10.
村長のトナ、そして本物の異常たるジョウド様との対決を終え、夜。クレアはとある人物の部屋の前に立っていた。
「ゼノ様、少しよろしいですか?」
「ああ、構わない。入ってくれ」
扉を開ける。そこには三度目ともなると既に慣れてしまった光景、ゼノが裸で鏡に向かう姿が見られた。改めてその姿を観察するとそれは自身の姿に酔っているのではないとわかった。
「自分の身体に傷が無いかを確認しているのですか?」
「ああ、そうだな」
確認は済んだのか或いは以前クレアに服を着てくれと頼まれたのを覚えていたのかゼノはすぐに傍にあった服を手にする。そして椅子に腰を下ろした。
「痛みが無い、というのは不便なようですね」
ゼノの身体は生まれつき痛みというものを感じなかった。血が流れるような怪我をしようと骨が折れる程強く体を打ってもまるで何も感じない。
「鏡を見るのはとうに習慣になった。隅々まで確認しておかねば自分には血が流れていても分からない」
「右腕の骨が折れているのでは?」
クレアの言葉にゼノは驚いた様子を見せた。
「気付いていたのか」
「先程です。朝、以前は右手で飲んでいたスープを左手で飲んでいたのを思い出しまして。大蛇との戦いで?」
「おそらくな。あの後から動きが悪い」
骨が折れても動きが悪いで済まされるのは末恐ろしい話だ。普通ならば痛みで動かす事もままならないだろうに、彼ならばその状態でも動かせてしまい、結果治療は遅れる事だろう。
「骨折をしておいでなら安静にすべきだと思いますが」
「しかし聖騎士の職務を放棄するわけにはいかない。幸いにして、自分には人の痛みがわからないのだ。多少の無理は問題ない」
その言い様にはクレアも呆れてどうにもならないと両手を挙げる。しかし彼のおかげでジョウド様という恐るべき異常を解消できたのは間違いなく、文句ばかり言っても仕方ないと溜息をついた。
「今後の事ですが、カルゴーネへの滞在はいつ頃までにしましょうか? おそらく、大半の異常は既に片がついたものかと思いますが」
「一週間ほどは滞在すべきだろう。全ての異常を解消したとは言い切れない。何か起これば速やかにそれを解消する。その為に聖騎士はある」
「そうですか」
目の前の職務に忠実な聖騎士に対してクレアはどのような態度で接するべきか悩んでいた。というのも、この数日様々な体験を共にし、彼の様々な秘密を知った。しかしこの男の、ゼノが何を考えているのかは未だに計り知る事が出来ないのだ。寧ろ知れば知るほどに謎が深まって行くばかりで、どこか恐ろしい。
そのせいだろうか、この時クレアは初めて彼の瞳を見た。そしてその瞳の奥に迷いがあるのを見つけたのだ。
「……何か、悩みでも?」
彼がそう尋ねたのはこの男に悩みなどあるはずが無い、そう思ったからなのかもしれない。大蛇やジョウド様を前に迷うことなく剣を向けたその姿を見て来たが故に悩み迷う事など何も無いのだろうと思っていたのだ。
しかし。
「そうだな」
「えっ」
彼は迷うことなく悩みがある事を認めた。驚きのあまりクレアの口からは思わず声が漏れる。
「何かおかしいか?」
「あ、いえ、それは別に……」
「聖騎士の任務に就いているといつも思う。自分のやっている事は正しいのか、と」
ゼノは遠い目をして空を見上げた。当然ここは室内で何も見えるはずないのだが、彼は天井を通して空を見つめ、同じように迷いながらそうした日の事を思い出しているのだろう。
「自分には人の痛みが分からない。故にいつだって皆の苦しみが何もわからない。殴りいたぶられ体を襲う痛み、貧しさが連れて来る痛み、大切な人との別れに伴う痛み、あとは、技術を盗まれ感じる痛みもそうだ」
「それはソルドゥムの……」
「貴殿は、あの時に人々を殺すのを手伝ったと言った時それはそれは驚いた表情をしていたな」
「……そんなつもりはありませんが」
