限界オタクが魔王軍幹部の二人と対峙してみたら
「──おー、おー。結構元気そうじゃあねえか、ノヴァ」
ドスの効いた声が聞こえた。
ノヴァは咄嗟にイオリを背中側に回す。
すると、近くの塀に亀裂が入り、ゾウが通れるほどの穴が空いた。
穴から現れたのは、巨大な体躯の鬼の魔物と、しなやかな体の鳥の魔物だった。
ノヴァは目を見開く。
「……どうして……ここに……」
「魔物か」
リブラは剣を構える。
「待て、兄貴! こいつらは魔王軍幹部スターダスト──第七等星・ネプチューンと第六等星・ウラヌスだ!」
第七等星、ネプチューン。
巨大な体躯を持った鬼の魔物だ。
スターダスト第六等星、ウラヌス。
大きな嘴と大きな羽を持つ鳥の魔物だ。
「幹部が二人……」
流石のリブラも、消耗した体で幹部を二人相手するのは骨が折れる。
応援を呼ぶにも、騎士が待機している監視塔まで距離がある。
「あまり良くない状況だな……」
リブラは舌打ちをした。
「ノヴァ、人間共に負けて捕虜になった聞いてたのによお。なんで、そっち側についてんだ?」
ネプチューンは鋭い目でノヴァを睨みつける。
ノヴァは威圧感に少しのけ反るが、足に力を入れ、ネプチューンを睨み返した。
「オレは人間の味方をする」
「ぎゃははっ! こりゃ傑作だぁ! 人間にも、魔物にもなれねえ半端者が、一丁前に意見するとはなあ!」
ネプチューンは大きな腹を抱えて笑った。
「お前を受け入れられるのは、俺達ぐらいだぜ? 人間はまたお前を捨てるぞ!」
──〝また〟……。
ノヴァはゾンビになった直後、実の親に殺されかけた。
イオリと共に国に戻った後も、不当な扱いをされ、罵られて、酷く傷ついたことだろう。
「戻って来い。今ならまだ間に合う……」
ネプチューンは声のトーンを下げ、子供に言い聞かせるように言った。
ノヴァはどう答えるのだろう、とイオリはノヴァに目を向ける。
イオリからはノヴァの背中しか見えなかった。
「何馬鹿なこと言ってるんだ、ネプチューン。魔物の矜持を忘れたのか」
ウラヌスは羽を動かしてネプチューンに抗議する。
「中途半端でも魔物は魔物だろ?」
「遅かれ早かれ、こうなることはわかっていただろう。人間は裏切る生き物。はあ……。だから、僕は反対したんだ。元人間を幹部入りさせるなど」
「聞いてみねえとわからねえだろうが!」
てめえは黙ってろ、とウラヌスに言い、ネプチューンはノヴァに顔を向ける。
「ノヴァ、そこにお前の居場所はねえ。戻って来な!」
「──なるほどな。そうやって、ノヴァを魔王軍に引き込んだのか」
リブラがどきを含んだ声を出し、一歩前に出る。
「卑劣な魔物め。打ち砕いてやる」
リブラは剣を召喚し、ネプチューンに向かって、一振りした。
ネプチューンは片手で剣を掴んだ。
「……あっぶねえなァ!」
ネプチューンは鬱陶しそうに、剣を見て、剣身に向かって頭突きをした。
剣身が砕け散る。
「嘘……! リブラさんの剣が……!?」
イオリは息を呑んだ。
「俺はノヴァに聞いてんだ。……おい! ノヴァ! てめえは魔物か人間、どっちにつくつもりだァ!?」
ネプチューンが唾を撒き散らしながら叫んだ。
ノヴァの答えは決まっていた。
「オレは人間だ。人間につく」
ノヴァは迷いのない目で、ネプチューンをじっと見つめる。
「そうか……そりゃあ、残念だ。敵だっつうんなら、遠慮はいらねえな。俺様は嘘と裏切りが大っ嫌いなんだァ! 捻り潰してやる!」
ネプチューンが雄叫びを上げながら、ノヴァに突進する。
「くっ……!」
ノヴァは間一髪で避ける。
「ずっと俺達を裏切ってたのか! 魔王様がてめえを見つけ、拾い上げてやった恩を忘れたのかよ!?」
「確かに、魔王様に認められて、褒められて嬉しかったさ。でもな、オレはやっぱり、人間を捨てられねえ!」
「ハッ! てめえは絶対に、オレに勝てねえ。てめえのスキルは死体を操る。死体がなけりゃあ、てめえはただの役立たずだァ!」
ネプチューンは地面を殴る。
土が盛り上がり、まるで波のようにノヴァを押し上げた。
ネプチューンの力の真髄は巨体から放たれる怪力にある。
塀を破壊したのも、ネプチューンの力によるものだ。
ネプチューンの拳にかすりでもしたら、無事では済まないだろう。
しかし、弱点もある。
一発一発に全身全霊の力を込める分、攻撃も大振りになる。
動きをよく見ていれば、避けるのは容易い。
「ノヴァ!」
リブラは召喚した複数の剣を操り、剣先をネプチューンに向ける。
「──おっと。あんたの相手は僕だ」
ウラヌスがリブラの背後をとる。
リブラは振り返ると同時に剣を振った。
ウラヌスは翼を広げ、空に飛んで避けた。
「ハハハ! これが最強の人間か! 簡単に後ろを取らせるのは、余裕の表れって奴かね?」
「やかましい嘴だな……」
「まあ、良いさ。その聖女をこちらに渡して貰おうか。そうしたら、あんたの命だけは助けてやろう」
「愚問だ」
リブラは再び複数の剣を召喚し、ウラヌスに剣先を向ける。
「それは『大人しく渡す気はない』ということか? 全く、人間の言葉というのは周りくどくてわかりにくい」
「貴様の相手をしている暇はない」
「それはこちらの台詞だ、《ウィンドカッター》!」
ウラヌスは翼を羽ばたかせる。
波状の風がリブラを襲う。
リブラは剣を召喚し、目の前に剣の盾を作る。
波状の風は剣の盾に当たると二つに分かれ、盾の裏にいるリブラに向かい、腕や足、胴体に傷をつけた。
「くっ……!」
「リブラさん! ……お願い! 治って!」
イオリが願う。
すると、リブラの周りに星が瞬き、傷は跡形もなく消えた。
「これは聖女の力……。感謝します、イオリ様」
リブラはイオリに軽く頭を下げた。
「貴様は勝てない。我々には【星の聖女】がいるのだからな」