呪海の豚骨味
どこかにあると言われているラーメン店。
それは、都市伝説のように語られるだけで、どこのガイドブックにも書かれていない、伝説の店。
そこにたどり着くためには、偶然に出会うしか無い。
カラカラとガラス戸が開けられ、今日も運良く見つけられた客が店に入ってくる。
「いらっしゃい」
テーブルはなく、5席ほどのカウンター、狭い厨房。
だが、人伝だけでうまいと伝わる幻の名店。
「メニューは?」
どこから来たかは分からないが、恐々と周りを見回す。
「壁にありますよ」
暑いだろうにスキーキャップをかぶった店主が、持っている菜箸で客の後ろを指す。
「でも、あんたにはこれがおすすめだろうな」
客が何も言わなくても、ラーメン鉢を出す。
中には、紫色をしたスープと、何かの肉切れ、それと縮れ麺が入っていた。
「…これは」
「まあ、食ってみな。気にいるとおもうがな」
客に言って、箸を渡す。
怪訝そうな顔をしながらも、客は一気にすすりだした。
「う…ん。たしかにうまいな。豚骨ですね」
「そうだ。とんこつラーメンだ。だが、特製なんでな」
「このラーメンの名前は…」
「それは…」
店主は壁の一番右側に貼ってある紙を指した。
「呪海の豚骨……」
「そうだ。ちょっとした知り合いから譲ってもらった、特別な場所で育った豚の骨からのエキスだよ。何かしでかした奴にはぴったりなネーミングだろ。時にお前、誰かに追われてるだろ」
ビクっとして客は店主に聞いた。
「どうして…」
「入ってから、荷物を下ろそうともせず、周りを油断無く見回している。どう考えても誰かに追われているんだろう」
客は何も語らず、立ち上がった。
「…代金は」
「いらんよ。それよりも早く逃げ。警察はそこまで来とるよ」
店主は、裏口に案内して行った。
「ええか、代金のことを気にするんだったら、おつとめをしてから払え。それで十分や」
そう言って、有無をいわさず閉めだした。
その後、客の行方は知らない。




