その114 歓迎されていない女勇者
サキュバスクイーンは雪女と狐女に任せ、私はベルゼブブと共に亜空間ゲートへと向かっている。
魔び舎でくたばっている右腕の奴め、私の手を煩わせやがって、本当いい度胸をしてやがる。
この煮え滾る苛立ちは、右腕に発散する以外にないな。
様々な発散法を考えてる私だが、隣でラブラブオーラを放つベルゼブブが、とにかく五月蠅い。
自分の近況報告やら趣味趣向、私の好きなところトップ100を延々と早口で語りやがってるんだ。
忍耐力のある私でさえ流石に耐え難く、奴の周りだけ音量オフにしてやった。
何も気付いていないベルゼブブに、適当に相槌を打っていると、亜空間ゲートが見えてきた。
「ん? ゲート前に大きなゴミが放置されているな……一体どこの誰が捨てやがっ……あ」
簀巻きの右腕が、無様に横たわっていただけか。
張り紙には達筆な字で、生ゴミと書かれていたが、ボスサキュバスの仕業だろうな。
それにしても、途中で行方不明になった竜人王の奴は、一緒じゃないようだな。
まぁ正直どうでもいいが、とりあえず右腕の奴を起こしてやるか。
苛立ち発散も込めて、景気よく頬をぶっ叩いてやった。
「はぶぇ?! はっ! ゆ、勇者様?! そ、それにべ、ベルゼブブ様も!」
「魔界に行くぞ」
「へ?」
「新魔王様に二度も説明させるな。一度で理解しろ」
「ひょへぇ……って、何で簀巻きにされてるんですか!?」
「知らん」
理解能力が乏しい右腕は簀巻きのまま歩かせ、魔界ゲートのある魔王城本城最下層へと移動した。
重厚な両扉を開いた先には、黒い液体が蠢く厳ついゲートがあった。
「これが魔界ゲートか……」
「新魔王様! な、何かあるとあれなんで、わ、我の手を取って下さい!」
「ん? あぁ」
何故か恋人握りをされたが、人間の私が五体満足で通れるか分からんからな、これでいいだろう。
「あの……行かないんですか?」
「お前が先だろ、さっさと行け」
「ぎゃ?!」
私の美脚蹴りでゲートに飲み込まれた右腕の気配が、綺麗さっぱり消え去ったぞ。
やはり魔界は、ここの世界とは丸っきり別次元に存在するという事か。
右腕が犠牲になったが、実際にはこの身で経験しないと意味がない。
つまり右腕は犠牲損って訳だな、ふふふ。
物は試しとゲートを通ろうとしたが、ベルゼブブが無駄に多い手で、私の半身に抱き付いてきやがった。
「キャー♪ 通るの怖ぃ~♪」
「……私はぶりっ子が大嫌いだ」
「嘘です。ごめんなさい。もう二度としないので大嫌いにならないで下さい!」
「む、無駄にデカい体でしがみ付くな!」
ここで無理やり引き剥がそうものなら、本当に嫌われたと思い、ギャン泣きする可能性大だ。
これ以上面倒ごとは御免だ、このままベルゼブブを抱えてゲートを通ってやる。
お姫様抱っこをしてやり、キャーキャー騒ぐベルゼブブを無視し、ゲートを通ってやった。
一瞬、目の前がうねったが、すぐに正常な視界になった。
視界が開けて早々に、ここが魔界であると分かったのは言うまでもない。
魔界の全貌かは定かではないが、全体的に暗闇に包まれ、色とりどりな炎が至る場所で燃え盛り、発展した大都市が不気味に照らされている。
そんな大都市の中心部には、魔王城が犬小屋に見える程の、もはや山脈級の城が聳えていた。
もっと禍々しいイメージだったが、魔界の雰囲気としては満点だな。
とまぁ、そんな魔界に来た私だが、足を踏み入れて早々、歓迎されていないのも分かった。
私の目の前に、羽の生えた手足の長い、赤肌の魔の者が数十体に、鋭利な長槍を向けてお出迎えされてるからだ。
幸いにも私が魔界の景色を観察出来るぐらいに、連中からは手出しはしないようだから、今の内に甘々なベルゼブブに連中が何者かを聞いてみた。
「なぁ、ベルゼブブ」
「えへへ~なんですぅ~?」
「目の前いる赤肌の連中は何なんだ」
「へ? ふぁ!? し、新魔王様! 大変に名残惜しいですが、一度我を下ろしてくれませんか!」
お姫様抱っこされているのを見られたのが、よっぽど恥ずかしかったようだな。
適当に下ろしてやったベルゼブブは、瞬時にキリッと姿勢を正し、上司らしい面構えになった。
「守護デーモン達よ、何故ここにおるんじゃ」
『ハデス様の命により、現魔王である人間を無限牢獄へと幽閉する為です』
「私を幽閉だと」
「な、何かの手違いじゃろ?!」
『ハデス様の命は絶対です。現魔王を庇うのであれば、ベルゼブブ様であろうと処罰が下ります』
「な!?」
ベルゼブブの動揺っぷりからして、守護デーモンは本気なようだな。
ハデスの野郎がその気なら、真っ向から受けてやろうじゃないか。
「投獄される前に一ついいか」
「し、新魔王様! もう一度よくお考え下さふぁぷぅ!?」
指先で口を塞いだベルゼブブには、ちゃんと言っておかないとな。
「ベルゼブブ。私はお前を巻き込みたくない」
「きゅ、キュキューン! 新魔王しゃま……あいちてる……」
どんな状況であろうと、マイペースを貫き通すベルゼブブは尊敬に値するな。
このまま無限牢獄に幽閉されようと、私は必ず脱獄し、この足でハデスの下へと赴いてやるさ。
ベルゼブブも納得してくれた事だ、今の内に守護デーモンに右腕がどこに行ったか聞かねばな。
「コホン……守護デーモン。元魔王はどこ行った。私達より少し先に、こっちに来た筈だ」
『我らが舞い降りた時には、何もいませんでした』
「……そうか。やはりゲートを通った際に、存在諸共消え去っ……ん?」
「ど、どうしました新魔王様!」
「右腕の奴、守護デーモンに踏まれてやがる」
「あ、本当ですね。所詮、誰にも気付かれない虫ケラだったって事ですね!」
酷い言われようだが、実際に踏まれてやがるんだから、何も言う事はない。