「おそらくあれは間違っていたのだろう。少なくとも、痛みを解する人間のやる事では無かったらしい」
ゼノはその身体がおよそ苦痛というものを感じぬせいか、心の痛みにすらまるで鈍感だ。彼にとっては多くの感情はまるで理解できずどこか遠いものとして感じられている。
「異常は人を脅かす。この認識は正しいはずだ。が、しかし、時に人は異常と共に歩むこともある」
「あの村長のようにですか?」
「そうだ」
村の守り神と言われたジョウド様は村長と共に在り彼女に敵対する者へ痛みを伝える存在だった。人が異常を従えたのか或いは異常が人を選んだのかは分からないがそれらはまるで友のように共にあったのだ。
「異常が人と共に在れるのであれば、聖騎士として異常を解消する事が正しいのか。もしかしたら何もせずにいた方が皆が痛みを感じずに生きていける道があったのではないか、時々そう思うのだ」
クレアは思う。もしもあのジョウド様を放置したままにしたのならば、村長は皆を上手く使いカルゴーネは発展しサンクトやヤムクは炭鉱の利益を幾らか貰って甘い汁を吸う、そういう不幸な者が生まれない未来があったのかもしれない。
しかし。
「僕はこの件はこれで良かったのだと思う事にしますよ」
既にクレアは答えを得ていた。
「実の所、僕にも人の痛みなんてわかりません」
「貴殿も? しかしジョウド様の前で倒れていただろう」
「自分の痛みが分かる事と人の痛みが分かる事は違うのですよ」
「む」
「あの時、あの異常の中で立ち上がったミリィの姿を見たでしょう? 僕はあの背中に尊い、光のようなものを見た気がします」
或いはそれは単なる憧憬なのかもしれない。或いはそれは単なる錯覚なのかもしれない。それでも。
「人は痛みの中でも立ち上がり未来を掴もうとする強さを持っている。そういうことなんじゃないですかね」
それは単なるお為ごかしのようにも聞こえるかもしれない。だがゼノは、それを聞いて僅かに笑みを零した。
「それは、いいな」
苦境の中でも立ち上がる、彼らはカルゴーネにそんな夢を見た。
翌日、炭鉱はサンクトの手に渡る事となる。
夜、教会の外でクレアは霧の向こうに薄ぼんやりと見える炭鉱を見つめる。彼の頭の中では昨晩のゼノとの会話が繰り返されていた。
「本当にこれで良かったのか、か」
炭鉱はサンクトの元へ渡った。行商人たるヤムクは元々石炭を捌くようなルートを持っておらず早々に撤退。かといって異常を偽装したような者達にあれを任せるわけにもいかない。ランド達は毛皮を被っていたところを直接目撃され、村長に至っては言うまでもない理由によりこの争奪戦を脱落。サンクトもまた音の鳴る箱を仕掛けた点は追及されるべきだと思われたが、あの箱に関しては手下がやった事だと彼は告げた。後に手下の者に確認を取ると彼らは口を揃えてその通りだと言う。
「明らかに嘘だろうが、それをどう調べればいいか」
わざわざそのような証言をする辺り証拠となる物は残っていないのだろう。ではトナと手を組んだことに関して話を詰めるのはどうかと思われたが、そもそもあれはトナがジョウド様を使い脅したことによって成立したものだ。流石に難しい。
この村にとってこの結果は良かったと言えるのか、或いは自分たちの選択が間違っていたのではないか。そう思うのも仕方ない事だ。
「浮かない顔だね」
そんな風に思考を巡らせるクレアの元にやって来たのはロサだ。彼女は隣に腰を下ろすと暗い闇の向こう、炭鉱の方を見つめる。
「大方炭鉱の処遇を聞いて責任でも感じてるんだろう。騎士様には関係ない話だと思うがね」
「彼らの自業自得の部分もありますが、サンクトに完全な責任を追及できないのは我々の責任です。結果としてカルゴーネは彼に二束三文で炭鉱を売り払う事になりました」
今後、この村はどうなるのか。おそらくはサンクトはこの地を石炭を掘り出す為の便利な拠点へと改造していくだろう。村の住民はその中で便利な労働力として扱われるかもしれない。苦役は続く、その結果だけを見れば彼らを苦境を追いやったのは聖騎士の一行とも言えるのだろう。
