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第六話

 兄貴の意図が全く読めなかった。柔和な笑みに悪意は感じられない。

 善良というより、人間味の薄い人だと思う。


「試合、ですか」


 先に口を開いたのは、直史だった。俺と話していた時よりも、声が浮ついているのがわかる。その少し高い声色が、背筋を這い上がっていくようだった。


「あぁ。だって、絆侍は今でも鍛錬を続けているだろう?」

「え、そうなんですか……?」

「馬鹿!兄貴、余計なことを……」


 誰にも言っていないことだった。

 結局、俺は剣を捨てきれなかった。大会に出るわけでもない。道場の稽古に顔を出すわけでもない。それでも、幼少期から染み付いた習慣は、俺を解放してくれなかった。

 もはやその行為に誰の期待も乗せられていない。

 ただ、何もせずにいると落ち着かなかった。


「夜中に三十分、一時間。素振りをしてるよ。それに、弟の稽古をつけてくれる。なぁ、絆侍」

「それは、頼まれたから仕方なく……」


 俺には、弟と妹がいる。弟は俺たちに憧れて剣道に励む中学一年生だ。

 俺が剣道を辞めた理由は関係なかったし、夢を壊してしまうようで断れなかった。弟は呑み込みが早く、成長していく姿を見て嬉しいと思う自分がいたのも事実だった。


「剣道、完全に辞めたワケじゃなかったんだ」

「……」


 これを辞めてない、と表現するなら優しいだろう。

 そうじゃない。俺は、ただ……


「たまにいいじゃないか。ほら、二人とも三年生だろう。ストレスも溜まるし、気分転換に、な!」

「コイツと試合して、俺の気が晴れるとでも思ってんのかよ」


 冗談じゃない。何で今更、直史と試合だなんて。


「でも運動は大事だろ?お前が部活動から離れたとて、本気のお前と張り合える奴が何人いると思ってるんだ」


 その言葉に俺は反論できなかった。

 結局、日程は後日調整することになり、直史は帰っていった。見送りに兄貴が部屋を出ていき、テーブルの上には飲み残した麦茶が残っている。


「……喉乾いてたなら、全部飲めよ」


 湯呑を持ち上げた時だった。


「あっ」


 転がった湯呑が畳を擦る音が、妙に大きく響いた。

 冷えた指先。手の震えが止まらない。十数年の重みが、零れ落ちていく。


「俺が、剣を──」



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