通行許可
私達は、サクラギの街の領主館への道を歩く。合計十人も居るのでちょっとした集団だ。マツメツさんにコスプレと評された3人と私、そしてフランさんがいるので奇異の視線がかなり集まっている。
何人かが居心地悪そうに足早に進むので、領主館まではすぐだった。
領主館はお城の隣に建設されている比較的新しい建物。機能性重視といった印象で、かなり質素である。一応この街で一番偉い人が居る場所のはずなんだけど。
私達は門番の前で立ち止まり、ユリアが代表して要件を伝える。
「あのー、関所の通行許可を貰いに来たんですけれど」
「旅人か。通行許可なら、領主館を入ってすぐ右の部屋だ」
どうやら彼が取り次いでくれたりはしないらしい。私達は特に止められることもなく領主館へと入った。扉を開けた瞬間に紙とインクの香りが漂う。
職員と思しき人物が大量の書類を抱えて廊下を歩いていた。あの書類、一体どういった事が書いてあるのだろうか。
私達は指示された通りに右の扉を開けて部屋に入る。そこには受付らしき机と、その奥で暇そうにしている男性職員の姿があった。
ユリアは臆することなくずかずかと部屋を進む。
「失礼しまーす」
「……どういったご用件で?」
「関所の通行許可ください!」
ユリアの言葉に男性職員は一枚の紙を差し出した。ユリアとは別パーティなので私も代表として同じものを貰う。
それは一枚の地図だった。サクラギ城地下の経路図。地図には赤い印が四カ所付いている。
「赤い印のある場所には印章が置いてあります。地図にそれを押して、ここまで持ってきてください。通行許可はそれから発行いたします」
「おっけー! 任せて!」
時間制限も特になく、単に判子を押して回るだけのスタンプラリー……ではもちろんない。これは関所の向こうでもやっていけるかという実力の証明だ。第1エリアの集大成とも言える。
私達は領主館の外に出て城門を目指す。地下には城の中庭から降りていくようだ。
その地下への入り口は分厚い扉で厳重に閉じられている。門番に地図を見せると、鍵の付いた閂が外されその入り口は開放された。
その階段には灯りはついているが入り口から深いところまで見渡すことはできず、奥からは何かが唸るような音が響いている。
「じゃ、ここで一旦お別れだね。また後で!」
ユリア達はそれぞれ私達に声をかけて下への階段を下っていく。私はその後ろ姿を見送ると、カナタさん達を振り返った。
「じゃあ、私達も行こうか」
***
「さて、城の地下に入ったわけだけれど……どこから行こうか」
私は長い階段を下りながら、ショールに地図を見せる。隊列を組むと位置が近いので、彼女とは何かと話しやすい。
ショールは地図をチラリと見てからため息を吐いた。
「……あなたが楽な道を知っているならそこへ行きましょう。想像より長そうです」
「残念だけど私も初めて来るんだよね」
「では、道案内はシトリンに任せましょう。私達は警戒担当なのですから」
そう言って私から地図をひったくると、後ろを歩いていたシトリンに渡す。
今まで行先は私が決めていたけれど、確かに誰かに道案内を任せるのは良さそうだ。特にここは入り組んでいる。左右の別れ道どころか上下の移動も多く、迷いやすさも一級品だ。何故かシステムのマップ機能が使えなくて面倒だし。
「え!? 私が道を決めるんですか……?」
「早くも最初の分岐ですよ。どちらへ行きますか?」
ショールの言葉通り、階段の途中の踊り場で道は二つに分かれていた。片側は螺旋階段で下へ、もう片側は横方向に続く道だ。私が先程地図をパッと見た感じだと、最初にどの印章を狙うかで道が変わる。横に一つ、下に三つだったかな。
シトリンは地図の道順を指でなぞりながら、現在の道を見比べる。
「えっと、左……ですかね」
「では、左に行きましょうか。近道で頼みますよ」
