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アウト・オブ・ワールド!!  作者: 鎌倉まくら
第一章 『"異形"が跋扈する都市』
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第一話『慌ただしい日々』

 ——それは一見すると御伽話の時代。

 その世界には人と人ならざる者が生きていました。

 彼等は幾度となくぶつかり合っては仲直りして、またぶつかっては仲直りをしました。彼等には、人智を超えた不思議な力が宿り、その力を文明を発展させることや戦争の道具として使いました。

 人智を超えた力という禁断の力を手に入れてしまった世界は長らくの間争いの絶えない日々が続きました。

 そこから暫くが経過した後——1000年前のクンネチュプ戦争の折、人と人ならざる者達は後の1000年の間、双方の領土に対する侵略戦争を禁ずる——破棄、解除不可の不可侵条約の締結に至りました。

 争いがなくなった後、世界は急速に発展を遂げていきました。

 世界各国では高度な文明が築かれ、もはや彼等に不可能なことなどはないと言えるほどに発達した技術や知識を手に入れたのです。

 しかしある時、新技術の捌け口欲しさに別世界への"入り口(ゲート)"を望んでしまった世界は"異界"と呼ばれる別世界への扉を開けてしまうことになったのです。

 その世界は、私達の想像していたような生易しい世界ではありませんでした。

 混沌(カオス)と異形が跋扈する未知の世界。

 そんな禁断の箱(パンドラの箱)を開けてしまった世界に訪れたのは、後に『ボイド』と呼ばれることになる災厄を呼ぶ異形でした。

 奴等は、世界に混沌(カオス)を充満させようと世界各地の至る所に現れては世界に害を与え始めました。

 このままではいずれ飲み込まれてしまう……‼︎

 そう考えた世界は、1000年間の不可侵で希薄化していた関係性を再構築し、再び手を取り合って、世界共通敵である『ボイド』の妥当に向けて対策を講じることにしたのです——。


         ——『ユグドラシル憲章』序文——

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『——、準備ができ次第、至急突入開始せよ……‼︎ボイド(目標)は、異界から次々と流入中……‼︎ その発生源付近で高濃度プラズマ波を観測……‼︎ E素粒子空間密度や強制的な時空断裂によるMO素子の不安定指数も上昇中……‼︎ 既に発生源付近では複数の生命反応が観測されているが、その数や範囲ともに小規模……‼︎ 災厄レベルは『壱』と推定される……‼︎ 』


「——なんだセカンドゴロかよぉ〜。それならわざわざ|"保安第一課"《俺ら》が出張ってくる必要なかったじゃんか。」


 ZVW-OOW8型の巡回車で"|AN/VRR-F74《受信特化型業務用無線機》"の向こうからノイズ混じりの声が響き渡る。無線機の表示部には『From SSG』と発信先が表示され、更には緊急事態を示唆する"EMG"と追記されている。

 時刻は、夜八時頃。カーテンウォールのビル群に映し出される夕陽はすっかりと沈み込み、街中は建物や街燈の灯りが星空に負けず劣らず輝く。


「——そんなこと言うんじゃねぇよ、馬鹿野郎が。災厄レベルが『壱』だろうがなんだろうが、何があるか分かんねぇでだろう?それに司令を拒否するなんて、調停官(俺達)にはそんな選択肢は存在しない。」


 そう言い放つのは、シャルルの上司であり"保安第一課(アルファチーム)"——保安局、都市治安部所属、第三新都エリーゼ南商業上級行政区担当特務課、特殊部隊——隊長を務めるラルド・ダイナモだ。

 彼は、周囲から"雷鬼(らいき)"と恐れられる豪傑で、その人並みならぬ体躯はまるで本物の鬼で、相手をギロっと睨みつける形相はまさに鬼の形相そのものだ。然し乍ら、その荒法師のような見た目からは想像できない上官としての冷静な現状把握や指揮能力の高さは、筋骨隆々は皆んな脳筋という偏見を鉄骨粉砕させる程のギャップ萌えを引き起こす。


