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戦国タイマン録  作者: やしゅまる


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第20話「乱世の拳」

桶狭間の戦いから一夜が明けた。

 雨に洗われた谷は血の匂いを残しつつも、澄んだ朝靄に包まれていた。

 鳥の声が戻り、昨夜の死闘が夢だったかのように静けさが広がっている。


 竜也は丘の上に立ち、拳を見つめていた。

 血と泥で爪の間まで汚れたその拳。

 昨日までただ喧嘩の道具に過ぎなかったそれが――今は違って見える。


 「……この拳で、歴史が動いたのか」

 呟きは靄に溶け、胸の奥が熱くなる。

 喧嘩もタイマンも、これまでは自分の意地のため。だが昨夜は違った。

 仲間を守り、信長を通し、天下の道を開いた。


 拳が、乱世を変えたのだ。



 焚き火の跡に仲間たちが集まってきた。

 新次郎はまだ肩に包帯を巻いたまま、だが笑顔を浮かべている。

 「竜也殿、もう“ただの乱暴者”なんて誰も言いやしませんぜ」

 「そうだ。俺たちも信じてる。竜也殿の拳で天下を獲れるってな」

 仲間の一人が力強く頷き、拳を突き上げる。


 竜也は苦笑し、後頭部を掻いた。

 「拳で天下、なんざ大口叩いた覚えはねぇよ。ただ……」

 拳を握り締め、真剣な目で仲間たちを見渡す。

 「ただ俺は、もっとデケェ奴らとタイマン張りてぇ。それだけだ」


 その言葉に仲間たちは笑い、拳を重ね合った。



 やがて、織田信長が姿を現した。

 昨夜の戦勝報告を終えたのだろう、甲冑を脱ぎ、肩には薄布を羽織っている。

 だがその眼差しは鋭さを失わず、燃えるような闘志が宿っていた。


 「竜也」

 呼ばれた名に振り向くと、信長は静かに告げた。

 「乱世はまだ始まったばかりだ。義元を討ったとはいえ、今川の残党もいる。斎藤、浅井、武田……強敵は山ほど控えておる」


 竜也はにやりと笑った。

 「上等じゃねぇか。だったら、もっとデケェ舞台でタイマン張れるってことだろ」


 信長は微笑を返し、近づいて拳を差し出した。

 「この乱世、拳で切り開け。お前の拳は、ただの喧嘩では終わらぬ」


 竜也は力強く拳をぶつけた。

 音が朝靄に響き渡り、仲間たちも歓声を上げる。



 その夜、尾張に戻った織田軍は勝利の酒盛りに沸いた。

 だが竜也は酒の輪から抜け出し、城の庭で一人、月を仰いでいた。

 「……俺の拳、どこまで通じるんだろうな」


 思い返すのは暴走族との抗争の日々。

 「群れなんざダセェ」と叫んで、たった一人で敵に突っ込んだあの頃。

 だが今は違う。信長がいる、仲間がいる。

 “タイマン”の意味すら、自分の中で変わってきている。


 ――タイマンは、己一人のためじゃない。

 背負った仲間や信念ごとぶつけ合い、勝ち取るもの。


 竜也の拳が、そう教えてくれていた。



 翌朝、信長の号令で軍は再編を始めた。

 兵も家臣も昨夜の勝利に酔いしれながらも、すでに次なる戦を見据えている。


 その中で竜也は仲間を呼び集め、大声で叫んだ。

 「よし! 次はもっとデケェ奴とタイマン張ってやる!」


 その言葉に兵たちが振り返り、笑いと歓声が湧き上がる。

 「竜也殿のタイマン、見届けようじゃねぇか!」

 「次はどこの大名を拳でぶっ倒すんだ!」


 笑い声と鬨の声が入り混じり、尾張の空に響いた。

 竜也は拳を高く突き上げ、太陽を睨みつけた。


 ――拳が導く乱世は、まだ始まったばかりだ。


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