「溜息の一つも付きたくなります。あなたはどこか吹っ切れた様で羨ましいですよ」
どうにも浮かない気分のクレアに対してロサの方はジョウド様との邂逅の後から常に彼女を覆っていた影が消えたようにさえ感じる。
「吹っ切れた、か。確かにそうかもしれない」
悟った様な表情ではっきりそう言った彼女にクレアは内心毒づく。要するにお前はここに自慢をしに来たのか、と。
「ジョウド様は正に異常だった。私たちは手も足も出ずまるで立ち向かう事など考えられなかった、そうだろう?」
その問いに対して否定の言葉は無い。だがしかしそれを認めるのもしゃくでクレアは視線を逸らして黙り込む。
「黙って見ても過去は変わらないだろう。私たちが地面に倒れたまま立ち上がる事も出来なかったのは事実だ。それぐらいは認めたらどうだね」
クレアは黙ってそっぽを向き返事をする気は無いと態度で示す。
「……まあ、別にいいさ。ともかく、あれは私が探していた本物の異常だ。私はようやく自分を慰める事が出来るんだ。そう思ったんだがね」
「ミリィですか」
「そうだねぇ、どこぞの聖騎士様はどうやら痛みも何も感じない様子。あちらはまあいいにしても、あの子は単なる村娘だ。そんな子があれに立ち向かう事が出来るなんてねぇ……」
「本物の異常探しは振り出しですか」
いい気味だ、クレアは素直にそう思って意地悪な笑みを浮かべたが。
「いや、満足したよ」
想定にない返事に思わず唇を曲げる。
「ただの村娘が立ち向かえるような異常で満足という事で? それであなたは自身の過去を慰められると?」
「まるでそうだったらまずいみたいな言い分じゃないか」
「……まずいという事はありませんが」
まさかいい気味だと思ったのに当てが外れたなどとは言えない。気まずそうに額を押さえながらクレアは目の前の女を見やる。
「何か心境の変化でも?」
根深い心の問題だったはずだ、彼女のそれは。心に深い傷を残しいつまで経っても癒える事は無い、そういう物だったはずなのだ。しかし今の彼女はその傷を受け入れ、それと共に歩むことを何ら恐れてはいない。
ロサは自身の胸にかけられたレンズに触れる。
「ただ、少し、憧れを抱いたのかもしれない」
人の心が折れた時、それを直す事が出来るものとは何なのか。それは人によって違うのだろう。ロサの場合は、自身の思う本物の異常を前に自身の心を曲げる事無く立ち向かった少女の姿がそれだったのかもしれない。
「私の父はこのレンズで色々なものを見て欲しいと言っていたんだ」
ロサがレンズ越しに炭鉱を覗く。当然、夜の暗闇の中では何も見えはしない。しかし彼女はその向こうに父の笑う姿を見た気がした。きっと今の自分の姿を見て、ようやく笑ってくれているに違いないと。
「ふっ、私もまだ何かを出来るのだろうかと、思ったよ」
なんともまあいい加減な話だ、クレアは思う。しかしそれでも、前の彼女よりはましになったなと鼻を鳴らした。
「これからどうするつもりで?」
「異常の研究は続けるさ。どうせなら本にでもしようかな」
「ほう? ジョウド様についてでも書きますか?」
「いや、どうせ書くなら、そんなものより良いのがある。詳細は分からないが様々な場所に話が伝わっている」
「ああ、あの眉唾の?」
それは炎を纏い現れる。幾千の矢を受けれでも血を流す事も無く、炎の中に再びその生を受ける。クレアは、ロサは、想像する。もしもそんなものが現れたならば、それはきっと。
光が走る。それは炭鉱に端を発し、世界を遍く照らすように夜の闇を切り裂いた。外にいた者はおろか、室内で眠りに就いていた者にすら届きそうな眩い光。それと共にそれは炭鉱の奥底から燃え盛りながら空へと躍り出る。
それは炎を纏い現れる。
「……火の鳥、不死鳥?」