「——相変わらずしかつめらしい隊長さん(お人)やわぁ〜。そない堅苦しく生きてるといざって時に臨機応変に対応出来ませんよぉ?ラル隊長、見た目に反して頭はキレるのに見た目通りの生真面目堅物人間やからなぁ。」


 カエデは皮肉口で言う。

 車内に乗っているのは、計4人。運転席から反時計回りに"保安第一課"隊長のラルド、助手席にはヨツカ、後部座席にはシャルルとカエデという席順になる。

 基本的に運転をするのは新入りの仕事なのでこの4人の中で言えば、ハンドルを握るのはシャルルかカエデということになるが、ラルドは自分で運転をしたいタイプなので運転席に座っているのである。


「そうそう、ほんとラル隊長は真面目すぎんだよ。そんなんだから部下や皆んなにも恐れられるんだぜ?……"鬼隊長"ってさ。」


「——ちょっと……‼︎ 貴方達……‼︎ そうやっていつも隊長を煽るのはやめなさいって言ってるでしょ。ラルは、無骨で堅物で少し気張ってる所もあるけど実際にはそんなに融通の効かない人って訳じゃないんだから。いい?全(・)く(・)融通の効かない人よ……‼︎」


 ——ヨツカ・ヴォラトス・フィオーリはいつも通りシャルルとカエデを諌める。

 髪を後頭部で纏めて垂らした髪型、着飾った巻き髪に両耳には、"LBC(La Barrier(ラ・バッリエーラ)Corallina(・コルラッリーナ))"製の装飾品(ピアス)であろうか……星華(せいか)のような希少な宝石類が埋め込まれた見事な一品である。凛とした立ち振る舞いで、部下や同僚の悩みや愚痴を聞いてあげる姉御肌ゆえのカッコ良さがある。

 清廉さと優美さを併せ持つ彼女は、まさしく"誰もが憧れる理想の上司"だと誰かが言っていたのを思い出す。

 

「——って、おい……‼︎ ヨツカ……‼︎ 全くフォローになってねぇよ。それにもっと他にも言いようがあんだろ?ほら……例えば、気骨があるとかさ。それに、別にオレだってそこまで頑固な訳じゃねぇよ?」

「……でも、ラル。どうでもいい時こそどうでもいいことに拘るじゃない?『え、そこで?!』みたいな所でさ……。それが周囲から融通の効かないって思われてる原因じゃないかしら?それこそ、この前も調度品をどれにするかって——」

「——それは俺にとってはどうでもよくないことなんだよ……‼︎」


『——繰り返す……‼︎ プエルト地区第三区画エリア内にて、複数の『真空ボイド』発生反応を確認……‼︎ ——近隣所轄署職員は、準備ができ次第、至急突入開始せよ……‼︎ ——』


 センタークラスターに設置された無線機からは事件の詳細が繰り返し流れ続けている。

 事件発生は、今からおよそ5分前。"保安第一課"は、別件で一段落を終えて保安局プエルト地区南商業区署に戻る予定だった。

 そして、今日もそんな多忙でいつも通りの1日における一コマ。


 保安局には、十個の“部”、その下に66の“課”が設置されている(これらは増設、または解体されるので時々で変動がある)。

 各局員はこれらの内のいずれかに属し、それぞれに与えられた職務を全うすることになる。

 そして、シャルル達が属する"保安第一課"の担当は、大規模な“ボイド”関連事件の解決及び収束だ。


 "プエルト地区第三区画エリアでボイドが発生した"という通達指令が入ると"保安第一課"はすぐさま現場に直行する。

 所要時間(レスポンス・タイム)はおよそ5分ほど。要するに、事件発生から現場到着までおよそ10分を要する計算になる。レスポンス・タイムの平均が大体8分前後であることを考慮すれば目覚ましい記録である。

