してくれたのだ。


(周りは悪い人ではないんだろうけどな〜)

 第二皇子を見ていると、この国大丈夫か、と思わずにはいられなかった。

 ――まさかこの後に、「もっと無い」候補と邂逅することになるとも知らずに。


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