プロローグ 『新たな時代の幕開け』
——これはある時代のお話……。
この広大無辺で無秩序な世界を征服しようと躍起になった者がいました。
その男は、一騎当千の腕っぷしと幾千もの配下を従える程のカリスマ性を備えた豪傑で、幾多の国や種族を従えてはその支配領域を脅威的な速度で拡大していきました。
——その男の名は、ワールド。
"世界"を征服せん者として支配対象である世界そのものを冠した名を称するその男は、世界中の畏怖と情景を集め、よもや知らぬ者などいない伝説の男でした……。
——著作『征服者』第一編、冒頭一文——
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
——そこは荒野だった。
黒ずんだ瘴気が漂う荒涼とした大地。
決して月光を通さない黒鉛色の空には怒号のような雷鳴が鳴り響いてやまない。
生命の影すら残さない無慈悲な世界には、何かの足跡を辿る墓標や遺跡の残骸が数多く遺されている。
そこでは、微かな篝火のような炎を取り囲む三人の老婆達が不気味な紫煙を見上げながら何かを話していた。
「——いっひぃっひぃ〜。今度はぁ〜だぁれが手にするんだろうねぇ〜。」
「——手にするだろうねぇ〜。」
「——手にするんだろうねぇ。」
軽量で頑丈な希少金属を極限まで細く引き伸ばし、布地に織り込んだフルレングスのローブを身に纏い、左腕には金糸で魔女の花弁の刺繍が縫われている。
藍線石水晶や鵺色金の宝石をあしらった指輪に八芒星の幾何学模様を模った首飾り。
とても皺深い醜貌からは想像もつかない装飾品の数々だ。
——老婆は、重々しい身体を古びた木製の長杖で支えながら薄ら笑みを浮かべる。
老婆の嗄声は、雷鳴や疾風に掻き消されてしまいそうな程弱々しく、足音の忍ばせるような差し足でそっと近づいていくと、老婆達が歓声を上げるのが分かる。
「——ひぃっひぃっひぃ〜。あれから幾年が流れて、よもや、あやつの後継者は現れん者だと思っておったがのぉ〜。」
「そうじゃなぁ〜。」
「あぁ、そうじゃなぁ〜。」
三人の老婆達が取り囲む不可思議な紫煙をよく覗き込むと、そこにはうっすらと立体映像のようなものが映し出されている。それは煙が渦巻いるせいで、とても漠然とした映像であるが、どうやら何者かが次々と映し出されていく。
ある何者は——おそらく、どこぞの国の英雄であるのか、勇猛果敢に手を振り上げて、歴戦の戦場を彷彿とさせる武具や防具を身に付けて、またどこぞの戦地へと向かっていく姿——。
また、ある何者は——巨万の富を得た王であるのか、広大な領土と軍事力を背景に世界を席巻し、己の野望を実現させまいと持ち得る限りの力を結集して、まだ誰も手にした事の無い名声を手に入れんとする姿——。
そして、ある者は——世界一の美貌を持つ者であるのか、その魅惑的な美貌のままに、大衆を虜にしてやまない。力も、富も、名声ですらも美貌を武器に手に入れんとする姿——。
「——これまでも幾人かの者達がそれを手にする為に奮迅して来たが、ついにヤツの他に、それに値する者は現れんかったなぁ〜。」
「しかし、今度はどうじゃろうなぁ〜。」
「どうじゃろうなぁ〜。」
「今度は、これまでとは違う……‼︎ 比べ物にならない程に沢山の野心家達が一堂に介しておる……‼︎ これは……もしかすると、もしかするかもしれんぞぉ……‼︎ 」
三人の老婆達が一斉に両手を挙げて、何かを叫ぶと炎を忽ち燃え上がる。それは、はるか天高くまで登る勢いで、怒号の嵐ですら掻き消される程の凄まじい烈火であった。
その猛火に、またもや立体映像のようなものが映し出される。
——あれは、玉座だ。
無数の亡者達を束ねた屍が周囲を取り囲む。
その中心には、何者も寄せ付けない神聖で神秘的なヴェールに包まれた絶対不可侵領域。
そして、その中でこの世の全てを眼下に見るが如く鎮座する玉座。しかし、それは決して燦爛と光芒を放つ黄金ではない。もっと質素で、素朴な枯木で創られたような簡素な玉座——。
「——数千年の間、誰の到来も許さなかった"玉座の間"が遂に鳴動を始めたのじゃ……‼︎ 」
「そうじゃなぁ……‼︎」
「あぁ、そうじゃなぁ……‼︎」
「玉座が"新なる継承者"を待ち続けて数千年……‼︎ 世界は、暗闇世界の魑魅魍魎達によって閉ざされる|怪奇日星食《The eclipse》の時代を乗り越えて、新たな時代の幕開けを迎えたのだ……‼︎」
「い〜ひぃっ、ひぃっ、ひぃっ〜、めでたいのぉ〜。」
「あぁ、めでたいのぉ〜。」
「これで、わしらも漸く"世界の傍観者"としての役務を終えることが出来るのじゃぁ。」
——老婆達は諸手を挙げて喜び、小躍りし、狂喜乱舞する。
天候は更に混迷を極めて、嵐は激しさを増し、霹靂が大地を震撼させる。
気がつくと段々と老婆達の姿が濃霧のような白いモヤに覆われて霞んでいく。遠鳴りの風や遠雷の音……意識が遠のいていくのが分かる。
——次の瞬間に、視界は暗闇に閉ざされた。
——老婆が何者なのかは、誰も知らない。