 しかし、これには理由がある。

 基本的に、通報を受理してから警察官が現場に到着するまでの時間——レスポンス・タイムに計測される工程は以下の通りである。


 ①第一目撃者の通報

 ②統括通信司令室が通報を受理

 ③事件現場、事件詳細などをシステムを利用して特定

 ④担当区域の執行省に無線司令


 今回で言えば、この④のタイミングでプエルト地区執行署(P D P)(——プエルト地区を管轄する執行省下部機関。多くの人々が集まるプエルト地区は、その分だけ犯罪発生率も高く、国内でも5本の指に入る大きな規模の組織である。国内で初めて小妖精(エルフ)や獣人(じゅうじん)などの職員を採用した先進的な取り組みに加えて、優秀な人材を数多く取り揃えた他執行省のロールモデルとしての役割を有する——)に無線司令が飛ばされることになる訳だが、ラルド隊長率いる"保安第一課"属する保安局は、同じ執行省庁の系統である一方、その外局に位置する特殊機関なので無線司令が飛ばされる手順に上記の工程とは若干の違いがある。


 具体的に言えば、統括通信司令室は担当区域の執行省に無線司令を飛ばす前に治安局に情報を伝達する必要がある(執行省令154号)——。

 これは、"事件内容が『ボイド』関連事件によるものに限る"という但し書き付きであるが、とりあえず、治安局は事件の概要を通信司令室を除けば一番初めに知ることになる組織ということになる。


 再度、工程を記すとすれば、

 ①第一目撃者の通報

 ②統括通信司令室が通報を受理

 ③事件現場、事件詳細などをシステムを利用して特定

 (この間に、執行省令154号に基づく保安局へと伝達が行われる。そして、保安局は通達事項に基づき、事件解決策についてその権限を基づき執行省に対する要請及び保安局員へと指令を行う。)

 ④担当区域の執行省に無線司令

 以上の通りだ。

 

 それは何故か。理由は簡単で、保安局は『ボイド』及びその発生原因である異界に関する事項全般についての調査・研究・措置・殲滅等を担う権限を備えた組織だからである。

 執行省の仕事は、国民の安全や暮らしを守る為のパトロールや犯罪の捜査、交通の取り締まりなどであるのに対して、保安局の仕事は大まかに言えば、"『ボイド』から世界を守る"ことなのである。

 保安局は、該当事件に限り執行省の職員の配備、作戦立案又はその実行、現場処理、該当措置等の裁量権を付与されて執行省はそれに従う必要がある。


「さぁ……仕事の時間だぜ……‼︎ 」


 ——車両が混雑するエリアを抜ける。一般車との衝突を避けるために法定速度で走っていたが、ここからは現場へと急行する為、フルスロットルで車を走らせる。急旋回で揺れる車内では、それぞれがグラブレールを掴み、左右に吹き飛ばされないように固定させて……まるでジェットコースターみたいだ。

 元来は、乗り降りの体を支えるために設置されているアシストグリップだが、実際に乗り降りする場面で使っている所を見た事はない。大体、使われる場面と言えばこの状況がまさしくそれだろう——というような瑣末なことを考えながらシャルルは窓の外で追い抜かれていく車を眺める。

 

 車の数が急増する夕暮れから夜に掛けての時間、混雑する車道には様々な自動車が行き来する。それは、一般乗用旅客自動車(タクシー)や小型から大型までの貨物自動車(トラック)であったり、庶民的な乗用車から高級車まで——実に多種多様な人々がプエルト地区に集まってくるのが分かる。


「……流石は、昼間人口と夜間人口の差が全13区の中で最も多いとされる行政区なだけあるな。これだけ人がいるのに居住区画が殆ど存在しないのは、他の区長には真似出来ない狂気的な政策だぜ。」

「ほぼ確定的に税収として期待できる筈の市民税等を捨てる代わりにプエルト地区そのものを歓楽街として収益化(ビジネス化)する事で税収を賄うどころか、驚異的な伸び率で黒字運営してるのだから相当な手腕ということになるわね。」