私とショールは左の廊下へと進む。
そしてすぐにその影を発見した。吹き出すように影が持ち上がり、形を変える。
モンスターだ。
「数は二体。様子見しながら戦ってみますか?」
「そうだね……まずは私が前で。ショールは援護ね」
「了解しました。手短にお願いします」
この廊下は地下とは思えないほどに広いので、連携には何の問題もないだろう。
私は白い煉瓦の床を蹴って、モンスターに肉薄する。
そのモンスターは藁でできた案山子のような姿をしている。束ねた紐が人間の姿になったかのような、そんな姿だ。顔は布でできていて、見る者を馬鹿にしているような剽軽な表情をしている。
名前は“試作999”。この城で作られていた魔導兵器らしい。
その案山子は私が接近するより素早く、長い腕を鞭のようにしならせて撃ち付ける。
速いが、来るとわかっていれば十分に避けられる速度だ。事前情報で非常に速いと聞いていたので心配していたが、この分ならば大丈夫そうだ。
私は鞭の動きを読んで弄月を振り抜く。二枚の刃がゴムのような素材でできた体を叩き斬った。適当な場所に当てたが黄色エフェクトだ。どうやら全身弱点らしい。
私は体を回転するように攻撃を続けるモンスターの腕を躱して、連続で斬り付けていく。攻撃が大振りで動きが読みやすい。私との相性はいいかもしれない。
楽しくなってきている私の後ろから、ショールの槍が突き出されてモンスターの隙を作る。私はそれに合わせる様にスキル雪の舞を発動した。
二体居た内の片方の試作999が闇に解け、残った方を見やれば光の鳥と逆巻く炎によって跡形もなく消えて行くところだった。
「何とかなりそう、ですね」
「数が問題かな。速くて堅くて長いから囲まれたら厄介極まりない気がする」
「……速くて堅くて長い、囲まれる……」
「え? 何か変なこと言ったかな?」
「いえ、あなたが言うと卑猥に聞こえるなと思っただけです」
「酷くない!?」
というか、ショールそういうこと言うんだ……初めて冗談聞いた気がする……。仲良くなってきたのか、嘗められてきたのかは分からないが、出会った頃より距離が格段に近くなった気がする。私達は二人並んで先へと進んだ。
時折さっきと同じモンスターが現れるが、幸い4体以上で出現することがないので何とかなっている。私が3体同時に足止めしてもいいし、ショールも1体くらいならば十分足止め可能なので、そうしている間に後列に処理してもらうという流れが出来ている。
「あ、また分岐だよ。シトリン、これどっちかな?」
「えっと、これが最初の地点から4つ目の分岐だから……右です、か?」
「……右だね?」
私はシトリンの道案内にちょっと心配になりつつも廊下を進む。
この白い煉瓦は妙に柔らかく、足音が響かない。そんな嫌な静けさの中、どこかから何かの叫び声のようなものが聞こえてきた。
今までもその音は何重にも反響して響いていたのだが、今回はなぜか近くに感じて思わずびくりと肩を震わせる。そんな姿を横目で見ていたショールは、少しだけこちらに歩み寄って声を潜める。
「これが何の声か、知っていますか?」
「……このお城の地下で実験されてた“被験者”がまだ徘徊しているらしい、とは聞いたことがあるかな」
「この城が使われていた時代って……それ、生きているのですか?」
「“死ににくく”なってるみたい」
「なるほど。鉢合わせしたくはないものです」
かなり強いので戦うだけ無駄と言われるその敵は、同じルートをずっとグルグル回っている。徘徊ルートは地図に載っているので遭遇せずに進むこともできるし、鈍いのですぐに後ろへ逃げ出せば余裕で逃げられるらしい。
しかし、姿が見えず苦痛に耐えかねるような叫びだけが響いているこの場所はちょっと怖い。
私達は最初の印章を目指して歩みを進めるのだった。




