第22話「竜也組、再始動」
翌朝の城下町。
桶狭間の戦勝からまだ数日だというのに、町中は活気にあふれていた。行商人は声を張り上げ、子どもたちは「竜也組ごっこ」と称して泥だらけで拳を振るっている。
その一角、竜也組の面々は空き地に集まっていた。
新次郎が先頭に立ち、頭を下げる。
「竜也殿。俺たち……もっと拳を鍛えたいんです。あの戦で思い知りました。あんたの拳はただの喧嘩じゃねぇ。命を救う拳だ。俺らもそれを身に刻みてぇ」
竜也は腕を組んで見回した。全員が泥にまみれた甲冑のまま、真剣な眼差しで自分を見つめている。
「……ったくよ。俺はただタイマンが好きで拳振るってるだけだぜ?」
そう言いながらも、胸が熱くなる。
「だが、教えるくらいなら構わねぇ。拳の握り方、腰の据え方、殴る時の気持ち……全部叩き込んでやる」
竜也の宣言に仲間たちが歓声を上げ、地面に膝をついて「押忍!」と叫んだ。
◆
まず竜也が見せたのは、拳の握り方だった。
「小指から順に力を込めろ。親指は中に入れんな、外に添えて固定しろ。こうすりゃ骨折れねぇ」
指を折り曲げて拳を作って見せる。仲間たちが真似し、竜也は一人ひとりの拳を叩いて直していった。
次に、竜也は腰を落として構える。
「殴るのは腕じゃねぇ。腰だ。足の指で地面を掴んで、腰の回転を拳に乗せろ」
ドンッ!
竜也が丸太を一撃で叩き割ると、仲間たちの目が丸くなった。
「すげぇ……」
「腕力だけじゃねぇのか」
「ボクシングじゃな、足の踏み込みで威力を倍にすんだ。空手じゃ腰の切りで骨まで砕ける。柔道なら体重ごとぶつけて投げられるし、ムエタイなら肘と膝が武器になる。全部混ぜりゃ――戦場でも通じる拳になる」
竜也は泥を蹴って立ち上がった。
「ただし忘れんな。拳は喧嘩道具じゃねぇ。仲間を守るために振るうんだ」
◆
稽古が始まった。
竜也の怒号が飛ぶ。
「腰が高ぇ! もっと沈めろ!」
「足が止まってんぞ! 動きながら打て!」
「気合いがねぇ拳に誰がビビるか! 声出せ、声ぇ!」
新次郎が汗を飛ばしながら拳を突き出す。
「おおおッ!」
続いて他の仲間も次々と泥に拳を叩き込んだ。
拳が地を打つ音が連なり、やがて一つの轟きとなって広場を揺らした。
◆
夕暮れ。
全員が息を切らし、拳は赤く腫れ上がっていた。だが誰一人弱音を吐かない。
竜也はそんな彼らを見回し、ニヤリと笑った。
「お前ら……いい面構えになってきたじゃねぇか」
新次郎が拳を掲げ、仲間たちに呼びかける。
「俺たちは竜也殿に教わった! 拳で乱世を切り拓くんだ!」
全員の拳が夕日に照らされ、赤く輝いた。
竜也は照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「群れは嫌いだ。だが――お前らは違う。背中を預けられる仲間だ」
その瞬間、竜也組の絆はさらに強く結ばれた。
泥と汗にまみれた拳が空に突き上げられ、まるで狼煙のように乱世に響き渡った。