 シャルルとヨツカが世間話に花を咲かせていると、カエデは眠たい声で不平不満を車内にばら撒く。そして、それを撫でるような姉声(あねごえ)で聴いてあげるヨツカ……これがいつもの流れだった。

 

「——もぉぉう、ここ最近ずうっと『真空ボイド』の沈静化の仕事ばっかり。今日は朝から働きっぱなしやしぃ〜、そろそろ一旦戻ってシャワーでも浴びたいと思ってたのにぃ。気ぃつけばまぁた次の仕事……。汗でベトベトでいややぁ〜。」

「調停官専用制服(この服)、吸汗速乾性や消臭・抗菌防臭機能に優れているんだけど……ただ、身体に密着性があるのが、、ね。体温調節・スポーツパフォーマンス・肌への影響とかの機能面を意識してのつくりなのは分かるんだけれど、時間が経過するとなんとも辛いものがあるわ。」

「……ですよねぇ、ヨツカ先輩……‼︎ 保安局(ウチ)の技術研究課に掛け合ってぇ、なんとかしてもらいたいわぁ。」

「——お前のその鎧兜で身を固めたような重装備の"あざとさ"を使えば、マジで実現するだろうな。」

「シャル先輩、買い被りすぎぃ。技術研究課(あの人達)にそんな男心なんてありませんってぇ。あの人達……心身ともに機械で出来てるでしょぉ?」

 

 カエデとヨツカは汗ばんだ服をパタパタさせる。

 どのような化学反応なのかは不明だが、2人が服をパタパタ扇ぐと甘く芳醇な香りが漂ってくる。調停官専用制服にそのような芳醇な匂いを発生させる自動芳香器のような機能性は無かった筈だ。

 エクリン腺から出た汗と皮脂が混ざり、皮膚の常在菌が代謝・分解することで発生する——いわゆる、我々のよく知る汗とは違う何かが分泌されているのだろうか。

 一体、どのような身体構造をしているのか。

 少し気になるが、昨今のセクハラ基準はバスケットボールのファウル並みに厳格なのでやめておこう。しかも、彼等は相手が善意だろうと素人だろうと容赦ない。


「——よっしゃ……‼︎ そしたら、今度こそパパッと片付けて夜飯でも食べに行くか……‼︎今日は、特別に俺の奢りでな……‼︎ 」


 ラルドは突然、嬉々として提案する。

 その巨躯から発生される唐突な野太い声に、カエデは驚嘆して「ニッ……」と猫撫で声を思わずあげてしまうが、恥ずかしかったのか咄嗟に口を両手で塞いで塞ぎ込む。

 全てを曝け出しているようで普段は絶対に見せない素の表情が垣間見えた瞬間である。


「びっくりするから、急におっきな声出さんといて下さい、ラル隊長。……おかげで変な声出ちゃったじゃないですか。」

「あぁ、すまん。」

 

 そして、その様子をバックミラー越しで見ていたヨツカは、微笑みながら「……可愛いとこあるのね」と小声で呟く。

 ラルドはこのように時折、仕事終わりに"保安第一課"のメンバーを連れて夜ご飯を奢ってくれることがある。というのも、ラルドは、このような食事の場もメンバー同士の重要な交流機会で、いざという時に連携を取る為には日常的に共に過ごす時間はつくっている。

 今日のもその一環ということだ。


「——じゃあ、いつもの"気まぐれ亭"にしようぜ!」

「ま、またぁ、あのお店ぇ〜。シャル先輩、ほんとあの店好きやなぁ〜。」

「あの店は行く度に料理が変わるからバリエーションに富んでて飽きずにすむだろ?それに風変わりな亭主も面白いしさ。薄暗い路地裏の迷路みたいな小道を抜けた場所にあるなんて……なんかそれも小洒落てていい感じじゃん?ラル隊長が教えてくれなかったら絶対に出会うことの無かった店だったよ、間違いなく。」

