限界オタクが同人誌を読み聞かせてみたら
「……して、この本はおいくらで売るつもりで?」
「えっ。売る……?」
イオリはぽかんと口を開けた。
「いやいやいや! 売らないですよ! ただの趣味です!」
言葉を理解して、慌てて否定した。
「趣味にしておくには勿体無い! 異世界の読み物を聖女様が描いたとなれば、文芸界の話題を掻っ攫うこと間違いなし!」
「これは同人なんで……! 正規で売る訳には!」
「はて、〝どうじん〟とは?」
キャンサーは首を傾げた。
異世界人から飛び出した未知の造語に、目を期待で輝かせている。
「原作があるんです!」
「原作があるんですか!?」
キャンサーは前のめりになる。
「それは何という題名で!?」
「……この世界……の人物です……!」
イオリは言葉を濁した。
この世界がゲームの世界だということは、混乱を招く恐れがあるため、キャンサーに教えられない。
「ほほう。モデルとなった人物がいる、と……」
キャンサーは姿勢を正した。
「誰でもあるんじゃないですかね、モデル。小生はモデル取らない主義ですが」
イオリは首をブンブンと横に振った。
「絶対駄目です! 誰にも見せられません! モデルの人に見られる訳にはいかないんです! ナマモノの扱いには気をつけないと!」
──史実を元にしたアルタイル兄弟本だけど、かなり私好みの脚色されてるし……!
知っている人が読んだら、モデルが誰かわかるだろう。
そして、脚色された部分を本気にされたら、モデルの二人に迷惑がかかってしまう。
「ナマモノ……? 本は生き物ではありませんよ」
「生き物みたいなもんです!」
支離滅裂な言動であったが、本の発行を止めるためにはなりふり構っていられなかった。
「それに、右閉じの本ですし! 修正するのは大変です!」
「右閉じで売りましょう! 異世界の文化に皆触れるべきです!」
「言語も違いますし!」
「小生が文章を訳します!」
「絵だって下手の横好きで……!」
「絵の上手い下手など、その人の好みのよって判断が分かれるもの! それにマンガというのは、絵の技量を見せるのではなく、物語を魅せるためなのでしょう!? 絵は表現方法に過ぎません! お話がわかればそれで良し!」
「そうだ! 勉強! 勉強で描く時間がありません!」
「アシスタントはこの小生が!」
「うぐぐ……!」
──逃げ道がどんどん塞がれていく……! 先生の余裕そうな笑顔が憎い!
イオリは頭を抱えた。
「それと、それと……えーと……!」
イオリは視線を泳がせて言い訳を探す。
「何を迷うことがありますか。執筆者にとって、出版というのは願ってもないチャンスでしょう」
キャンサーは不思議そうに言った。
「同人誌制作は営利目的じゃないんです。内なる衝動の発散というか、妄想を同志達と共有するためというか……。本当に趣味なので」
同人誌を売るのは、グレーゾーンである。
著作権は著作者にあるので、訴えられても仕方がない。
──我々オタクは、著作者が目を瞑ってくれている、ということに念頭に置き、目立たぬよう、ひっそりと、内々で楽しませて頂く身……。
「私は目立ちたくないんです……」
イオリは弱々しい声で本音を呟く。
「……すみません、姉聖女殿。姉聖女殿の気持ちも考えず、一人で盛り上がってしまって」
キャンサーはしおらしくそう言った。
「い、いえ、こちらこそすみません」
イオリは慌てて謝った。
「小生、このマンガに興味を惹かれました。我が世界の言語に翻訳したら、小生も読めるのですが……逐一、姉聖女殿に翻訳して貰っては、貴女にご迷惑をかけてしまいます。金になるのであれば、それに越したことはないと思ったのですが……」
「いえ、そんな。いくらでも教えますよ、私」
「真ですか!?」
キャンサーは目を輝かせ、持っていた原稿をイオリに差し出した。
「では、お願いします! 最初から!」
「は、はい……」
イオリは勢いに押されて頷いてしまった。
「ああ! 何回も読み返せるように、メモを取っておかなくては!」
キャンサーは懐から取り出したメモ帳と羽ペンを握り締め、イオリの本の読み聞かせが始まるのを待っている。
イオリは自分が描いた同人誌の読み聞かせをすることとなった。
□
イオリは恥ずかしくて顔から火が出そうになりながら、同人誌の読み聞かせをした。
キャンサーはメモを取りながら、真剣な顔で同人誌を読んでいた。
早く終わってくれ、とイオリは願っていた。
「──これで、今出来てる分は終わりです……」
ようやく、読み終わった。
「興味深い……」
キャンサーは原稿を読み返した。
「ゾンビと神官との間で、聖女殿の奪い合いがあったとは……」
「奪い合いじゃないですけど……」
「確かに、聖女殿の存在感は薄いですな。重要人物ですのに」
「本当は邪魔なので存在を消したかったんですけど、そうすると『何故二人が争ったのか?』という矛盾が生まれてしまって。仕方なくモブ顔で登場させました」
「そうなのですね」
キャンサーは原稿から顔を上げた。
「これからお二方はどうなるのでしょう……。いやはや、続きが気になりますな! 続きを描くご予定は?」
「一応、プロットは出来て……」
「プロット……なんとプロっぽい響き……!」
──〝プロ〟が入っているからかな?
イオリは多分そう、と思った。
「続きが出来上がりましたら、小生に見せて頂けませんか!?」
「良いですよ」
「ありがとうございます! それと、もう一つお願いがあるのですが……」
「お願い?」
「小生の友人に、こういうお話が好きそうな方がいらっしゃるのです。見せてもよろしいでしょうか……?」
「ええ。構いませんよ! 他の人に見せるのなら、製本した方が──」
「製本! とても良い案ですね!」
キャンサーは食い気味に言った。
しまった、とイオリが思ったときにはもう遅かった。
「では、製本代は払わないとなりませんね。執筆と翻訳の労力の代金も上乗せしてお渡しします。友人が欲しがるかもしれないので、何冊か刷らせて頂きますね」
「それは出版と何が違うんです……?」
「書店に並べる訳ではありません」
キャンサーは満面の笑みでそう言った。
──そういえば、授業で言っていたな……。
イオリは先日ののキャンサーの言葉を思い出す。
「水の都の民は、一見温厚に見えますが、皆腹に黒いものを抱えています。水の都の民と話すときは、簡単に信用しない方が良いですよ」──と言っていた。
キャンサーも狡猾な水の都の民の一人だったという訳だ。
「続き、楽しみにしておりますよ、イオリ先生」
キャンサーは人好きのする笑顔でそう言った。




