第21話「勝者の帰還」
尾張へ戻る織田軍の行列は、戦の疲れを隠せぬ姿ながらも、胸を張っていた。
桶狭間で大軍を打ち破ったという大戦果は、すでに国中を駆け巡っている。道の両脇には人々が押し寄せ、兵たちに歓声と餅や酒を差し出した。
「見ろよ、竜也組だ!」
誰かが叫ぶと、民衆の声が一気に大きくなる。
「竜也組! 竜也組! 拳で戦をひっくり返した英雄だ!」
手拭いを振り、子供たちは目を輝かせ、若い衆は「兄貴ィ!」と叫び、娘たちでさえ頬を赤らめて手を合わせる。
竜也は面食らったように首を掻いた。
「……なんだよ、いつの間にか“組”になっちまってんぞ」
隣の新次郎が肩を揺らして笑う。
「そりゃそうでしょう。あんたがいなきゃ義元討ちなんざ夢のまた夢でしたから」
「はっ、俺はただ拳振るっただけだ。討ったのは信長だろ」
そう言いつつも、竜也の胸にじわじわと熱が広がっていく。
――拳で、戦が変わった。
それは誰もが否定できぬ事実だった。
◆
清洲城へ帰陣すると、広間には祝いの膳が並び、兵も家臣も口々に勝利を語った。だが、竜也は浮かれ騒ぐ輪から離れ、城壁の上に立って城下を見下ろしていた。
夜空には星が瞬き、遠くで太鼓や笛の音が響く。民衆の喜びが国を揺らしていた。
竜也は拳を握り締める。
「……俺の拳が、あの大軍を退けた。喧嘩じゃねぇ。歴史を変える一撃だった」
その実感が胸を突き動かす。これまで“タイマン”といえば自己満足だった。だが今は違う。拳ひとつで、仲間を守り、未来を切り拓ける。
◆
そこへ信長が姿を現した。膝下まである黒い羽織を揺らし、凛とした影を落とす。
「竜也。人々の声を聞いたか」
「……ああ。どうやら俺も“武将扱い”らしい」
竜也は照れ隠しのように笑った。
信長は静かに頷き、城下を見下ろす。
「桶狭間は始まりにすぎぬ。この乱世は、これからさらに荒れる。だが――」
信長は竜也の拳に視線を落とした。
「その拳があれば、我が軍は何度でも道を切り拓ける。喧嘩小僧ではなく、戦国の力としてな」
竜也は無言で拳を掲げ、夜空へ突き上げた。
「上等だ。俺の拳で、もっとデケェ奴らとタイマン張ってやる」
◆
翌日、竜也組の面々は城下町の外れに集まった。
勝利に酔うことなく、全員が「もっと強くなる」と誓い合ったのだ。
新次郎が声を上げる。
「竜也殿! 俺たちも拳を磨きたい。教えてくだせぇ!」
竜也は腕を組み、ニヤリと笑った。
「教えるっつっても、俺が知ってんのはケンカの殴り方と、ちょっとばかし格闘技の真似事くらいだぜ」
「それでいい! あんたの拳で俺らはここまで来たんだ!」
仲間たちの目は真剣そのものだった。
竜也は腰を落とし、拳を握る。
「じゃあ基本からだ。拳は突き出すんじゃねぇ、“腰と足”で打ち出すんだ」
ドンッ! と地を鳴らし、重たい音が響く。
「見たか。腕だけじゃねぇ。体ごとぶつけろ。それが本物の拳だ!」
仲間たちも真似し、泥に拳を突き出す。
「違う、もっと腰を落とせ! 足の指まで地面に喰いつかせろ!」
竜也の怒号に、皆の拳が次第に鋭さを増していく。
◆
夕暮れ、汗と泥にまみれた竜也組が拳を突き合わせた。
「竜也殿、あんたは“群れは嫌いだ”って言ってたな」
新次郎が笑いながら言う。
「けど、俺たちに背中を預けてくれてる。だから俺たちはついていけるんだ」
竜也は少し照れくさそうに鼻を鳴らした。
「群れは嫌いだ。けど……お前らは違う。拳を信じ合える仲間だからな」
その言葉に仲間たちは胸を熱くし、泥だらけの拳を高く掲げた。
「竜也組! 天下を拳で切り拓け!」
夕陽に照らされた拳の群れは、まるで新たな乱世の狼煙のように赤く輝いていた。