「あの店の亭主とは古くからの付き合いなんだよ。俺も若い頃は、よく先輩に連れて行ってもらった。」


 ——突然、車載通信系全機搭載の一斉送信型無線とは別に存在する"保安第一課"専用の携帯通信系個別通信型無線(接続式)から通信が入る。通信先は、保安局南商業上級行政区統括署の作戦司令室だ。

 

『——"保安第一課"、聞こえるか?』

「——はい、こちら"保安第一課"。」


 ヨツカがPTT(Push to talk)ボタンを押して応答する。

 PTTホールド機能搭載のハンズフリー通話を可能とする軍用電子機器を転用した業務用無線機——"AN/URC-N94(ナクサ)"は、運転時の利用も安全に行うことが出来る代物で、収音範囲を比較的に広く、円滑なやりとりを行うのにとても便利だ。

 極秘事項のやり取りを高頻度で行う保安局員の送受信時における情報の秘匿性を保持するために、一般的な業務用無線に加えて、より高性能な軍用面電子機器の使用を可能にしているのは、保安局員の一部が軍部省の元上級官僚の天下り先として斡旋されている対価だ。

 

『——私だ、紫雨(しぐれ)だ。|"保安第一課"《お前達》、もう現場に向かっていると思うんだが、一応伝えておきたいことがあるんだが、今は大丈夫か……?』


「あれれ、紫雨(しぐれ)ちゃんですか?今朝から会議続きで今日は忙しいって言ってたのに……。」


『あぁ、勿論のこと今も会議の最中だが、合間を縫ってうまく抜けて来たんだ。こう、連日連夜『ボイド』関連事件が発生すると、連日連夜会議が行われる訳だが、皆揃って頭を抱えているよ。そうすると、管理職(こっち)の立場としては心が休まらない訳で——お偉いさん達は、責任や財源の押し付け合いで堂々巡りだし……。それで、その皺寄せが何故か私に来てるって訳だ……。』


 ——紫雨(しぐれ)準次官は、愚痴を漏らす。

 時折、普段の激務と心労が祟ったストレスフルな声には皆、同情せざるを得ない。


 彼女は、紫雨(しぐれ)——都市治安部所属、第三新都エリーゼ南商業上級行政区特務準次官だ。"蒼炎の尾を持つ妖狐《フリステンデ・フランメ》"と呼ばれる特異な能力を持つ狐人族(ワーフォックス)生まれのエリート官吏で、"保安第一課"の直属の上司でもある。頭脳明晰で書類仕事等の雑務を得意分野とする彼女は、保安局の情報収集官として3年間、経歴(キャリア)を積んだ後に、保安局におけるブレーンである戦略司令官を兼任し、その後、保安局内でも5本の指に入る高官の地位(ポスト)である特務準次官へと昇進した、出世街道を怒涛の如く駆け抜ける——所謂、キャリアウーマンである。


「——ほんとぉ、あほくさいわぁ。なんで、人ってのは、偉くなるとこう頭が固くなるんやろうねぇ。」

「そう責めてやんなって。まぁ、紫雨準次官(あの人)にしか分からない苦労とか葛藤があるんだよ、きっと。」

「あれぇ、センパイ……いつもは悪口ばっか言ってるのにぃ、どして紫雨準次官の方を肩もつん?もしかして、私たちの知らぬ間にぃ賄賂でも(イイコトして)貰ってんと違うやろなぁ?」


 カエデは下卑た者を見るような侮蔑の視線を向ける。

 シャルルは「んな訳ねぇだろ」と適当にあしらうように言うが、カエデの中では疑念が晴れていないのか、怪訝な面持ちだ。

 単に、物事を多角的な視点で見た場合の意見を言ったつもりだったが……どうやら、想像以上にカエデは上層部(うえ)に対する不満が溜まっているみたいだ。

 だが、それも理解出来ない事ではない。

 というのも、彼等はここ数日間『ボイド』関連の事件で働き詰めで、睡眠はおろかまともにご飯を食べるのもままならなかった。

 それは、単純に『ボイド』関連事件発生数が多かったという事実はあれど、問題なのは、調停官としての戦績優秀な"保安第一課"に頼らざるを得ない状況が改善されないことだ。