世界中に伝承が残る死を持たぬ鳥、不死鳥。カルゴーネの炭鉱より現れたそれはまるで多くの伝承のように周囲を光に染めて、そして天高く雲をも超えて昇って行き、カルゴーネ周辺を覆っていた霧と共に跡形もなく消えた。
残された者達はただただ呆然とそれを見送る事しか出来ない。
「……そう言えば、君の出会った、出られない回廊という異常」
「それがどうしました?」
「前に話しただろう不死鳥を見た男の話。いつまで経っても町へ着かないというのと似ていないか?」
「そう言われればそうかもしれませんね」
二人はいつまでも空を見つめていた。まるでそこに飛び去って行ったあの鳥が残した光がいつまでも舞っているかのように。ロサは今後も異常を求め続けるのだろう、ただしそれは、自身を慰める為では無く、自身の持つ好奇心を満たす為だ。クレアは夢を追うその瞳を見て、もしも本が出たならば買ってやるのも吝かでは無いと心に留め置く。
翌朝、炭鉱にサンクトの悲鳴が木霊する。
不死鳥が根城にしていたのは炭鉱の奥深くだったらしい。そこから出て行ったあれは一つの置き土産をした。座り込んで形の変わってしまった山を見やるクレア、ロサ、ミリィの三人は感嘆の息を吐く。
「炭鉱が火気厳禁だと言う話は前にしただろう?」
「ええ」
「そうだったね」
「つまりあれがその理由だ」
不死鳥が纏う炎はきちんと本来の役割を保っていたようで、それは炭鉱にある石炭やガスに引火し全てを盛大に吹き飛ばしたのだ。元々開通していたはずの穴は消え去り、それどころかそこにあったはずの石炭の多くも地中深くで燃え尽きたという。
数日後にサンクトが必死に石炭への道を掘り上げた成果と言えば、僅かな燃えカスのようなそれらだけらしい。
「サンクトはどうなるの?」
「どうもなりませんよ。ただ今回の件で損をしたと言うだけでしょう」
結局、カルゴーネから二束三文で買い叩いたはずの炭鉱は何の価値も無くなってしまった。かといって今更金を返せと言えるはずも無い。彼はただただ怒りに拳を震わせながら、しかしどうする事も出来ずすごすご引き下がる事しか出来ない。この件における罰としては相応しい塩梅なのかもしれない。
クレアはそんなことを考えながらミリィの方を見た。
「サンクトの事を気にするよりもカルゴーネの方が気にならないのですか?」
その問いに対してミリィは答えにくいのか少し視線を逸らし口ごもる。
カルゴーネはこれから間違いなく厳しい時期が続くだろう。炭鉱に期待を寄せていた住民は少なくない。しかしそこから得られた益は僅かなもので、しかも残る物は何も無かった。一方で人手が足りず半ば放置気味であった畑は荒れ放題で収穫は随分と減るだろう。一部の者は炭鉱を失ったショックで寝込んでさえいる、村長やランドなどは異常の件で聴取を受ける事にもなっている。
更にその上。
「今この町を出て行くという選択が賢明とは思えませんが」
ミリィはこの町を出て様々な土地を回ろうとしていた。若い人手がまた一つ無くなってしまうのだ。
「確かに……、それはそうなんですが」
「ですが?」
「私は、もっと色々な事を知らないといけないと思ったんです」
ミリィは聖騎士の一行が訪れてから自身の価値観を大きく変えられ、或いは広げられることとなった。しかし未だに彼女は答えというものが何なのかわからない。正しさとは何なのか分からない。それでも必死にもがいた数日がこの結果を迎えたのが果たして良かったのかどうなのか。
「トナ村長に啖呵を切った私は、本当ならあの場で何かの答えを言うべきだったはずなんです。でも、出て来たのは子供みたいな言葉だけだった」
彼女はそれを後悔していた。もしも自分に知恵や経験があれば何か違った結末があったのではないかと、ただそれだけを思っている。
「だから私は旅に出ます。より良い何かがあると信じて」
