天海(てんかい)の塩味
誰もが知らない店。
でも、運良く見つけられた客は、特別なものが食べられるという。
ガラス戸が静かに開けられた。
「らっしゃい」
店主が来た客を見る。
「カップルか」
「ええ」
女が男と手を繋いで入ってくる。
「そうか、なら、これがいいだろうな」
カウンターに座るやいなや、鉢を二つだした。
「あの…」
「どうせコレを頼むだろうさ。ほれ」
店主は、そう言って箸を二人に渡す。
「食ってみろ。あんたらにそっくりな感じだろう」
恐々とだが、男が先に口をつける。
「あ…」
「どうだ」
「おいしいです」
「だろ?」
店主はニカリと笑って言った。
「これって、何味…?塩かな……」
女は店主に聞いた。
「よくわかったな。この塩は、特別な塩で、天海の塩という。秘められた海である天海から取ってきた岩塩をスープにしたものだ。さらに、天海でとれた海産物の出しも混ぜている。お前たちにぴったりだろう」
「どういうことです」
男が店主に聞く。
「お前たち、カップルだろ。天海というのは、天と地が合わさったところにできる特別な海なんだよ。天と地、男と女。ぴったりじゃないか」
「なるほど…」
男がつぶやいた。
「ごちそうさまでした」
男が立ち上がると、先に食べていた女が合わせて立つ。
「お代は…」
「ああ、いいよいいよ。そんなもの」
店主は手をひらひらさせて言い切った。
「その代わりと言っちゃなんだが、お前たちの子供が生まれたら見せてくれないか。それで十分だよ」
店主が言うと、客は驚いたような顔をした。
「本当にいいんですか」
「ああ、俺がいいって言ってるんだから、いいんだよ」
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
二人はそれぞれそう言って、店から出た。
だが、二人に子供が生まれても、その店にたどり着く事はなかった。