「まぁまぁ……シャル君を責めるのはやめてあげなさいな。シャル君だって、カエデちゃんと同じように働いてる訳だからきっと気持ちは同じよ。それに、私も紫雨ちゃんの肩を持つ訳ではないけど……現状、凶暴化しているボイド(あいつら)を殲滅するチームとして、私達よりも適任なのはいないわよ。」

「どうやろなぁ〜?ヨツカ先輩の言う事はともかく……シャル先輩は、紫雨準次官が可愛いからって鼻の下を伸ばしてるだけな気がするけれどぉ……」

『——まぁ、ヨツカの言う通り——現状、どれだけ思案しても結局のところ|"保安第一課"《君達》になんとかして貰うしかない訳だ…。それに関しては、本当に面目ない限りだ。』


 ——紫雨は、"保安第一課"に頼りっきりである現状に心底負い目を感じている一方で、忙しい日々に心労が溜まりに溜まって、保安第一課(かれら)に気を回す心の余裕はとてもなかった。

 現状、南商業上級行政区、特にプエルト地区は"保安第一課《彼等》"の存在なくしては、平穏を保っていくことは困難極まりない。日々増え続ける"真空ボイド"発生件数に、発生した"ボイド"による多数の被害と膨れ上がる膨大な費用。其処彼処(そこかしこ)に問題を抱えた第三新都エリーゼ南商業上級行政区担当になってしまうなんて……。

 あぁ、サイアクだ……。コンナノ一体ドウシロト……?

 とても心苦しいが、"保安第一課"の力を借りることでなんとか、危難を乗り越えていくしかない——そう、胸を内で葛藤しながら、今回も事件の詳細については説明をし始める——。


『——今回の"真空ボイド"の発生源は、第3区画エリア——第5.5部、第27.1類〜27.5類に属するエネルギー内包性物質及びその加工品に区分される"区分3"の輸入品『神の雫』が一時的に保管される第三新都エリーゼ最大規模のコンテナターミナルの一画。トランスファークレーン式採用で、建設当初の施工計画書では、ブロック長335m、奥行き260m、面積87,100㎡と記載されているが、現在でも区画拡張に向けて工事が進んでいる最中なので、正確な数字は分からない。』


 紫雨が、概要説明をするのと同時に、車内の立体映像ディスプレイから第3区画エリアの詳細な立体図が映し出される。 


 『事件発生は、今から5分前……。"真空ボイド"の発生を確認するとともに、多数の"異界表象"及び"ボイド"を観測した。侵食区域は現在も拡大中で、被害予測範囲は第3区画エリアを含むコンテナターミナル全域……‼︎ 今はまだ、第3区画エリアの20%程を侵食するにとどまっているが、その侵食速度は加速度的に速くなると予測される……‼︎ 』


 仮想映像として映し出された第3区画エリア及びコンテナターミナル全域に拡大していく"真空ボイド"の予想演算シュミレーション映像——それは時間にしておよそ1時間半。

 たった1時間半後にやってくる甚大な被害の可能性を前に、普通の人間なら緊張が走る場面だが、車内は驚く程に泰然自若としていた。


『——知ってると思うが『神の雫』は"ボイド"に対して強力な誘引性を発揮するエネルギー物質だ。現状、被害規模と事件の秘匿性から災厄レベルは『壱』だが、くれぐれも注意してくれ。』


「行き掛けの駄賃がてら、サクッと解決して差し上げすよ。」


 ――と、シャルルが言うと、それに呼応したように、


「その代わり、残業したんですからぁ、特別手当付けといて下さいよぉ、紫雨準次官。」


 カエデがさりげなくボーナス交渉をする。

 "保安第一課"の春闘担当として、貰える機会は決して逃さないカエデに紫雨(しぐれ)は苦笑すると、


『もちろん、私が是が非でも会計院に掛け合ってやる……‼︎ ボーナス、期待しとけよ――。』

 

 ――通信はそこで途切れた。

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