クレアとロサは彼女のその言葉に思わず顔を見合わせる。そして互いに言わずとも何を考えているのかが手に取るようにわかった。つまり、今でさえ自分たちには眩しい程の強さを持っているのに彼女はまだ上を目指すつもりなのか、と。
羨望というか憧憬というか、とりあえず一つわかるのはどうやら彼女には敵いそうにない、そういう事だろう。
「でもその……」
「その?」
「村が心配なのはそうで……」
ミリィにとってこの村は生まれてからずっと育ってきた場所で、たくさん世話になって来た場所だ。自身が正しいと思う決断を下したとしても心配は絶えない。クレアとロサもここにいつまでも留まるわけにもいかず残念ながら彼女の力にはなれそうもない。どうした物かと顔を見合わせる三人だったが。
「そう心配する事はありませんよ」
背後から声がかけられる。
「牧師様!」
「聞いていらっしゃったのですか」
「盗み聞きの趣味はありませんが、戻ってきたところにあなた方がいらしたので」
彼らがいるのは教会の正面だ。牧師に非を求めるのは少々酷だろう。
それはそれとして彼はしゃがみ込んで正面からミリィを見据える。
「ミリィ、確かにこの村は貧しく、更には多くの苦境も重なりこれから苦しい時期を迎えるでしょう」
「だったらやっぱり」
「しかしそれがあなたの巣立ちを阻む理由にはなりません」
牧師は穏やかな笑みを浮かべる。
「たとえ苦しい時にも、人々は誰かの幸せを願うものですから」
そう言って牧師はミリィの手を取り立ち上がらせる。彼が後ろを振り向くとそこには。
「よくわかんねえけど頑張れよ!」
「手紙ぐらい出せよな、近くに来たら土産話ぐらいしてけよ?」
「毎年あんたの好きな紅柑育てて待ってるからね」
多くの村人が彼女を激励しにやって来ていた。皆が彼女の背を叩き応援する言葉を告げる。多くの優しさが彼女を包み込んだ。思わず涙ぐむ彼女の姿を、この村の事を愛しているが故に離れる彼女の事を、忘れる者など決していないだろう。
「どうやら我々は場違いなようですね」
「そうらしい」
クレアとロサはその場を離れる。少なくとも、彼女らの別れの時間に自分たちは必要ないのだから。
その日の夜、それがカルゴーネを離れる時だった。準備を整えたクレア、ゼノ、ロサ、そしてミリィの四人が教会の前で牧師の見送りを受ける。
「このような夜中に行かずとも良いのでは?」
牧師の疑問は尤もだったが、仕方ない事なのだ。
「それでは後ろ髪を引かれる方がいらっしゃるのでね」
ミリィは未だ泣き腫らした目で村の方を見つめている。牧師は納得したように肩を竦めた。
「では、あなた方の旅が良きものでありますよう祈っておきましょう」
「ありがとうございます。それでは」
祈りを捧げる牧師に別れを告げて四人は歩き出す。
「ではここからは馬車に乗って一旦大聖堂の方へ向かいます。僕はそこで再び従騎士として過ごす事になるので皆さんとはお別れでしょうね」
「自分は聖騎士の任務次第だ。どうなるかはわからん」
「ロサさんは今回の件の報告に協力していただき、その後は馬車でお好きな場所までお送りしますよ。ミリィさんもそれと同時にどこぞへ行けば良いでしょう」
「何か冷たい」
「そうでもありませんよ。馬車で送って差し上げるなどかなりの好待遇です。本来は聖騎士の任務以外では使われることの無いものですから」
「そうなの?」
「オルディア教の馬車と言えば聖騎士が乗っている事で有名なのは間違いない。向こう見ずの野盗でさえこの紋章を見れば引き返すと言うな」
「へ~、知らなかった」
「まあ僕らが出来る精一杯の餞別ですよ。今後会う事があるかもわかりませんしね」
ほんの短い期間一緒にいた間柄に過ぎない彼らであったが、互いを見つめる視線はどこか温かいものがあった。きっと彼らは別れる時にもさして名残惜しむことも無いのだろうが、この奇妙な繋がりを決して忘れる事は無いのだろう。
カルゴーネの霧は晴れ、星天の中を彼らは歩く。異常が溶け込んだ日常の中を彼らは歩いて行く。




