phrase.20「期待していない人間は、そんなこと言えないだろ」
縦に並べられたテーブルには、銀の燭台や大皿が並べられている。
バイキング方式で自由に取れるようになっていて、料理の種類も豊富。こんがり焼いた鳥の丸焼きの中に米が入っていたり、花びらが咲いているように見えるサラダなど、視覚的にも面白い。
芳ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、自然と涎が口内に溢れる。タダ飯にありつける学園の食堂は、多くの生徒が重宝している。勿論、紫苑もその内の一人に数えられる。
大広間のような多目的ホール。
このひらけた場所は、全生徒を収納できるほどの面積を持っている。他にも食事を取れる場所は、『学園区域』『住居区域』『商店区域』にもあるが、この食堂が一番近かかった。
小皿に乗っている肉をナイフで切り分け、フォークで肉を突き刺しながら、紫苑は疑問を呟く。
「前から思ってたけど、こうも露骨に避けられてると食べづらいよな」
「そこまで豪快に食べてるのに……いまさらッスか」
座る場所は自由席。
だからこそ、塊っている紫苑とアシュレーの二人は異質。その傍には誰も近づこうとはしない。少し怯えたような瞳をしながら、遠巻きにしている。
「フイファン先輩の力は絶大ッスからね。当然、こうなるッスよ」
「でも、ここまで露骨にやられるとちょっとな……」
「何言ってるんスか。最強クラスである『三竦み』の三人の力はまさにバケモノじみてるッス。その中でも、フイファン先輩は最も派手にやらかす人ッスからね。その『隷属』と仲間も、そういう目で見られて当然ッスよ。……でも、むしろこの状況の方がアッシにとっては好都合ッス」
「……なんでだよ?」
ワイングラスに入った飲み物は紅色。
紫苑は怖々と飲むが、どうやらアルコールは入っていないらしくほっとする。
「色なしっていうのは、それだけで阻害されるッスからね。もしもフイファン先輩がいなかったら、アッシ達は何をされてたか分からないッスよ」
確かに、周りを見ると堂々と食べているのは、上位の色をしているバッジをしている人間ばかり。他の色なしの連中は、こそこそと隅で食べているような印象を受ける。
アシュレーは、憎々しげに厚い肉にフォークをブスリと突き刺す。
「……ただ、操術ってやつは、どれだけ巧みに操れるかって代物ッスからね。それは上の人間になればなるほど、他人を容易に操ることができるってことッス。だから旦那は、フイファン先輩には完全に心を許さない方がいいッスよ」
咀嚼をしながら、アシュレーは話をしてくる。
口内の砕かれた食べ物が見えてしまって、マナーも何もない食べ方。
不愉快そうに顔を歪めながら、紫苑は食べる手を止めて話す。
「……許すも許さないも、フイファンは俺の『操術師』だからな。フイファンを疑うなんて、考えもしていなかった」
「だからこそッスよ。その気になれば、『操術師』は『隷属』を完璧に操ることもできるッス。独立した『隷属』なんて、『国斬り』先輩以外に聞いたことがないッスからね」
紫苑が手を止めたのを見てとったアシュレーも、ナイフとフォークを置く。
アシュレーは声を落とすと、
「……そうッスね。誰かが誰かを裏切ることなんて、それこそざらなんスよ。だからこそ、アッシは他人を疑いたいんス。他人を信じることがしんどいのなら、いっそ最初から誰も信じなければいいんスよ。そうすれば、ずっとずっと楽に生きれるんス」
周囲が騒いでいるせいで、まるでここだけ切り離されているように感じられる。
楽しそうに騒いでいる中、ここにいる二人だけは真剣な顔つきになっている。こんな話をする場所ではないからこそ、周りは二人のことを気にしていない。
だからこそ、きっとアシュレーは饒舌に話せている。
そして、……アッシ、ひねくれてッスよね。でも――、と言葉を紡ぎながら、
「『他人を信用をしている』とか口に出す人間に限って、『友情』だとか『信頼』だとか目に見えないものを押し付けるッス。そして、それが自分の考えと少しでも合わなかったら『裏切り』だとか言ってくるんスよね。そんな身勝手な偽善者になるぐらいだったら、アッシはずっとひねくれ者でいいッスよ」
アシュレーの口ぶりは、自分の過去の体験を通して言っているようだった。
でも、どこか引っかかった紫苑は、アシュレーの持論に口を挟む。
「……なんだか聞いてると、アシュレーって本当は他の誰より、他人に期待してるんだな」
「はあ? なんでッスか? 旦那ちゃんと話聞いてくれてたッスか?」
アシュレーは目に見えるほどに狼狽する。
「本当に期待していない人間は、そんなこと言えないだろ」
紫苑は誰かに期待したことなんてなかった。
そもそも、そんな対象がいなかった。
だから、アシュレーのことを羨ましく思った。そんなことを言ってしまえば、きっと反感を喰らう。口ぶりからして、昔誰かに裏切られたのであろうアシュレーに言ってしまえば反駁されるだろう。
だけど、紫苑にとって、そんな経験はないことだった。
裏切られたことがある。
裏切られたことすらない。
いったい、どちらが幸福なのかも分からない紫苑には、押し黙ることしかできなかった。
……なぜなら、裏切られたことがないってことは、他の誰かを信じたことが一度もないってことだから。
俄かに食堂内がざわついてくる。
どうしたのかと二人顔合わせていると、漏れ聞こえてくるのは「…………『戦闘区域』での……」「……入学最終試験の……」という言葉。
アシュレーはやおら立ち上がる。
「……どうやら、ようやく発表されたみたいッスね。入学最終試験ってやつが」




