限界オタクがワープドアの使用を許可されてみたら
「ベリエ王子。お伝えしたいことがあります」
重苦しい雰囲気の中、ノヴァが口を開いた。
「なんだ」
ベリエが嫌そうな顔でノヴァに目を向ける。
「そのライアーの音、おそらく、王国の外にも聞こえたはずです。魔物の本能でわかります」
「……何が言いたい」
「【墓場の森】のゾンビ共が国に押しかけてくるでしょう」
ベリエが目を見開いた。
「大勢のゾンビが国内に侵入したら、犠牲者が出るかもしれません。ですから、ワープドアの使用を許可して頂きたいのです。私がゾンビ共を押さえます」
錬金術具ワープドア。
城の地下に設置されているドアは、各地のワープドアに繋がっており、瞬間移動出来る。
無論、【墓場の森】方面にも一瞬で向かうことが可能だ。
しかし、使用には危険が伴うため、上の者の許可が必要だ。
「……逃げるつもりか?」
「私が門の外側に行くことは、貴方様の望みであったのでは」
「減らず口を……」
ベリエは悪態をつく。
「お前の狂言の可能性もある」
「杞憂であるなら、それに越したことはありません」
「お前の言う通りにする訳には──」
「た、大変です! ベリエ様!」
騎士が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「どうした!?」
「【墓場の森】のゾンビが国内に押し寄せて来ているとの連絡が入りました!」
「何だと……!?」
ノヴァの言う通りになったことに、ベリエは驚きを隠せない。
「殿下! ワープドアを使わせて下さい!《死霊の指揮者》を使って、侵入してきたゾンビの動きを止めます!」
ノヴァがベリエを急かす。
「だが……お前がゾンビを人を襲わせないとも限らない。ゾンビ共の元にそう易々と向かわせる訳には……」
ベリエがもごもごと口を動かす。
せめて、ノヴァの動きが制限出来れば──。
「──『《死霊の指揮者》の許可する』」
リブラがそう言いながら入室した。
「リブラさん!」
「兄さん!」
イオリとノヴァはリブラの登場に沸き立つ。
「『ただし、人間を襲わせるのを禁ずる』……これでよろしいですね、殿下」
「……リブラ殿」
ベリエは恨めしげにリブラを見つめた。
イオリはリブラの頬に血がついていることに気づいた。
「リブラさん! 頬に血が……!」
「血?」
リブラは頬についた血を指で拭い、それを見た。
「……ああ、これは魔物の返り血です」
「か、返り血……」
「怪我はありません」
──流石、人類最強の男……。
イオリは良かった、と胸を撫で下ろした。
「広場に現れた鳥の魔物共は粗方片付け終えました」
「そうか……」
ベリエは安堵の表情をした。
「しかし、予断は許されない状況です。街の外にいる魔物が一斉に街に押しかけてきています」
「は……?」
「国内の魔物はそれほど強くありません。他の【星の守護者】と騎士団は今、それの対処に当たっています」
「魔物が……街に押し寄せて……?」
ベリエは顔を真っ青になり、足が震え、椅子に傾れ込む。
「魔呼びのライアーの効果は絶大だな」
アクアーリオは呆れたように笑う。
「魔呼びのライアー……ヒナ様が奏でたのはそれだったのですね。だから、魔物が広場に……」
リブラが納得したように言った。
「ああ、ほぼ間違いなく」
アクアーリオは頷いた。
「……だが、魔呼びの効果は長くは続かないだろう。魔呼びの効力が消えれば、魔物は自身の縄張りに帰っていくことだろう」
「ほ、本当か!?」
ベリエは表情を明るくさせる。
「城から【墓場の森】にまで届くほどの広い効果範囲。効果時間を犠牲にせねば出来ない芸当だ」
「効果時間はどれくらいですか」
リブラが尋ねる。
「半日も持たないだろうな。解析にかければ、効果時間がはっきりとわかる」
「では、博士はライアーの解析を頼みます。分かり次第、我々に共有しなさい」
「承知した。実は、このライアーを解析したくてうずうずしていたのだ」
アクアーリオは鼻唄を歌いながら、応接室に出ていった。
「呑気なものだ」とベリエは呆れた。
「私もこれからワープドアで【墓場の森】の門に向かいます。ノヴァも連れて。殿下、どうか許可をお願いします」
ベリエは苦虫を噛み潰したような顔をして、ノヴァに目を向ける。
「貴様は人間に嘘をつくのを禁じられているな?」
「はい」とノヴァは答えた。
「では、正直に答えろ。貴様は我が国民のために、命を賭けられるか?」
ノヴァは驚いた顔をしたあと、微笑んだ。
「賭けられる命は当に落としていますが、未練がましく残っているこの身ならば、賭けられます」
「……わかった」
ベリエは目を伏せ、少し思案したあと、目を開けた。
「ワープドアの使用を許可する」
「あ、ありがとうございます!」
ノヴァはぱあ、と表情を明るくして、頭を下げた。
「我が国を……聖ソレイユ王国を……頼む」
ベリエはノヴァに向かって頭を下げた。
周囲の人間は王子がゾンビに頭を下げたことに驚いた。
──そこまで、事態は深刻なんだね……。
イオリも覚悟を決めた。
「リブラさん! 私も行きます!」
イオリは胸に手を当てた。
「私は聖女の力で魔物の興奮状態を解くことが出来ます! 役に立てるかと!」
「イオリ様、今から行く場所は非常に危険なのです。ここで待機を──」
「私は聖女です。いずれ、皆さんと共に戦場に立ちます。いつまでも、守られてばかりじゃいられません」
イオリは頭を下げる。
「お願いします! ノヴァくんの──みんなの力になりたいんです!」
「……わかりました」
イオリの覚悟が伝わったようで、リブラは頷いた。
「私が危険だと判断した場合は、直ぐに城に戻って頂きます。よろしいですね」
「はい!」
「ま、待って! なんでお姉ちゃんも行くのよ!? 行っちゃやだ!」
ヒナはイオリに縋り付く。
「……ヒナ、『出ていけ』って言ったり、『行くな』って言ったり、一体どっちなの?」
「知らなかったの! あんなに魔物が怖いなんて……! ママもパパもいないこの世界で、お姉ちゃんまでいなくなったら、ヒナはどうしたら良いの!? 一人にしないで! お姉ちゃあん!」
ヒナは子供のようにわんわんと声を上げて泣く。
ヒナはイオリに嫌がらせをしていた。
しかしそれは、異世界に飛ばされたストレスから逃れるためだったのだろう。
元の世界でしていたことを繰り返し、安心を得ていたのだ。
簡単に言えば、ヒナはイオリに甘えていた。
イオリならば、何をしても、何を言っても、許してくれるからと。
──失いそうになってから泣きつくなんて、本当に手のかかる妹なんだから。
「ヒナ、私は必ず戻ってくる」
イオリはヒナの両頬をつねった。
「ヒナに言いたい文句、まだまだいっぱいあるんだから!」
「絶対だからね! 嘘ついたら、許さないんだから!」
ヒナは涙をボロボロと流した。
「……妹聖女様。オレが姉君をお守りします。この身に代えてでも。……なんて、オレが言っても信じられないかもしれませんが」
ノヴァが自嘲気味に笑った。
「ベリエ殿下、ヴァルゴ、ヒナ様をお願いします。奴らの狙いはライアーを弾いたヒナ様です」
「構わないけど……そっちは三人で大丈夫なの?」
ヴァルゴが尋ねる。
「ええ。何とかします」
リブラは踵を返した。
「急ぎますよ。ノヴァ、イオリ様」
ノヴァとイオリは頷き、三人はワープドアの間に向かった。